第19話 白き大絨毯
数百万の軍団が創造され、世界がその莫大な数によって染まろうとしていた。
(ああ……なんということだ、これは……!)
あまりにも創造される敵の数によって、地と空と世界が白と紫の斑に染まっていく。この理解を超える光景にシュランはわずかに怯んだ。
「くそ! 負けるか!」
シュランは己を叱咤し、叫ぶ。
(あいつは! 仲間を殺した! 無慈悲に殺した! 負けるか! 負けるか!)
シュランは怯みかけた心を鼓舞して、闘争心を煽る。幸いにも軍団との距離はあり、今はシュラン達の方に怪物がぱらぱらと舞い落ちるだけだ。
シュランは現状を把握すべきと叫ぶ。
「じーさんは――!」
強襲してきた
「お馬鹿! シュラ坊! 後ろ!」
ミャウは闇蜘蛛を雷棒で切り捨て、叱咤した。
シュランの背後に、白銀毛玉グラシャラボラスが俊敏な動きで出現した。
白銀毛玉グラシャラボラスがかま首を持ち上げ、歯のない口をかぱっと開くと、高熱の火焔の息吹を吐きつける。シュランは火炎に丸のみにされた。偶然、巻き込まれた怪物達が蒸発ほどの威力だ。シュランは――
《ほう、ゲヘナに相当する息吹に耐えるとは……!》
所々焼け黒くなったシュランに、毛玉グラシャラボラスが感嘆の波動をもらす。
これはシュランが高位精神体となって所持した【四属性耐性40%】の事象の性能ためだ。今のシュランは土水風火の四属性を加味した攻撃に対して40%ほどレジストする。そのためシュランは命拾いをしたといっていい。
「この、カチ割ってやるっ!」
ミャウが油断だらけの白銀毛玉の頭部目掛けて、雷棒を容赦なく叩き降ろした。しかし、雷撃の一打は透明な壁――防禦結界と衝突し、阻まれ、頭部へ届かない。
「ダメか!
防禦結界とばちばちと拮抗する雷棒を見ながら、ミャウは思案する。
《確か、
「後ろ!」
シュランの声を耳にして、ミャウは咄嗟に上へ飛ぶ。誰もいなくなった空間を、何本ものうねる触手が横切った。
ミャウは一息つくと、空中に踏み止まる。触手の主を睨み付けるべく振り返ったが、突然と襲いかかった激痛に叫びをもらした。
「いたいぃ!」
噎せ返るような臭気をあげて、ミャウの背中が溶け出したのだ。
赤エイ・フォルネウスが放った精神体を腐食する負の念動波【
「畜生め!」
ミャウはしかめ面で悪態をつき、信じられぬものを目撃し、急ぎ下降する。
シュランは右手に力を込めた。シュランの右手はウルリクルミの防御壁の一部を削いだ。それを思い出しながら、シュランは強く意識する。
(そうだ。俺の右手は空間を削げる! 空間を! それでいけば!)
この右手は空間を削げるらしい。シュランはくるりと回って、勢いをのせた右拳の一撃を浴びせる。
グラシャラボラスの防壁結界と右手が激突し、淡緑の火花が爆ぜた。
シュランの右手が徐々に、結界内へ侵食する。その力を最大限に発揮したいが、右手の進行が停止した。
「くそ! うまくできない!」
力の扱い方。シュランは空間を削ぐ
《空間削ぎとは恐ろしい力よ! だが、扱えぬようだな!》
毛玉グラシャラボラスが刃物のような波長を発した。グラシャラボラスの尾先だけが、シュランの後ろの空間から出現する。歪曲された空間を介し、尾先が現れたのだ。
シュランを両断すべしと、白銀の尾が振り降ろされる。
「全く! 守ってくれるじゃなかったのかい!」
間一髪。ミャウが真一文字に掲げあげた雷棒で尾先の斬撃を受け止めた。ミャウの両腕は激烈な力で耐えたが震え、足元は地面に陥没した。
「守るって!」
シュランは叫ぶと、ミャウを抱え跳んだ。横へ倒れるように逃げた二人の側面を、【
苦痛を感受する間もない。
ミャウは雷棒を片手で大回転させた。倒れ込んだ二人を狙い、蚤の怪物達が一条の白い奔流となって飛び込んできたのだ。
「このーぉ!」
ミャウが作りだす霆の旋風の上で、怪物達が爆ぜて、次々と爆裂した。怪物達の、砕けた
そしてゲオルグ達の方にも、怪物達が襲いかかってきていた。狙いはルオンだ。
「森よ、あれ! ダフネちゃん、お願い!」
ルオンは【神樹創造】によって、五百本ほど小さな神樹の森を創造した。巨神化した自分の背丈より高い森だ。
その森には様々な神霊群が存在している。
髪が葉であり両手は枝の巨大な女性――神樹ダフネがその枝の手で闇蜘蛛数匹を貫く。
目玉をつけた食虫植物みたいな神樹が二枚の葉を合わせた口で蚤を一呑みにする。
と、様々多様な神樹精霊というべき軍団の森である。
