第3律 星々をなおすもの
第33話 神卵生活のはじまり
かくて、シュラン達の新しき神卵生活が始まった。
まず、シュラン達は【
「ルオ! ルオ! 新しい事象を掴んだんだ! 【こける】の事象だ! 見てくれ! こんな風に、空中でも……ほら、【こける】ことが可能なんだ。すごいぞ! 自動的にこけられる!」
空中でこけて喜ぶシュランを、ルオンは険悪な視線でねめつけた。
「……あっ! なんだ、その目つきは!」
「だって、もっと、まともな事象を掴んでほしいですかな」
ルオンは拳を握ってぷりぷり怒った。
「そう怒らないで。いいじゃないかい。こけるなんて、可愛いもんさ」
ミャウがルオンの肩にぽんと叩きなだめやる。ミャウは神体になる前、シュランには散々と振り回されてきたので、多少のことでは動じない。
「そうそう、あたいも事象を掴んでね」
ミャウの姿が一瞬、掻き消え、またほぼ同じ場所に出現した。
「
そして、シュラン達は様々な『事象』を掴んでいったのである。
「ミャウ姉ちゃん、違うですよ!」
ルオンが頬をふくらませて叫ぶ。
「まあまあ。目頭つりあげないで。シュランはいつも、ああなのさ。心配になるけど、もっと寛大な心で……」
「でも、シュランさんは他にも、【猿と犬を仲良くさせてしまう】、【ナメクジを踊らせる】、【豚に真珠。猫に猫まんま】なーて、意味が解らない事象ばかり掴んでくるですよ」
口を窄めながら言ったルオンの言葉に、ミャウが柳眉を逆立ってた。
「お前って、子は! ちょっと目を離すと変なことをする!」
「このままだと、それはそれは……はあ~」
「そうだね……」
ルオンとミャウが顔を見合わせ、げんなりとした。二人とも落胆したが、普通の感性ではつかめないレア事象だ。その点は褒めてやるべきである。
「ミャウ姉! ちっと頼みがあるんだ。いいかい」
シュランがいつになく真面目な顔をしてやってきた。
「ミャウって呼べって。それで、なんだい?」
「あのさ。その尻尾を触ってみていい? ずっと気になっていたんだ。そのフワフワぐあいがたまらん!」
「へ!」
ミャウがしゃっくりみたいな驚き方をした。
「シュランさん……?」
ルオンは意味がわからず動きをとめた。
「ああ……変なこといった。忘れてくれ」
シュランは気にした様子でもなく、すぐその提案を取り下げた。
「……触る」
ミャウはそう呟いて、三本の尻尾が馬鹿みたいにバタバタと揺れ出した。彼女の乙女心がいけない妄想をうみ、転がりだす。
「ああ……君の尻尾の、なんと素晴らしいこと。夜空に輝く火星の如し! 森の精霊達も嫉妬しているよ!」
目尻のほくろが色っぽい、砂漠の王子様みたいなシュランがいう。ミャウの妄想の中にいるシュランは300%ほど美化されていた。
「そんな、そんな、コマチャウ!」
お目々をキラキラさせ、お姫様なミャウが頬を両手で抑えて、くねくねと恥ずかしがった。
はっと、ミャウが妄想から我にかえり、喜びで暴れ出した尻尾を抱え込む。喜んでしまったことに羞恥を覚え、かーっとなった。しかしミャウは考えた。
(でも、あたいに少しでも興味を持ってくれるのなら……)
ミャウは顔をやや背け、
「……いいよ。ちょっとだけなら……ただし、あたいをきちんとミャウって呼んでくれたらね」
自分の尻尾をくちゃくちゃに抱え込んで、恥ずかしそうに言葉を捻りだした。
「ミャウ姉ちゃん?」
ルオンが首をかしげる。
「んん?」
シュランは少し怪訝に思ったが、喜んで快諾した。
「そんなことでいいの? ……ミャウ!」
ミャウの狐耳がぴくんと動いた。喜びが全身を駆け巡る。なんなのこれーという喜びに身を任せたいところであったが、ミャウは冷静を装って白々しく言う。
「聞こえなかった……」
「え? しょうがないな。ミャウ!」
ばっと、ミャウは踵を返し、嬉しさで屈んで丸くなる。シュランに背を見せると、また催促した。
「もう一回……」
「ミャウ!」
シュランの一声が、ミャウの耳から脳内。いや心の中に甘い声となって何重にもなって響いていた。嬉しくって嬉しくって、ミャウの頬が緩む。顔がにへらと崩れた。
(駄目だーぁ。嬉しいー。あたい。今、どんな顔をしているんだー。見せられない!)
