Chapter19

 宇宙船に戻ると、リアンは前から決めていたことを口にした。

「明日の朝、この船を降りるよ」

 突然のことに、キアロもステラも目を丸くする。

「どうして? ここに残ってもいいじゃない。せっかく仲良くなって、キアロも戻ってきたのに……」

 眉を下げてしまったステラに、リアンは微笑みかける。

「俺は旅を続けるよ。世界中の人と会わなくちゃいけないからさ」

 唇を尖らせている少女を見ていたキアロが、諭すように言う。

「ステラ。私たちは、リアンに夢を叶えてもらいましたから。今度は、私たちがリアンの夢を応援しなくては」

 寂しそうな表情のまま、ステラは納得したように頷いた。そして、思い出したようにリアンの腕を引く。

「じゃあ、今日のうちに料理を教えて。あと、もう一度三人でお出かけがしたいわ。それから、写真を撮りたい。世界中の言語だって教えてほしいし、旅の話だってまだまだ全然聞き足りない!」

 これには、キアロもリアンも顔を見合わせて笑った。

「よーし。じゃあ、今日はステラがやりたいことを全部叶えてあげよう!」

「本当に?」

 はしゃいでいる二人を見ていたキアロが、呆れ顔で言う。

「リアン。いいんですか、そんなこと言って」

「いいのいいの。かわいいステラちゃんの〝お願い〟ですからね。今日は特別大サービス!」

「やったー!」

 こうして三人は、最後の一日を心ゆくまで楽しんだのだった。


 最後の夜。ステラが寝静まった後、リアンはキアロの部屋で荷造りをしていた。キアロはそれを手伝いながら口を開く。

「リアン。私、今では心をもっていて良かったと思えます」

「そっか」

 リアンは手を動かしながら、優しく微笑んだ。

「もう後悔するなよ」

「はい。悔やんだりしません」

 調理道具をきれいに収めながら、リアンは言う。

「俺はずっと、自分もロボットだったらよかったのに、って思って生きてきたんだ」

 キアロは作業の手を止めてその話に聞き入った。

「ある日突然、両親から『ロボットと人間は違う』って教えられて。自分は両親と同じだと思っていたから、結構ショックだったよ。その日からずっと、ロボットに生まれてくればよかった、って思い続けてきた」

 しばし考え込んでから、アンドロイドは口を開いた。

「私は、人間に〝心〟を教えてもらいました。他のロボットもきっと同じです。どんなに優れた人工知能でも、人間から心を学ばなければ人間のように複雑な思考をもつことはできない。ですからきっと、リアンはその『教える人』になるのです」

 リアンもいったん手を休め、キアロの話に耳を傾ける。

「リアンはこれから世界中を回って、数えきれないほど多くのロボットたちに、感情や思いやり、愛や優しさといった心を与えるはずです。それは人間にしかできない仕事ですから、その仕事をするためにリアンは人間として生まれてきたのでしょう」

 キアロが嬉しそうに微笑むので、リアンもつられて笑った。

「天命ってやつか」

「天職なんですよ」

「なるほど」

 すべての荷物をまとめたリアンは、寝袋を広げて横になる。

 目を閉じる直前、彼は呟いた。

「俺、生きていて良かった。生きていると、楽しいことばかりじゃないけど。それでも、ステラとキアロに出会えたから」

 キアロはまとめ終わった荷物の確認をしながら、柔らかく微笑む。

「私も、リアンに出会えてよかった」

 自分の意識がまどろんでいくのを感じて、リアンは目を閉じる。

「おやすみ」

「おやすみなさい、良い夢を」

 キアロは彼の寝顔を、夜遅くまで見守っていた。

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