Chapter5

 宇宙船内のキアロの部屋に戻ってからも、二人は仲睦まじく談笑している。

「キアロ、聞いてよ」

 ようやく呼ばれた自分の名に、人工知能は条件反射で頭を下げた。

「何なりと」

 しかし、彼に向けられたのはひどく残酷な言葉。

「リアンってすごいのよ」

 ――私、ではない。

 下げた頭を、上げられなくなってしまう。

「さっき買い物に行った帰りに、捨てられていたロボットを直してあげたの!」

 そしてステラは、キアロの異変に気付いて一言。

「ちゃんと聞いてる?」

 人工知能は、澄ました真顔を作ってから顔を上げた。

「はい、勿論。リアンの腕は他に類を見ないと感じておりました」

「そうよね!」

 何も知らずにはしゃいでいる少女を眺めて、我ながら便利なものだとキアロは思う。どんなに心が伴っていなくても、自分が機械であり続ける限りは平静を保っていられる。

「いや、俺はそんな大層な人間じゃないよ」

 リアンは申し訳なさそうに手を横に振った。

「たとえどんなに壊れていても、ロボットエンジニアを名乗っている俺がロボットを見捨てる訳にはいかないだろ」

 彼の言葉はステラを感動させると同時に、キアロの理性を凍りつかせてしまう。

「……もし、それがロボットのためにならなかったとしても?」

 口走ってから、自分が発した冷気が部屋中を包み込んでいることに気付く。

「すみません。言葉が過ぎました」

 俯いたキアロの隣で、ステラが心配そうに青年の顔色をうかがう。しかし、リアンは眉を寄せながらも笑っていた。

「謝らなくていいよ。お前にも、何か思うところがあるんだろ?」

 人工知能は遠くを見つめたまま微動だにしない。リアンはゆっくりと息を吐いて、壁に体重を預けた。

「誰にも言うつもりなかったんだけどなあー」

 そして二人に笑いかける。

「少しだけ、俺の身の上話を聞いてくれよ」

 彼らに異存がないことを確かめると、青年は静かに目を閉じた。

「俺は、機械に育てられたんだ」

 おもむろにまぶたを開き、前方の空間を見つめる。

「いや、それだと語弊があるか。何て言ったらいいかな。そう、俺は……機械から生まれたといっても過言じゃない」

 すぐ側で、息をのむ気配がした。

「キアロなら知ってるか? 今から約二十年前、アメリカの地下研究所で行われた人体実験のこと」

 視線を投げかけられ、画面内の男は動作を再開する。

「検索します」

 数秒後、男の横に結果が表示された。

「当該実験は五つ見つかりました。お探しのものを選択してください」

 リアンは縦に五つ並んだ中から、一番下の記事を選んだ。

「これだ。概要を説明してくれ」

「わかりました。では、読み上げます」

 キアロは自分の隣に記事を拡大させる。

「今から二十二年前、氷期に入る十一年前のアメリカで極秘に行われた人体実験。この実験はロボットによる人間の育成を目的に行われた。ある一組の男女から人間の精子と卵子を採取、体外受精の後、独自開発した模擬子宮装置の中で成育させた。出産と同じ過程を経て産まれた健康な男児は、人間の手が届かない閉鎖空間でロボットにより育成された。しかし彼が十歳になった時点でアメリカを大寒波が襲い、研究所の職員は一人残らず息絶えたと言われている。幸いなことに彼がいた地下室は隔離されていたことで被害を受けなかった。現在、彼は研究所を自力で脱出して外界で生存している模様。とのことです」

 記事を消して、キアロは小さく頭を下げる。話を最後まで聞いていたステラは苦い顔をしていた。

「その男性、なんだか気の毒だわ」

 キアロも同意を示して頷く。

「そうですね。ロボットに育てられた人間……リアン、あなたはもしや」

 二対の瞳がリアンをとらえて、じっと彼の様子を見守っていた。

「言っただろ。俺はロボットから生まれて育てられた、って」

 ようやく事情を理解したステラは目を見開く。

「じゃあ、あなたが」

 リアンは優しい笑みを浮かべていた。

「ロボットがいなかったら、今の俺はいない。だからこそ、俺は恩返しがしたいんだ。人間に見捨てられた〝彼ら〟を、無償で直すことによって」

 静寂が訪れたが、リアンは不思議と穏やかな気持ちでその場に佇んでいた。

「そうでしたか」

 キアロが何かを決心したように目を閉じるのを、ステラは黙ったまま見守っていた。

「では、私も少し身の上話を。付き合っていただけますか」

「勿論」

 リアンの後押しを受けて、人工知能は灰色の瞳を宙に向ける。そしてゆっくりと話し始めた。

「オーナーが生まれる六年前。彼女の父にして偉大なるロボットエンジニア、エアデール=ヴァイスハイトの手によって私は作られました。当時、いや現在もなお、私を超える人工知能は存在しないと自負しております。

 オーナーの両親は、私を実の息子として人間と同じように育てました。ですから正しいことをした際は褒められましたし、間違ったことをした際にはひどく叱られました。どんな些細な疑問にも親身になって答えてくださったり、落ち込んでいる際には励ましていただいたり。

 私が今のように複雑な感情をもつのは、人間のおかげだと言えるでしょう」

 キアロは人間二人を見据えると、真っ直ぐな瞳でその心を射抜いた。

「彼ら亡き今、私は人間のためにあろうと自分の胸に誓いました。リアンとは立場が逆ですが、志は同じです」

 リアンは微笑んでいたが、その瞳はどこか痛々しくもある。

「キアロの話を聞いていて思ったんだけどさ。俺、人間に育てられてみたかったなあ」

 その言葉に反応した人工知能は、とっさにステラを見る。ところが予想に反して、彼女は穏やかな表情であった。

 ステラはリアンの左肩に右手を置くと、優しく微笑みかけた。

「気にすることないわ。人間もロボットも、きっとさほど違いはないもの。ただ身体が違うだけ。それだけよ」

 青年ははっとして少女の瞳を覗き込む。そして、その表情を穏やかなものへと変えた。

「そうか。そうだよな」

 一方、人工知能はステラの言葉に納得できずにいた。

 自分が最も望んでいたはずの言葉。

 ――それなのに、何故?

 今のキアロにはまだ、その答えは出せなかった。

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