心配そうにルオンが覗き込んできた。
「あの……ミャウ姉ちゃん。大丈夫ですか?」
「うわ! なんでもないよ! なんでも!」
ミャウは全身を驚きで踊らせ、すぐさま立ち上がる。
こんな顔を見せらない。ミャウは嬉しさを押し殺すと、黄金の髪を翻し、トップモデルみたいなポーズをして、尻尾を向けると、毅然と言い放った。
「ほら。約束だから、触っていいよ」
「おお! ありがとう!」
シュランが喜んで手を伸ばす。
ミャウは高をくくっていた。
尻尾を触られてもどうせたいしたことはないだろうと。
しかしそれが間違いだったことを思い知ることになる。
シュランはモフモフ好きなのだ。それもきちんと扱いになれた手練れなのである。
シリウス人、いや人類史上の最強のモフラーなのだ。
シュランは宇宙大虎のモフモフ感が堪らず、その檻に飛び込んでいってしまった過去がある。気性の荒かったはずの大虎は巧みなモフモフ扱いに負け屈服し、仲良くなって、シュランと一夜を過ごしている。
シュランは猛獣すら手なずけるモフモフマスターなのである。
そしてこのとき、シュランは神体として、その事象センスに目覚めた。
――事象【モフモフL1】
あらゆるモフモフ系のものを手なずけてしまう事象。
モフモフ・ランク1――ちょっと気持ち良くさせ、好感を持たせる。
ランク1はその程度だったが、シュランは人であった頃――
未亡人製造器と呼ばれた獅子。
黒の死神と呼ばれた水牛。
千の人を化かしたという黒狸。
熟女のパンツだけを奪い執拗に洗う乱暴者のアライグマ。
黄色ネズミだけを食べるジバと呼ばれた伝説の赤猫。
いつも犬小屋の上で寝ているビーグル犬。
ちくわ好きな忍犬。
バニーガールの格好をした美人のおねえさん。
などなどモフモフ系動物を手なずけていった輝かしい戦歴がある。その経験が質と数値に変換され、ランク1からあっさりと最高位のランク8になった。
快楽のあげく、骨抜きの、心からの永遠の奴隷にしちゃう。
今まさに、事象【モフモフL8】がミャウに襲い掛かる。
狂えるぜ、モフモフ!
輝くぜ、その指先が!
燃えたぎろ、モフラーの心よ!
シュランは柔らかく、優しく、細やかに、ミャウの尻尾を軽く撫でた。
「はう♡」
ミャウはひと撫でて濃密な甘い声をあげてしまった。全身に凄い電撃的な快楽が迸り、腰砕けとなった。天界の加護を受けたみたいな幸福感。もうすべてを投げ出してもいい悦楽だった。
(ダメ! おちちゃう! おちちゃう!)
