Chapter6

 夕食後、猛反対するキアロをどうにか言いくるめて、リアンとステラは街の高台にいた。

 見晴らしの良い丘から眺められるのは、街の薄明り。そして、夕焼けと宵闇が拮抗する空だった。

 やがて闇が空全体を覆うと、二人は夜空に昇る星々を数え始めた。

「ほら、あれが有名なオリオン座」

 リアンが星座を指差していくのを、ステラは目で追っていた。

「地球からだとこんな風に見えるのね。あ、あの赤い星は?」

 彼女が指差した星を確認して、リアンは説明する。

「あれはオリオンの右肩、ベテルギウスだよ。もう死んでしまったと言われている」

 少女は青年の方を向いて翡翠色の目を見開いた。

「死んでしまったの? じゃあ、どうして」

「あの星は、ずっと遠くにあるから。地球に届いている光が途切れるまで、五百年はかかるんだってさ」

「ごひゃくねん……」

 ステラはベテルギウスに向き直ると、溜息交じりに言う。

「ないことに気付いてもらえないなんて、なんだか切ないね」

 リアンはそんな彼女の様子を横目に、言葉を紡ぐ。

「でもさ。本当に切ないのは、なくなったことに気付けない俺たちの方なのかもしれない」

 青年は近くの芝に仰向けに転がった。決して掴めない星々に左手を伸ばして、無を掴んでから胸に押し当てる。

 目を閉じて、胸いっぱいに冷たい夜風を吸い込む。そして目を見開いてから、真白な息を吐き出した。

 リアンが吐き出した息は、みるみるうちに星間に溶けていく。

 ステラも同じように芝に転がり、二人で夜空を見つめた。

「これだけたくさん星があるとさ。自分ってなんてちっぽけなんだろう、って思う」

 リアンは上半身を起こして話し続ける。

「でも、俺には大きな夢があるんだ」

 星をたたえた彼の瞳は、きらきらと輝いている。

「『この世界にいるすべての人と出会う』。研究所を抜け出したときにそう決めた。十八年間、誰とも会えなかったから。これからは多くの人と会って話をしよう、って」

 ステラも上半身を起こすと、遠くの星を見つめたまま言った。

「リアンなら、きっと叶えられるよ」

 青年が少女の方を向く気配があって。

「ありがとう」

 リアンは先に立ち上がると、ステラの前に立って指の長い両手を差し出した。ステラは一回り小さな手でそれを取り、彼の力を借りて立ち上がる。

 二人は笑みを交わしてから、星空の下を歩き始めた。

「リアン、一つだけ相談があるの」

「俺に答えられることなら」

「あのね」

 ステラが言いにくそうにしているので、リアンは足を止める。

「来週の水曜日、キアロの誕生日なんだ」

「そうなのか。それで?」

「いつも宇宙ではほとんど何もできないから、地球にいる間にサプライズパーティーをしたいの」

「おお」

 リアンはステラの言葉に反応しながらも、そっと彼女の手を引いて帰路を歩み始める。

「でも私、よく考えてみたらキアロの好みとか知らなくて。どんなパーティーにすればいいか、リアンに聞きたかったの」

 うーん、と唸って彼は答えを渋っていた。数秒経ってから、青年は一つの提案をする。

「じゃあさ、俺がキアロに何が欲しいか聞いてみるよ。それでプレゼントを用意する。ステラは部屋の飾りつけ担当。それでどう?」

 今度はステラが眉を寄せる番だった。

「部屋の飾りつけなんて、したことないもの。どうすればいいのかわからないわ」

 リアンは、そんなの問題にはならない、と笑った。

「紙さえあれば何だって簡単に作れるから、教えてあげるよ。それに、飾りつけで大切なのはステラの心だよ」

「こころ?」

「そう。実は出来栄えなんてそんなに大事じゃなくて、ステラがどれだけキアロの誕生日を祝ってあげたいかが重要なんだ」

「私、彼を祝う気持ちなら誰にも負けない自信があるわ!」

「だったら、きっと上手くいくよ」

 ステラはようやく笑顔に戻り、二人は足早に宇宙船に向かったのだった。

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