第4話
(よ、よろしく……? って、待ってよ! 私は何も)
「えー、頼むよぉ。ツムギがお話書いてくれないと、世界が終わっちゃうんだからぁ」
(……ハァッ?!)
「原動力が落ちてきてるんだよぉ。はやく活性させないと、世界が止まってほどけて分解しちゃう~」
あまりのことに何故だか急に冷静になった私は、両手を膝に置き背筋を伸ばしてペン太を見下ろした。
(意味が全くわかりませんが)
「だからぁ、この世界は想像力で成り立ってるデショ?」
(いや、デショって言われても)
「むか~しからそうだからぁ。能力者の作ったお話がみんなの想像力を刺激して、この世界は成り立ってるからぁ」
(え、そうなの? なにそれ初耳どういうことよ)
「でもこの世界ってぇ、結構しっかり出来上がっちゃってるからぁ、想像の余地? 余白? そういうのが少なくなってきててぇ」
(ほうほう……)
「それでみんなの想像力が落ちてきてるからぁ、世界がほころび始めてる~。最近の異常気象、すごいでしょぉ? このままだと太陽は冷えるし地球の自転も止まるかもぉ」
(嘘でしょナニそのシステム)
「嘘じゃなぁ~いぃ! だからさツグミ、お話作ってみんなをワクワクさせたり恐怖のどん底に突き落としたりしてよぉ」
(なんか今怖いこと言った! 後半サラッと怖いこと言った!)
「なんでもいいんだぁ。このペンで書くことはホントになるから、それでみんなの想像力を掻き立てるようなコトを起こしちゃってよ~」
(ちょっと待て、聞き捨てならん。今また凄いコト言ったよね)
「だからぁ、さっきから言ってるじゃん。能力者がお話作ってぇ、みんなの想像力を」
(それは聞いた。でもさ、小説なんて世界中に溢れてるじゃない。小説じゃなくても、漫画やアニメ、映画とか。想像力を刺激するなら、それで充分じゃないの?)
「だってそんなの、みんな作り物じゃ~ん。作り物って知ってて見てるんだから、そこからの想像力なんてたかがしれてるよぉ。まぁ、無いよりはマシだけどね~」
(なるほど……現実の事件の方が、確かに興味惹かれるかも。でもさ、それならプロの作家とかに頼めばいいじゃない?)
「無理無理ぃ。あの人たち、忙しいも~ん。こっちの創作はお金稼げないからねェ、同じ書くなら原稿料やら印税収入がある方を選ぶよね~」
(急にせちがらいな! でもさ、書いたことがホントになるって、さっき言ったよね? なら、自分がお金持ちになるストーリーを書けばいいじゃない)
「そうだね~。でもそれって、結構大変みたいだしぃ」
(なんで? 作家ならそれくらい)
「ツムギ……もしかして、ちょっとアタマ悪い? むごっ! 」
(調子に乗るなよペンギン野郎。綿をほじくり出されたいか?)
「ボベンダサイボベンダサイ! ボーリョク反対」
顔面を鷲掴みにした手を離し、歪んだアタマの形を整えてやる。ベン太はホッと息をついた。
「真面目に説明致します。この世界が出来て長い歳月が過ぎ、その間幾人もの能力者が世界を補完してきました。ペンの力で事を起こし、その度に民衆は畏れ、敬い、心を沸かせて奮いたち、世界を知り未来を夢見たのです。皆は知らぬ間に、そうして世界を作り上げて来たのです」
(なんだ、普通にしゃべれるんじゃない)
「疲れるんだよぉ。それにキャラ付け欲しかったから~」
(キャラ付けとかいいから。普通バージョンで続けて)
「ケチ……うぅ、睨まないでよぉ。で、えっとぉ……そうして築いてきたこの世界の中で現実を動かそうと思うと、破綻のない緻密な構成が必要になるんだ。過去は変えられないからね」
(なるほど。現状を踏まえた上でストーリー構成しなきゃなのか。自分を主人公にするなら、周囲の人間もうまく動かさなきゃならない)
「そういうこと。目立つ綻びがあれば、そこからじわじわ破綻して狂ってく。いきなり全部壊れることも」
(……壊れたら、どうなるの?)
