Chapter7

 少女が自室で寝付いた後、リアンはキアロの部屋にいた。宇宙船内でリアンが寝られるような場所は、この部屋しか存在しなかったからだ。

 しかし、二人きりになると急に遠慮がなくなる人工知能を前に、青年は苦笑しっぱなしだった。

「本当、俺に対しては容赦ないよな、お前」

 精一杯の皮肉も、毅然とした態度のキアロの前では意味を成さない。

「当然でしょう。あなたはオーナーではないのですから。情けをかける義理はありません」

「冷たいなあ。契約を交わした仲じゃないか」

 リアンはスーツケースから寝袋を取り出して広げ始めた。そしてできる限り自然に話を切り出す。

「キアロは何かと言うと『オーナー』って口に出すけどさ。自分のための望みとかないの?」

 予想に反して、キアロは口を開くのをためらっていた。

 リアンはある種の確信をもって答えを待つ。

「私は、オーナーが幸せなら」

「俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない」

 先程までとは打って変わった鋭い声色に言葉を遮られ、キアロは目を伏せる。

「お前が言ったんだろ。俺はオーナーとは違う、って。だったら、普段は言えないこと、俺にぶつけてみろよ」

 それでも、十年以上にわたって閉ざされてきた心を、人工知能は簡単に開こうとはしない。

「私はオーナーの『機械』です。自分のための望みなど、もっていいはずがない」

 しかし確実に声色が変わっている。リアンは諦めずに言葉をかけ続けた。

「そんなのは、自分の心から目を背けていい理由になんかならない! 『心をもっている』っていうことは、『自分の思い通りに生きていい』ってことなんだ。誰の言いなりにもならなくていい。自分のために生きていい、ってことなんだ!」

 キアロは息をのんだ。自分を見つめる青年の姿は、あまりにも――自分が心のどこかで探し求めていた、懐かしい人の面影に似ていて。

「……私は」

 ――もし、望むことが許されるのなら。

「『人工知能』でしかない」

 リアンは、ただ静かに画面を見つめていた。

「どんなに優れていようとも、『ロボット』とは違う」

 画面の中で、拳を握りしめる。

「宇宙にいた十年間、どんなにこの姿を呪ったことか。彼女が苦しんでいても、その体に触れることができなくて。手を伸ばすことさえ許されなくて」

 悲痛な告白を受け止めながら、青年は妙に納得していた。

 結局のところ、キアロの望みというものは、ステラから切り離されたところでは存在し得ないのだ。


 リアンは眠りにつく直前、キアロに頼み事をした。

「俺たちが寝ている間、アサクサまで飛んでくれ。どうしても終わらせなきゃいけない仕事がある」

 キアロは形式ばった礼をしてリアンを見つめる。

「かしこまりました。今日はもうお休みになってください。人間には睡眠が必要でしょう?」

「そうさせてもらうよ」

 目を閉じると、機械音だけが辺りを支配した。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 リアンの意識はまどろみの中に溶け込んでいく。

 画面を消そうとしたキアロは、もう一度だけ青年の寝顔を見つめて。

「ありがとう、リアン」

 聞き取れないような声で、そっと囁いた。

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