Chapter8

 ステラが目覚めたとき、窓の外の世界は一変していた。彼女は急いで支度を済ませると、まだ寝癖が残ったままのリアンを引っ張って東京の街へと駆け出した。

「すごーい、人が大勢いるよ!」

「さすがトーキョーだな。氷期を過ぎても人込みがあるなんて」

 寝惚け眼のリアンには、溌剌としているステラについて行くだけでも精一杯だ。

「ねえねえ、リアン!」

「なあに」

 ステラはリアンから少し距離を取ると、彼の視界で優雅に一回転してみせる。

「この服、似合う?」

 彼女が着ているのは、昨日リアンが見立てたものだった。新しい服に身を包んだステラは、大都会の街中に立っても見劣りしない美しさだ。

「ああ、すごく似合ってる」

「ありがとう」

 二人は大通りを歩いて観光を楽しみながらも、最終目的地へと向かって進んでいく。朝食代わりに『雷おこし』をつまんで、到着したのは裏路地にある小さな店だった。

 リアンは躊躇なく扉を開けて、座っていた老人に日本語で話しかける。

「ごめんくださーい。おじさん、リアンです!」

「お、リアンじゃないか。久方ぶりだな」

 人が好さそうな顔をした老人は、二人を手招きした。

「ほら、外は冷えるだろう。早く入っておいで」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「随分と難しい日本語を知っているね」

 リアンは老人に調子を合わせてからからと笑いつつ、ステラの右手を引いて中へと入る。

 ステラは目を奪われた。部屋の中にずらりと並べられた、写実的な人形の数々。まるで生きているかのように表情があり、今にも呼吸音が聞こえてきそうな。

「これ、全部あの人が?」

「そうだよ」

 そう答えたのはリアンだ。

「このおじさんは、俺が尊敬する人形師のアツシだ」

 青年はアツシの方を振り向くと、同じように日本語でステラを紹介した。ステラには何と言っているのかわからなかったが、アツシはとても楽しそうな顔でリアンを小突く。

「この色男めー」

「違うよ。ステラはそんな関係じゃないって」

 リアンも言い返してはいるが、その顔はにやついていた。

「これからもリアンをよろしくね、ステラちゃん」

 差し出された右手を、ステラは軽く握る。

「初めまして、アツシ」

 二人の違う言語による挨拶が終わったところで、リアンは本題を切り出した。

「今日ここに来たのは、アツシにアンドロイドの〝器〟を作ってもらいたいからなんだ」

「そうじゃないかと思ったよ。今回はどんな人形がいいのかな」

 リアンはステラのタブレット端末を借り、キアロの写真を何枚か表示した。アツシは老眼鏡をかけてそれらを見つめる。

「この人形を作りたいなら、細かい注文をしてもらうよ」

 老人は近くの棚から注文用紙を取り出すと、大きさや素材、中に入れる機械のことからキアロの性格や表情まで、一つずつ質問していった。

 締めくくりにリアンが老人のパソコンに写真を送ると、一時間にわたって続いた注文は終わった。

「それで、製作期間はどれくらいあるのかな?」

 アツシに笑顔で迫られたリアンは、満面の笑みを浮かべつつも申し訳なさそうに答える。

「それがですね、一週間もないんですよねえ」

 アツシは大げさに溜息をついて頭を抱え込んだ。

「またそんな無茶な。少しは老いぼれの体のことも考えなさいよ」

 しかしその表情は、いたずらを考え付いた少年のようにどこか楽しげである。

「仕方ない、かわいいリアンの頼みだ。五日で仕上げて御覧に入れよう。それで手を打ってくれ」

「助かるよ、アツシ!」

 二人は熱いハグを交わした。ステラもアツシともう一度握手を交わし、何度も頭を下げながら部屋を出た。

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