Chapter3

「宇宙食も買った、飲み物も買った、燃料も新しい水も補給の用意ができた。これで、必要なものは揃ったかな」

 ステラは買い物リストから顔を上げると、視線を隣の青年に移す。見上げた顔は涼やかな笑みを浮かべていた。

「俺も必需品買えたし、ステラの新しい服も買ったしね?」

 彼の左手には、女性ものの服が入った袋がぶら下がっている。

 というのも、ステラは去年地球に来たときに買った数少ない服を一年間着回していた。宇宙生活では季節も人目も確かに関係ないのだが、一年も経てば、年頃の少女の体形や好みが変化するのは必至だろう。

 そこに気を利かせたリアンは彼女と服屋を見て回り、似合いそうな服を見立ててあげたのだ。

「リアンがいてくれて助かっちゃった」

「お褒めにあずかり、光栄です」

 すると青年は、一軒の店を指差した。

「見て、あの店。さっき話した刺繍を売ってる」

「あれが、伝統工芸の?」

 不思議そうに店を眺めるステラの手を取って、リアンは笑う。

「見に行こうか」

 しかし、彼女は困り顔をしたままその場を動かない。

「でも、寄り道するとキアロに怒られるもの」

 言葉の裏に隠されたわずかな期待を巧みに読み取った青年は、なおも手を引いて笑顔を保っている。

「大丈夫。怒られたら、そのときは俺のせいにすればいいよ。俺がついているから、今日は特別」

 ステラは表情を輝かせると、リアンの手を握り返した。

「ありがとう、リアン」

 しっかりと手を繋いだまま、二人は店の中へと入っていった。


「じゃあ、これは俺からのお土産ね」

 リアンはステラに隠れて買っていた、小さなポーチをプレゼントする。

「嬉しい!」

 少女は受け取ったポーチの刺繍を眺め、それを真南の太陽にかざす。そして、独り言のように話し始めた。

「リアンってすごいのね。現地の人とあんなに仲良く話せるなんて」

「人に会うことに慣れているだけだよ」

 青年は事も無げに言う。

「世界中を旅しているうちに、一通りの言語は話せるようになったからね。言葉さえ通じれば、あとは勇気の問題」

 それでも尊敬の眼差しを向けるステラに、彼は笑いかけた。

「ステラにも、すぐにできるようになるよ」

「本当?」

 ステラはポーチを大事に握ったまま、小躍りをしてみせる。青年は彼女の様子を見守っていたが、間もなく何かに気付いて目を見開いた。

「そうだ。地球にいる間くらい、宇宙食じゃないもの食べようよ」

「いいけど、地上食ってどこで買えるの?」

 それを聞いていたリアンは、楽しそうににやりと笑う。

「買うんじゃなくて、『作る』んだ」

 二人は帰りがけに、色とりどりのテントが並ぶ海沿いの市場に寄った。リアンは適当な食材と調理用の飲料水、それから使い捨ての食器を買った。

 そこでようやく彼の気は済んだらしく、二人とも両手に荷物を抱えて宇宙船へと足を向ける。しかし、街の外に出たときリアンは足を止めた。

「あ。ごめんね、もう少しだけ付き合って」

 彼はがらくたの山に駆け寄ると、荷物を傍らに置いて、一つの大きな金属の塊を引っ張り出した。

 最初は理解ができずにいたステラだったが、近付いてみると、砂を被ったそれは人型をしたロボットだと気が付く。

「そのロボット、どうして動かないの?」

 リアンは躊躇なく自分のハンカチでロボットの胴体を拭いてやると、ショルダーバッグから工具を取り出して調べ始めた。

「燃料はあるし、メインコンピュータも恐らく問題はない。大方、どこかの部品が古くなって正常に作動しなくなっただけだな。オーナーは、不良品になってしまったこいつを捨てたんだろう」

 リアンの言う通り、捨てられているロボットは少女の目にも新しい型でないことがはっきり見て取れる。

 そうだとしても。

「かわいそう。壊されてしまうの?」

 不安そうに隣にしゃがみ込んだステラを見て、リアンは首を横に振った。

「俺が直してみせる」

 彼はバッグから様々な工具と予備の部品を取り出すと、ロボットの全身をくまなく調べていく。

 そして二十分後、ロボットはものの見事に本来の姿を取り戻した。

「電源を入れてみようか」

 かちっ、と小気味いい音が鳴り、〝彼女〟は起動した。

「ダンニャヴァードゥ!」

「ははっ。『ありがとう』だってさ」

 顔をほころばせたリアンは現地語で会話を交わすと、彼女が街へ無事に戻っていくまで見送った。

 一部始終を見ていたステラは、青年に懐かしい面影を見たような気がしたが、それが誰のものであるかはわからなかった。

「やっぱり、リアンはすごい人だわ」

「すごくないよ。これは俺の生きがいだから」

 彼はカバンに工具をしまうと、荷物をすべて抱え上げる。

「さあ、帰ろう。そろそろキアロに角が生えるかも」

 こうして二人はようやく帰路についたのだった。

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