ルオンの攻撃は手間がかかる。植物を、神樹を成長させなけらばならない。神具を創造することも可能なのだが、元々得意でなく本調子でもないこともあり失敗していた。よって、ルオンは生まれながらに備えている力で身を守るしかない。
神霊と呼べる精神体は、左手を振るっただけ暴風を起こすなどの自然現象的な力を有していることがある。ルオンの場合、傷口が治癒する、子供が成長する等の
むろん、自分の力を分け与えるのだから酷く疲労するし、この方法では小物は倒せてもアンリなどの高位精神体を倒せないのは言うまでもない。
「気色悪いぞ!」
ゲオルグが男根型の蛆を鉄槌で容赦なく叩き潰した。
「こないで! 蜘蛛はダメ!」
空を疾走してきた闇蜘蛛に嫌悪を覚え、マーシャはスダルサナを投げたが、全く見当違いの方向へ飛んでいく。
「ちょっと、何でぇ! 念で思い通り動く筈なのに! ゲオルグ~ぅ!」
こんな雑念の入った念で動く訳がない。マーシャは助けを求めた。
「もう世話のやける! これを使え!」
マーシャはゲオルグから渡された
「またきた! ダメ、助けてぇ!」
仕方なくゲオルグが叩き潰す。位置を反転することになり、ふと、にじり寄る膝ぐらいまであった男根の蛆を見つけ、マーシャは躊躇なく刺し殺した。
「えい!」
「……蛆は、その蛆は平気なのか!?」
「えっ? だって、あんたのあっちの方が凄いじゃないの。……えい!」
理由らしきことをいって、マーシャは
「こっちも、えい! えいえいえいえいえい! この程度の数なら簡単ね……うそ~~~~ん」
と突然、マーシャが惚けた。アンリの創造した軍団の本陣が、地の果てから白き大津波となってくるのを目撃したのだ。
「しっかりせんかい!」
叱咤したが、ゲオルグも絶句した。
蛆や蚤のつぶつぶの白い大津波だ。限りなく広く大きくて、空が見えない。真っ白だ。数も尋常ではないだろう。巨神化したシュラン達の何十倍もあるのだから。
鳴動する音も変だ。津波が発する音ではない。
そう蛆と蚤の弾力のある白い皮膚同士がすれ合い、こすれ合い、それが幾重にも重なって形容しがたい不和協和となって響くのだ。
箱の中でぎちぎちになって詰められ、億の数に及ぶ蛆と蛆が互いの躰を密着させ、愛撫のするようにうねって、生々しく肉迫してくる悪夢の光景。
「ああ……だめ……狂いそう……」
マーシャは吐き気を催し、眼の焦点を失いかける。理性が崩壊寸前だ。
その先陣をきるのが巨獣アンリだ。空間の破片を舞い散らし、猛進する。空間壁が剥がれた箇所から黒い断面が見え、紫、白、黒と色が氾濫する
そのとき、アンリの目前に立ちふさがったものがいた。
《ルオンノタル。泣カス、ユルサナイ!》
あの山脈ウルリクルミだ。アンリより巨大化したウルリクルミの大きい。これは頼もしい。
山脈と巨獣が激突する。
衝撃と大音が谺し、激突近辺の空間壁が一気に吹き飛び、黒い次元壁が露わになった。
「よし、やっちゃえ!」
マーシャが喝采をあげた。
しかし、アンリは一顧だにしなかった。
《下賎ぞ! 古き巨人ですらないものが我らを止めるなど、笑止!》
巨獣アンリの顔から生える腕が一振りされた。
放たれた暗黒の破壊波動波が、山脈ウルリクルミの防禦壁もろとも、身を裂いた。地面を激しく揺らし倒れたウルリクルミに、白き怪物達がたちまち群がる。
「一撃でやられてしまったぞ! 壁があるじゃないのか!」
あのウルリクルミが一撃で倒されたことに、ゲオルグが恐怖に叫んだ。
「……たぶん、あっちの出力が大きいのよ~ぉ。その防御結界ごとよ。ぬふふふふっ、おおきいのーぉ」
「こら! しっかりせんかい!」
現実逃避しかけ、視線があやしげなマーシャをゲオルグは叱咤した。
マーシャは疲れきった表情で、
「うわおおおぉぉ!」
ゲオルグは全身に寒気が踊り、急ぎ遁走しかけたとき、上空が歪曲して巨大な紫の円柱が悠然と下りてきた。その巨大円柱の表面全てに、眼が浮かび上がる。
「なんじゃ、ありゃ! 目が!」
得体の知れぬ謎の円柱が唐突と現れて、ゲオルグは身を固めた。
「ああ! アルゴスちゃん!」
木々を創造して敵を射ぬいていたルオンが跳びはねた。どうやら味方らしい。
即座に、巨大円柱アルゴスは高速回転し、全ての眼より、数千の光球弾を発射した。全方位にばらまかれた光球弾が、白き絨毯を瞬く間に薙ぎさる。
一瞬にして、大空に光の爆発が渦巻いた!
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