ミャウは涙目になって堪えた。この快楽に溺れてはいけない。
「すごいモフモフ感だ! サイコーだ。ミャウ姉……!」
「シュラン!」
ミャウは殺意の目でキッとシュランを睨んだ。
「あ! ごめん。ミャウね!」
名前のことで誤魔化せただろうか。ミャウは全身の筋肉に力を込め、押し寄せる快楽の波に耐え思う。こんなに感じているなんて、ばれたら恥ずかしすぎる。
ミャウは小刻みに震える腰を力強く立てなおし、気丈に振る舞って、現状を維持するしかなかった。
しかしさらにシュランの【モフモフL8】の攻撃は続く。
まずは暖かい日だまり。
次は繊細なピアニストの
それでいながら蹂躙されるような荒々しさ。
「……あうにゃ」
ミャウは海老反りになって、全身を震わせ、甘い声を漏らす。ミャウは艶を帯びた口元に人差し指を運び、軽く甘噛みをし、美しき肢体をくねらせ続けた。
シュランはそんなミャウの様子に気づかず、【モフモフL8】を続ける。
「はわわわわ……」
ルオンがミャウの痴態にあてられて、真っ赤になっていた。
「なんか、ミャウ姉ちゃんの様子がおかしいですよ。これは、いけないことじゃないですか? はうわー。恥ずかしいー。なんかなんか、見ちゃいけない?」
正視できずルオンは目を両手で覆った。しかし、やっぱり、好奇心や色んな思いがあって、指の隙間から見るお茶目なルオン。
「はうわー。いけないです! いけないです!」
ルオンはどきどきして凝視する。
「こら! シュラン! 痛いんだから、痛いんだから!」
そう叫ぶことで、ミャウは自分を偽るしかなかった。
ミャウは前のめりになって、あふれ出そうな感情の逃げ場を求めるように、シュランの首に強くすがりついた。つま先だって、荒い息をもらし、快楽の波濤に耐える。
「ごめん! 痛かった?」
「んだよー。もう~ぉ」
言葉は否定だが、ミャウは新婚したての、新妻みたいに甘えて言う。
ミャウは密着する肌で、シュランの肌を感じた。シュランの男らしい筋肉質な体がミャウの心をさらに乱す。激しい快楽と愛しさがまぜこぜになって、ミャウの意識は白濁としてゆく。
(にゃはん。駄目だよぉ。駄目だよ。シュラン……)
ミャウはうっとりとした表情となった。
「もう俺はやめておくね……。ルオが触ってもいいかな」
「うんうん」
ミャウは羞恥からシュランの肩に顔をうずめ、そう返事するので精一杯だった。
「ルオ! 触って、いいってよ」
「はい? うん、ですかな」
ルオンはぴょんと驚いて跳ねた。いけないものを見ていて咎められた。それともなんかミャウの妖しい雰囲気にあてられ、自分も変な気分になっているのが恥ずかしい。
ルオンはそれを誤魔化すように大急ぎでミャウの尻尾を触りだした。
「えーと……すごいです! ミャウ姉ちゃんの尻尾はふわふわです!」
「そうかい。うんうん」
ルオンの撫で方は優しかった。暖かさが伝わった。それがミャウを少し落ち着かせたが、シュランほどでないと名残惜しさを感じさせた。
すると、そこを見透かしたように、シュランはミャウの尻尾を撫でた。
「――!」
突然の撫でにミャウは目の前が真っ白になった。そのままミャウは全身を痙攣させると、目尻に涙をため、シュランの肩に顔を埋めた。
シュランは自分がした行為とミャウの状態に気付かずしゃべりだす。
「この尻尾はサイコーだから、みんなに触らせていいか? みんな、このモフモフな尻尾を気にしているみたいなんだ」
真っ白な空間の隙間から、現実にやっと出せたような薄い意識で、ミャウはシュランの肩に深く顔を埋めながら、答えた。
「うん。うん。いいよ。好きにして……」
感情に流され答えてしまい、それが間違いだったと気づくのは後のことである。
「みんな! 触っていいってよ!」
シュランが明るい声で叫ぶ。
次の刹那、地面がどんと揺れた。
シュラン、ミャウ、ルオンが激震で一度、跳ねた。
え! なんだろうとルオンがそちらを見た。
地平線の彼方。夕日がゆるゆると沈んでいた。
