Chapter4
――遅い。
ただでさえ二人きりでの外出に不安を抱えていたキアロは、ステラがなかなか帰ってこないことに苛立っていた。
するとそこへ、街から大荷物を抱えて帰ってくる二人の姿が見える。
二人が帰ってきたらリアンに文句の一つでも言ってやろうと思っていたキアロは、彼らが宇宙船に足を踏み入れるなり言葉をかけた。
「随分と長い買い物でしたね、リアン。しかも、無駄なものまで買って」
ステラが青年をかばおうと口を開くと、彼はそれを右手で制してキアロを諭す。
「いいだろ、普段の買い物以外は俺が払ったんだから。それにステラくらいの年頃の女の子にとっては、無駄なことなんて何一つないよ。何でも経験してみないと」
ね、と顔を見合わせて微笑む二人を見ていると、キアロは何故だか胸騒ぎを覚えるのである。
「ステラ、外に出よう。どうせこの船にはキッチンなんてないんだろ?」
「『どうせ』とは何ですか」
反論を試みるキアロだったが、リアンはいたって真顔で。
「嫌だな。ただの事実だろ」
言葉を失ったキアロを置いて、人間二人は外へ出ていく。
「ここに枝を集めて。火をつけるから」
「うん、わかった」
人工知能が固まっている間にも、調理の準備は進んでいく。
キアロは考えていた。考えてはいたのだが、それは言葉にならなくて。
言葉にならない思考もあるのだと、初めて知った。
「よし、ついたぞ」
リアンは持っていたマッチで火をつけると、スーツケースからフライパンを取り出して火にかける。そして先程買った飲料水で手と食材を洗い、サバイバルナイフで器用に食材を切ると、火を通し始めた。
「調味料が少ないから薄味になるけど、勘弁してね」
料理経験などまるでないステラは、彼の動作に釘付けになる。
十五分後、皿に盛られたその料理は。
「じゃーん。この地方の伝統料理、パールシー料理でーす」
茶色で統一されたそれを、ステラはスプーンとフォークを使って口に入れる。
少しの間咀嚼していた彼女だったが、やがて目を輝かせた。
「美味しい! こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた!」
「そう? それならよかった」
ステラの嬉しそうな様子に、今まで黙っていたキアロも口を開く。
「オーナーが嬉しそうで何よりです。惜しむらくは、私にはその美味しさが共有できないことですが」
「そうか。キアロには……」
今初めて気が付いたようにリアンは宇宙船を振り向く。キアロは言葉の先を拾って頷いた。
「私には、味覚が存在しません」
では、少女は十年もの間、ずっと独りで食事をとっていたということだろうか。そうだとしたら、今の青年にできることはただ一つ。
「美味い。我ながら上出来だな」
体験を共有してあげることだった。
「ねえ、キアロ」
ステラは時折リアンの様子を気にしながらも、満面の笑みを宇宙船に向ける。
「私、ずっと地上食を食べていたいな」
しかし、キアロは突き放すように言う。
「それはできません」
勿論、ステラだってそんなことは百も承知の上だ。
口をとがらせている彼女の様子を見ていたリアンは、場を和ませようと含み笑いをする。
「全く、つっけんどんなやつだなあ。かわいいオーナーの冗談くらい、少しは取り合ってやれよ」
な、と言って彼はステラに同意を求める。気を落としている様子ではあったが、彼女は微笑んだ。
「俺がいる間は、何でも作ってあげるよ。世界中回ったからね、どんな民族料理でも大抵は作れる」
ステラはぱっと瞳を輝かせる。
「すごい、何でも?」
リアンは大仰な身振り手振りで応じた。
「そうさ。西はヨーロッパから、アフリカ、アジア、オセアニア、アメリカまで。食材と調味料さえ揃えば、何だってリクエストにお応えしますよ」
ステラの拍手に応えて、青年はぺこりと礼をした。
二人の微笑ましい様子を、人工知能は黙って見つめているしかなかった。
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