第2話

 もう一度、ことの始まりから思い返してみよう。



 今朝もいつものスーパーへ、お買い物に行った。

その前にちょっと寄り道して、大きな公園をゆっくりと散策するのが楽しみだった。退屈な家事の合間の、ひと時の息抜き。


 たくさんの鯉や水鳥が泳ぐ大きな池に沿って歩き、たまに家から持ってきたパンくず等を放ってやる。ペット飼育禁止のマンションに住む私が動物と触れ合える、数少ない機会だ。

 時には小道に入り、鬱蒼と茂る木々や木漏れ日、湿り気を帯びた濃い土の匂いを楽しみ、丁寧に手入れされた植え込みや、手入れの隙をついて凛々しくも慎ましく咲いている花を愛でたりもする。



 太陽は頭上に近く、あと30分も経てば近隣の会社の勤め人達がお昼の休憩に繰り出してくるだろう。

でも今は、広い公園には小さな子供やその親がポツポツと見受けられるばかりで、池の周りのベンチに座る人はほとんど無い。

 

 私はいつもの背もたれのないベンチに腰掛けた。

ぼんやりと水鳥を愛で、キラキラと反射する水面を眺め、穏やかな風とその匂いに浸る。


 頭の中には………もちろん、物語がフルスクリーンで上映されていた。


 何度も上映を重ねるたび、少しずつ丁寧に複雑に、作り込まれていくストーリー。

この前とは少し、ここの表情が違う。あ、台詞の語尾が変わった。そうか、後であの展開に繋がるから……わあ、新しいシーンだ。本筋には関係ないけど、登場人物の印象が膨らむ良いエピソードかも。え、あれ? 本筋に関係してる……? これってまさかの伏線じゃーん! そっか。あの言葉の裏には、これがあったのね………



 新たな物語を思いつく時、たいてい骨子は出来上がっている。

普段ほわほわと頭に浮かんでは消えるエピソードの数々が、何かをきっかけとして一つの形を成し、頭の中に、大体の映像とストーリがドン! とひとかたまりで現れるのだ。


 例えて言うなら、DVDのパッケージが近いと思う。

表紙には印象的なカットとキャッチコピーに、主要キャスト。裏面には興味を煽るあらすじと、見せ場となる場面の写真がいくつか。

 中には再生されるのを待つ、本編DVD。その本編は再生を繰り返す度、いくつものエピソードが盛り込まれ表現の修正を加えられ描写の精度を上げ、密かな伏線を散りばめては回収し、ボリュームアップしていく。


 何度繰り返しても飽くことの無い楽しいその作業は、子供の頃から続く数少ない趣味と言っていいだろう。旧くは母親に読んでもらった絵本から、長年かけて買い込んで溜まりに溜まった小説に至るまで、読書に没頭しながら脳内にその映像を繰り広げるという、至福の時間。

脳内の映像をそのままダビング出来たらどんなに素敵だろう。そんな秘密道具出してよドラえも~ん! と何度妄想したことか。



 ただ、その楽しい趣味にも弊害はある。

脳内で生々しく臨場感溢れる映像を流し続けているせいか、睡眠中にみる夢が途方もなく現実的なのだ。

実際にありそうなことも、例えば空を飛んだり水の上を歩いたりといった非現実的なことも、圧倒的なリアリティを伴うため実体験同様に感じてしまう。水の温度や風、臭いから味までも感じ取れる。

 そのせいで、夢でみたことなのか現実に起きたことなのか、混同してしまうことがよくある。

さすがに空を飛んだりというのは混同しないが、ふとした会話や交わした約束、読みかけの本に挟んだメモ、作り置いたはずの料理が………といった日常的なことが、夢か現実かの判断がつかなくなってしまうのだ。


 有り難いことに周囲の人間はもう慣れたもので、私が持ち出したとんちんかんな発言で「はて?」となっても、「ごめん、夢でみたことと勘違いしたみたい」の一言で笑って済ませてくれるのだが………私としては、記憶が曖昧なので幾分心許ない。



 そして、あの時も。

 楽しい妄想が一段落して、ベンチの片隅に転がったその万年筆を見たときも、その弊害が頭を掠めた。


 これは夢か、現実か? ……こういう時は、まず現実だと仮定することにしている。その方が無難だからだ。では、検証開始。



 確か、私が座ったときにはこんなものは無かった筈。

だってこんなに美しい万年筆、見たことないもの。ただでさえ文房具マニアの私が、見逃すわけがない。


 誰かがこっそり置いていったのだろうか。周囲を見回したけれど、近くに人影はない。

何気なく手を伸ばしその万年筆に触れた瞬間、頭の中に声が響いた。



「ーー お話を、書いて。世界を救って」


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