それを背に、黒い山脈の影が見えた。
ルオンはそのシルエットを知っていた。
「クルミちゃん?」
山脈ウルリクルミの姿が地平線に見えた。
恐ろしいほどの超重量を持って地面を揺らし、のしのしと、歩んでくる。
「クルミちゃん。嬉しすぎだな。大きくなってるぞ」
シュランの何気ない一言が、ミャウを気づかせ、顔を上げさせた。
こちらに向かってくる山脈の姿が見え、さらに四角い影がぽつぽつと出現しだした。
「みんな触りたいってよ! アルのやつも! 兄弟のステとブロンも! ヘカトンケイルの兄弟達もきたか!」
黒い影が真夏の陽炎に揺れるみたいに増え始めてゆく。
一つ目石板のキュクロプス巨人族幼体。黒石板アルゲス、灰石板ステペロス、白石板ブロンテス達の三匹の影。
百目石板のヘカトンケイル巨人幼体。蒼石板ブリアレオス、赤石板コットス、緑石板キュゲス達三匹の影。
長い円柱の影が現れた。これは巨大円柱アルゴスであろう。
次に、周囲を赤く照らし出すように炎が立ちのぼった。
炎塊スルトだ。その隣には竜巻が出現した。嵐蛇アダドだった。
そして一瞬、空が十二色に煌めいた。
「え?」
夢うつつの微睡みにいたミャウの意識が一気に覚醒した。
ミャウはその光景を鮮烈に覚えていた。
あの援軍。
十二匹。しかし、その一匹は五千の集合意識体である
方形石柱ギガースの六十万の影だった。
「……ちょ? まさか、これ。みんな、あたいの尻尾を触りたいの?」
ミャウは冷水を浴びせられたように事態を把握して言う。
「そうだよ。ミャウのモフモフはサイコーだからな」
シュランが屈託なく答えた。
「こう見ると壮観だな。
「え? うん? 尻尾だよね。あたいの?」
ミャウはシュランの顔と巨人軍を交互に見て、戸惑っていた。
「そうか。尻尾だから、最終もふもふ戦争? 尻尾の黄昏?」
「なにいっての? なにいっての? シュラン!」
六十万匹と九匹の巨人軍が夕日を背に進軍する。
ミャウの尻尾をモフモフしたいがために。
「でも、巨人の子達は恥ずかしがり屋さんなのかな。もじもじしているな。足が遅い。ミャウ。ちょっとごめんな」
シュランはそういって首に縋り付いていたミャウをひょいと持ち上げ、横に置いた。
ミャウはまだ現実を受け止められず、ぽかんと乙女座りしていた。
「こら、みんな! 恥ずかしがるな! そんな足が遅いと日が暮れちまうぜ! 俺が受けとめてやるから、一気に飛び込んでこい!」
シュランは両手をいっぱいと広げ、叫んだ。
ミャウは口をひきつかせ、額にたらっと冷や汗を流した。
ルオンは手を上下にふりふり、あわあわとしだした。
巨人軍達の進軍が止まった。躊躇する間から、歓喜する感情が広がった気がした。
そう――
一斉に一斉に。
感激と喜びで胸一杯にして。
六十万匹。三匹。三匹。一匹。一匹。そして山脈一個が飛んできた。
《しっぽ――モフモフ――!》
山脈ウルリクルミはあろうことか、跳躍した。シュラン、目掛けて。標高八千メートル級のエレベスト山ではない。火星にある太陽系最大の標高二三キロ級のオリンパス山でもない。標高九万キロ級の山脈ウルリクルミがシュランの胸に向けて、ジャンプしてくる。
もちろん、今回はそれだけではない。
オベリスク型のギガース達が先端を向け、突撃ミサイルみたいにして、特攻してくる。
その数は六十万匹――
そして巨人の石版達――
シュランは楽しそうに胸を広げた。
「駄目ですよ! いかんですよ! 駄目―――ぇ!」
「ちょっとおやめ! おやめたら! うええええ!」
ルオンとミャウが恐ろしさで互いの両手を姉妹みたいに握りあって叫ぶ。
空が黒く染まった。
六十万の超大群が飛んでくる。
シュランは満面の笑みを浮かべ、それ全ての巨人達を胸で受け止めようとしたのであった……
神卵 ― 神様転生のはじまり ― 万代 やお @doronyan
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