Chapter9

 日が真南に昇った頃。リアンが作った昼食をとり、リアンとステラはキアロの部屋にいた。

 そして、青年は二人に決定事項を告げる。

「俺は明日から五日間、ちょっと仕事に出かけてくる。とは言っても食事のときと夜は帰ってくるから、心配しないでくれ」

 事情を知っているステラはまだしも、何も知らないキアロは首を傾げていた。

「また突然ですね。外出先で何かありましたか?」

 彼を差し置いて、人間二人は顔を見合わせる。

「ちょっと依頼が入ってね。ここから先は秘密」

「はあ」

 秘密、と言われてそれ以上探りを入れるわけにもいかないので、キアロは訝しむのをやめた。

「キアロ、一つ頼みがある」

 画面を通して、両者のまっすぐな視線がぶつかる。

「〝お前〟を見せてほしい」

 それは、出会い頭に二人が交わした約束だった。

「なるほど」

 キアロは静かに言葉を落とす。

「確かにあなたの腕があれば、私のような人工知能を作ることは可能かもしれません。……しかし」

 画面内の男は、小豆色の瞳を覗き込むようにして目を細める。

「リアン。あなたには、その〝罪〟が背負えますか?」

 平穏な空気をかき乱すようなその言葉に、ステラは眉を寄せた。それに気づいたキアロは、彼女に視線を投げる。

「オーナー、少し席を外していただけますか。ここからは、人工知能とロボットエンジニアとして話をしたいのです」

 ステラは少し寂しそうな瞳をしながらも、わかった、と言って部屋を出ていった。

「心をもったロボットを作ることは、罪に等しい」

 うわ言のように呟くキアロを、リアンはしっかりと見据える。

「お前の言うことは何となくわかる。でも、安心してくれ。俺は、キアロが考えているような罪は犯さない」

 人工知能は、品定めをするようにじっくりとリアンを覗き込んでいる。

「わかりました」

 キアロは強く頷くと、スイッチの並んでいる場所を指し示した。

「今から、この下に格納されているメインコンピュータをお見せしましょう。ただし、不審な動きはしないように。セキュリティシステムが作動しますので」

 スイッチが並んでいた金属板がスライドして、中から白い冷気と共に画面と同じくらい巨大な箱が出現する。

「これがメインコンピュータ、つまり私の全プログラムを制御しているCPUです」

 リアンは感嘆のあまり声も出ない様子であったが、これも仕事と割り切って、いくつか質問を重ねた。

「もしここからキアロの思考や感情だけを取り出したら、どれくらいの大きさに収まる?」

「そうですね……大体、五十センチ四方の立方体には収まるかと」

「オッケー。あとは、いくつかプログラムを見たい」

「かしこまりました」

 キアロは次々と画面に英数字を羅列して説明していく。リアンはありとあらゆる裏紙にメモを取りながら、プログラムを解読していった。

 

 途中で夕食を挟んだものの、解読作業は明け方まで続いた。

 ようやく最後のプログラムを読み終えると、リアンの集中力はぶつりと切れて、彼はあぐらをかいたまま床に転がってしまう。

 周囲に散らばっていた無数のメモが風に舞い、リアンの体を包み込んだ。

「お疲れ様です」

 疲れを知らない人工知能は、心配そうに声をかけた。

「せめて今日だけは、仕事を休まれてはいかがですか」

 虚ろな瞳のまま、リアンは笑う。

「駄目だよ。間に合わなくなる」

 彼はむくりと起き上がると、床中を埋め尽くしているメモをかき集めた。

「リアン。今更申し上げても、手遅れかもしれませんが」

 キアロはメインコンピュータを格納しながらリアンを見つめる。

「無理だけは、なさらないように」

 その言葉に対して返事をしないまま、リアンはただ笑っていた。

「俺にできることは、これくらいしかないからさ」

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