第20話 援軍

 そして――ルオンを守護するように三方向より蒼、赤、緑、三色の巨大な石板がぬるりと出現した。静かな威厳に満ちた大壁達。


「ブリアちゃん! コットちゃん、キューちゃんも!」


 ルオンが大喜びした。駆け付けたのは百の眼をもつヘカトンケイル巨人。蒼石板ブリアレオス、赤石板コットス、緑石板キュゲスの三板だ。


 百の眼。いや三板の合計三百の眼が瞳の虹彩を絞ると、上下左右に標準を合わせ、一斉射撃を敢行した。三百の超高熱レーザー線がまがり、くねり、入り乱れる。強烈な光量が辺りを照らし、数千の化物達が超高熱の束熱線に撃ち抜かれ消滅していった。


 迸る熱線の軌道は一つ一つが敵を的確に追跡し、直角にカクカクと曲がる。追尾式誘導高熱レーザーだ。念動で誘導され、後方にいようが即座と撃ち抜く。


 だが、それでもなお、隙間をぬって、襲いかかる怪物達がいる。


 ルオンは念を飛ばし、神樹の枝を伸張させ貫こうとしたが、疲労感に襲われ、片膝をついた。闇蜘蛛がルオンを捕縛しようと黒い糸を放つ。


「あ…!」


 危機一髪。閃いた蒼い光が黒糸を削いだ。


 ぴょっこと飛び出した黒石板アルは続け様に一つ目より第二波を発射する。蒼き光線が闇蜘蛛数匹を横薙ぎに断ち割って、遅れて、どーん! と爆砕した。

 その爆発を合図にしたかのように、白と灰色の石版二枚がくるくると飛び出た。黒石板アルの兄弟である、一つ目キュクロプス巨人族の幼体二板達だ。


 白石板ブロンテスは放射状の稲妻を放ち、灰石板ステペロスは雷球を容赦ない早さで連射する。


 キュクロプス三兄弟は三位一体。名にある、雷雲ブロンテス、電光ステペロス、雷鳴アルゲスの如しの連携で怪物達を一網打尽とし、ルオンに寄せ付けない。


「みんな……」


 ルオンのやつれた顔に明るい気色が宿る。ルオンを守護するその二重の防壁が完成した刹那――


 どおおおおおおぉぉぉん!


 大音響と共に、白い蛆大津波の中で、数十本の火柱が矢継ぎ早に立ち昇っていった。火柱は怪物達を上空に飛散させながら蒸発させてゆく。


 火柱を直立させたのは、怪物達の津波を二つに割って疾走する炎塊スルト。隣には翻る竜巻のようなものまでいる。竜巻の中に黄色い宝珠が六つ浮遊していて、これが目玉といっていい嵐蛇アダドであった。


 炎塊スルトが発生させた火柱に、嵐蛇アダドが【時空震波長】を送り込む。


 数十本の火柱は空間が揺れたさざ波に煽れ、巨大な火焔の竜巻となった。猛威をふるう火焔の竜巻によって、蛆や蚤が身を舐め尽くされると炭化し、【時空震波長】が一瞬でそれを粉砕していく。


 炎塊スルト達の攻撃は秒単位で千から万の数を一気呵成に焼殺した。


「あいつ、すげーだな……!」


 シュランは炎塊スルトを見て驚いた。背中にはミャウがいる。二人とも、身は腐食しの、焼け爛れの凄惨な状態だった。

 対して、毛玉グラシャラボラスと赤エイ・フォルネウスは流れる蛆の大河に身を任せ、悠々と存在している。無傷だ。防禦結界に阻まれ、シュラン達は敵の躰に触れることすらできない。


「精神体とやらになっても、血はでるのだな……」


 シュランは腕の傷口から溢れる薄いエネルギーのような鮮血を感慨深く眺めた。空間に、毛玉グラシャラボラスの尾先が出現する。


「なら――奴等も同じってことよ!」


 シュランは諦めず右手を握り締め、身を翻す。


 銀の尾先が虚しく空をきった。


 だがグラシャラボラスは追撃の尻尾を弛めない。下方より銀の流線を閃かせる。


 シュランはバックステップするような飛行で逃げると、首の後ろをちくりと刺す殺気を覚え、上空へ飛躍する。


 鋭い銀光が流れた。


 その一撃もシュランに擦りもしない。シュランは空間を自由自在に飛行するようなことをマスターしつつある。だが、急反動な動きをすると全身が圧縮されるように痛む。時流速で無理な動作をすると、精神体を形成する素粒子が圧迫されるのだ。


 シュランは痛みを堪えながらも、迅速さを生かし、銀光の乱舞する空を突き進む。


 後は【空間削ぎ】の感覚を取得したいところだが――


 シュランは右より空間造物スクエアバイルが奇襲し、手刀の斬撃で弾きかえす。次々と襲い掛かる小物の化物達に阻まれ、余裕がなく――


「また、これか!」


 シュランの躰が絵のような平面となった。


 次元流を飛行中の座天翔船ソロネが漂う次元泡に突入すると、世界が二次元と変化する。まだ人間的な感覚があるシュランは対応できず、距離感が狂い瞬間的な戸惑いができてしまう。


 シュランの脇腹を銀線が駆け抜けた。血の線が飛び出たがかすり傷。隙あらば、白銀毛玉の尾先が放たれる。流れた線の血が歪み、液体に――世界が元に戻る。

 相手は平面世界でも戸惑いも躊躇なくも冷静に攻撃可能だ。練度、精神的な差がある。


 シュランは覚悟を決めた。やはり、時間に近いと云う速度を活用するしかない。

 白銀毛玉の三日月口より火焔の息吹が噴射する。シュランはよけない。笑った。猛烈な火焔を身に受けながら。


「シュラ坊!」


 雷棒を振り回すミャウが顔を引き攣らせ叫んだ。


 次の瞬間――


 血の噴出があった。グラシャラボラスの赤い瞳に右手が突き刺さっている。


 全身に燃え盛る火を纏ったシュランの右手が!


