Chapter14
リアンとキアロは部屋へ戻ると、二体のロボットに別れを告げ、ステラを連れて研究所を出た。
帰り際、近くの商店街で食材を手に入れた青年は、宇宙船に帰ると早速夕食の支度を始める。
すると、一週間ずっと料理を作る様子を観察していたステラが、手伝いを買って出た。
「リアン、私に料理を教えてほしいの」
「いいけど、一体どうしたんだ?」
野菜の皮むきをしながら、リアンは声だけで反応する。
「ほら、リアンがここにいてくれるのもあと少しでしょう。だから、いてくれるうちに教わっておかないと」
「その必要はありません」
取り付く島もない言い方をしたのはキアロだ。
「宇宙では調理の必要など皆無です」
いつもより一段低いトーンの声に、リアンは作業の手を止めた。
「でも少しずつでいいから、自分で身の回りのことはできるようになりたいの」
キアロの肩が、小さく震える。
「だって、いつまでもキアロに頼っているわけにはいかないでしょう。もしかしたら、リアンのように一人で生活しなくてはいけない日が来るかもしれないわ」
彼女の言葉は、いともたやすくキアロの堪忍袋の緒を切ってしまった。
「……オーナー、あなたには」
焦点の合わない瞳で、彼は眼鏡越しにステラを見つめる。
「キアロ?」
冷たい雰囲気をまとったアンドロイドを前にして、ステラは怯えた様子で名前を呼んだ。
しかし、アンドロイドはそれに反応することなく。
「私は、必要ないのですね」
一瞬、時間が止まったかのように全員が静止した。
「そんなことない。だって、あなたは私の大切な家族なのに……」
キアロは歯を食いしばって俯くと、胸の辺りを強く押さえ付けた。
「私は『機械』だ!」
突然の大声に、ステラもリアンも首をすくめる。
「どんなに姿を似せようとも。どんなに似通った心をもっていようとも。私は『人間』にも、人間の〝家族〟にもなれない!」
そう言うと、彼はかけていた眼鏡を地面に叩きつけてしまった。
一瞬の間の後、少女は首を大きく横に振る。
「違うわ、キアロ。あなたは」
彼女の言葉は、向けられた射るような視線によって遮られてしまう。
「家族だと言うのですか。私が、あなたの両親を見殺しにしたのだとしても?」
「キアロ!」
叫んだのはリアンだった。
「もうよさないか。これ以上は、互いの傷をえぐり合うだけだ」
ステラは翡翠色の瞳を泳がせて、明らかに動揺していた。それでも唇を噛んで耐え、できる限りの優しい声色で言葉をかける。
「家族であることに、変わりはないもの」
どんなに言葉を重ねても。キアロの心には、もう何も響かない。
「それは〝命令〟ですか?」
少女の大きな瞳には、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「私はオーナーの『機械』です。命令なら従いましょう」
その音声は感情が含まれない分、ひどく残酷に響いた。
「命令だなんて、そんな」
ステラは無意識にアンドロイドへと右手を伸ばす。しかし、キアロはその手を強く払いのけた。
「私を思い通りにしたいのなら、命令すればいい。私に逆らう術はないのですから」
少女は払われた右手をさすりながら、涙をこぼした。
「あなたは機械かもしれないけれど。それでも、命令するなんてできない」
痛いほどに純真な瞳が、キアロをとらえる。
「あなたにだって、私と同じ〝心〟があるのに」
だが、最後に差し伸べられた救いの手さえ、キアロは足蹴にしてしまう。
「機械の心が、人間と同じという証拠はどこにある?」
リアンはステラの肩を支えようとしたが、もう間に合わない。彼の手が届く寸前、少女は宇宙船内に駆け込んでいってしまった。
青年は大きな溜息をついてキアロを睨む。
「阿呆。大事なオーナーを傷つけてどうする」
キアロは黙ったまま、宇宙船内に向かうリアンの背中を見つめていた。
リアンが宇宙船に入ると、いつもは開け放たれているステラの部屋の扉が閉まっていた。しかも、中からは嗚咽が聞こえてくる。
彼はその扉を優しくノックした。
「ステラ? 俺でよければ、愚痴でも聞くよ」
扉越しに、彼女が過呼吸になるのがわかる。
「深呼吸して。大丈夫だよ。キアロのことは、俺が何とかするから」
呼吸が落ち着いてから、涙声が返ってきた。
「ありがとう、リアン。でも、今は一人にしてほしい」
リアンは見えない相手に笑いかける。
「オッケー。じゃあ、俺はキアロと話をしてくるから」
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