「整合性が強い方、つまり現行の現実に、ストーリーが引っ張られる。自分の作ったものとは違った結末になっちゃう」
(いきなり地球が割れる、とか、そういうんじゃないんだ)
「当然。だって辻褄が合わないもの。それだけ、この世界の成り立ちは強くなってるんだ」
(ふぅん……じゃあもし、『いきなり地球が割れる』とかって書いても……)
「まだ完成度が低かった初期の頃なら、出来ただろうね。実際、今回以前には、世界は何度も崩壊してるよ。でも今は、そうはならない。ただもし、そうなるための破綻の無い設定や流れを作れれば、可能だと思うよ」
(ふん、なるほど、面倒だ………確かにそれじゃ、職業作家はやらないかもね。自分で稼いだほうが手っ取り早いもん)
「そう。それに、これでどんな素晴らしいお話作っても、名前はクレジットされないからねぇ」
(ああ、ものすごい納得した。発表出来ない……っていうか、発表した時点でフィクションの扱いになっちゃうもんね。みんなの想像力をそれほど喚起できない)
「その通り。それじゃぁ、ペンを渡す意味がない」
(………ってことは、『能力者』っていうのは、名も無きストーリーテラーってとこか……)
「あ、ツムギ、今ちょっと良いなと思ったね?」
(おおお思ってないよ! 大変そうだし! ただちょっと、『名も無きストーリーテラー』って響きがね、カッコイイかなって……)
「でもさぁ、自分の書いたことが現実になるんだよ? 面白くない?」
(そりゃぁ………でも私、妄想力はあるけど専門知識とか無いし。専門知識どころか、どっちかっていうと物知らずだし。緻密な物語とか、作る自信無い)
「その辺は大丈夫ぅ。さっきも言ったでしょ。この世界は、すでに強く確立してる。大筋と、そのための設定さえきちんと作れば、現実がいろいろ補ってそれを叶えてくれる。小さなほころびを見つけたら、その都度補足、補完していけばいい」
(そんな泥縄式でいいの? さっき言ってた、緻密な構成ってのと矛盾するじゃん)
「いや、最初から補完が要らないくらいカッチリ書ければいいんだけど、難しいからね。いくら腕の立つ職業作家でも。だから、たっぷり時間かけて書けて、ちょこちょこ直す時間のある人に……」
(……そうだね。職業作家は忙しいもんね。私みたいな暇人と違って)
「そうなんだよね~」
(オイコラ、暇人否定しろや)
「だってボク、選任専門だから、想像力は付与されてないし。存在意義的に、嘘はつけない設定になってるから~」
(……設定? って、アンタも……能力者が生み出したものなの?)
「えー……今更なに~? 最初から、何度もそう言ってるじゃ~ん」
存在、とは。その意味は? 理由は?
大昔から、様々な分野で何度も繰り返し提示されてきた、この命題。私だって、幼い頃から度々考えてきた。その答えが今、唐突に明かされた………?
(………私も? じゃあ、じゃあ、私の送ってきた人生は、誰かの手によってつくられた……)
頭の芯が冷えていく。心臓が小刻みに震え始める。
「ツムギさぁ、やっぱりバカなんじゃん?」
(だって………だって……)
呼吸が浅くなり、思わず膝の上でスカートを握りしめた。
「例えばぁ、小説なんかでさ、『薄暗い階段を降りて狭い裏通りへ出てみると、予想外に人通りは多く、深夜だというのに道は混み合っていた』とかあるじゃん?」
(ちょっとソレ、いま書きかけの小説……」
「その中でさ、その『人通り』のひとりひとりの出生から現在まで、書く? 書かないデショ?」
(うん……書かない。きりがないもん、書けるわけない)
「そう。でも、そのモブ的な、取るに足らない登場人物にだって人生はあるわけデショ? 書かれてはいないけど、生きてきた道のりがちゃんとある。デショ?」
(それは、そうだけど……)
「ツムギも、そう。ボクも、そう。みんな、そう」
(………人を指差して、取るに足らないモブ呼ばわりか……)
「自分の人生では、誰でも自分が主人公。それ以外はみんなモブ!」
(なるほど、それもそうか……え、ちょっと待って。私は誰かにとっては、モブ。確立したこの世界で、ストーリー上の必要に迫られて誕生し今に至る、と」
ペン太はひょこひょことうなづき、肯定の意を示した。
「なら、この世界の、主人公は……? 確かさっき、『前の人』がどうとか言ってたよね? それって、前の『能力者』ってこと?)
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