《ほう。その早さをいかし、火を放つ防御壁が開いたところを渡ってきたか……!》


 グラシャラボラスは赤眼を潰されたが、悠然としたものだった。


「このまま、全身を青痣だらけにしてやる!」


 こんな大量の鮮血を浴びたことのないシュランは一瞬、気後れしたが強気に言い切った。そう叫ばなければ、この事態に飲まれてしまう。


《ならば、我はこのまま、切り刻もう!》


 毛玉も笑った。瞳の周囲に四角い粒子が集結し輝く。そしてあろうことか、瞳の傷が瞬く間に再生した。シュランの右手を眼球内に取り込んだまま、でだ。


「おい! 嘘だろ!」


 慌て戦慄した。もがくが取れない。右手が目玉に癒着してしまった。

 白銀の尻尾が襲いかかり、右腕を軸にしてシュランはなんとか躱す。直ぐに左手の手刀を尽き入れて、眼球をほじくりだす。


「な、なんてことをしているんだ、俺は!」


 と理性を失いかそうになりも、命の瀬戸際だと、眼球を懸命にほじくる。


「きゃあ」


 ミャウも捕まってしまっていた。シュランを気にかけていた為だ。


 赤エイ・フォルネウスの腹下にある六本の腕と格闘していたのだが、その一本にである。

 フォルネウスは掌に捕まえたミャウを人形みたいに玩んだ。親指で乳房をぐりぐりと押し潰し、頭部を指先で弄られる。掌から黄色い汁がにじみだし、ミャウの全身に流れ出す。


《感じているのか……もっと、感じさせてやろう……!》


「ふざけんなよ! このへたくそ……ギャアァァ――――――――ッ!!!」


 全身が腐食し始め、信じがたい絶叫が響き渡った。


 シュランは右手をほじくり出すのに成功した。


「ミャウ姉……! いま……」


 シュランはミャウの危機に急行しようとしたが――


 突如、背中に苛烈な衝撃が駆け巡り、シュランは防禦壁の内側に激突する。尾先の一撃だ。視界が真っ白になる。


「ぐぬ……!」


 シュランが意識を失いかけたとき、どこからともなく巨大な光の網が飛来し、


《――ぬお!》   


 なんとグラシャラボラスはその躰を編み目模様と焼かれ分断された。身を守る防禦壁ごと裂いた高出力の攻撃だ。

 だがしかし、グラシャラボラスが鈍く輝くと、編み目全ての隙間に肉体が生じ、瞬く間に再生し立て直す。凄まじい復元力。イデア化するとこれほどの強力な力を扱えるのだ。むろん、界持ちであることが必要条件だ。


「くそ……!」


 一瞬、気絶してしまったことにシュランは舌打ちをした。何者かが攻撃し隙を作ってくれなければ、完全に死んでいた。

 口内に広がった血を飲み込み、シュランは防禦壁が網状に揺らいでいるのを見て、気力を振り絞る。防禦壁が復元しかけた寸前を抜け、シュランは外に脱出した。


 再び、光の網が飛ぶ。


 今度はミャウを掴んでいた赤エイの手に向けて。


 赤エイの細切れになった腕の肉塊と共に、気絶したミャウが落下する。時流速飛行してきたシュランがミャウを受け止める。


「ミャウ姉! ミャウ姉、しっかり! まだ、デートもしてないだろ!」


 薄目を開けなんとか意識を奮い立たせミャウが口許に笑みを飾り付けた。


「あはっ……してくれるのかい? ルオンちゃんは……」

「こんなときに、そんなこと!」

「もう、あたいが今にも死にそうに扱って! あたいは――」


 ミャウはぱちりと眼を開くと、驚いたシュランの首に縋り付いた。ミャウはシュランの背後に落下してきた雷棒をつかみとり、ふるった。背後から襲いかかろうとしていた紐の怪物達が、その一撃によって一閃された。


「こんなに元気なんだからっ!」


 ミャウの驚くべき気力だった。おまけに、ドサクサに紛れてシュランの頬に接吻する茶目っ気をみせた。されたシュランは慌てる時間もない。間髪をいれず拳を放ち、問う。


「ありゃ――」


 突き出した拳はミャウの後ろへ迫った闇蜘蛛に陥没し、粉砕させた。


「――味方かな」


 六つ太陽を背に、天空を染めあげんばかりの軍勢がいた。光の網を放ったと思われる軍勢だ。軍勢は数万の方形石柱オベリスクで厳然と滞空している。その方形石柱オベリスクは煌めく鎧を思わせ、蛇のような模様が刻まれていた。

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