第2律 星々を破壊するもの

第17話 敵対者

「アンリ!!」


 ユミルは右目に戦慄を閃かせ、叫んだ。


「貴様、どうして! アフラめ、逃げられおったな!」

「我らには優秀な部下が居るゆえな」


 アンリと呼称された影男はシルクハットをかぶり整え、嘲笑う。


「――ならば、ここで引導を渡してくれる!」


 ユミルは動作は神速だった。大呼すると棒杖ワンドを翻し、アンリへ突き向ける。突如、出現した黒い球体が侵入者アンリ達三人を包み込んだ。


 黒い球体――大空の一部分が一種の閉鎖空間に転じたのだ。


 黒い球体空間の中で、火球が飛び交う。むろん、ただの火球ではない。太陽レベルの巨大火球。そう、太陽そのもの。赤色巨星群が四方八方より、アンリ目掛け、矢継ぎ早に飛来する。


 咲きほこるは数百万度の爆発!


 瞬きする間もない一瞬に、数百の赤色巨星がアンリ達に飛弾した。


「老いたか、それとも古傷が痛むのか? このような攻撃など戯れごとぞ!」


 だが影男アンリは赤色巨星の連撃に動じもせず、温い湯にもつかるか如く、愉悦する。


「ぬかせ!」


 叱咤し、ユミルが棒杖ワンドをくるりと回すと、力に答えた赤色巨星が白へ変色する。直径は小さくなりも、その表面温度は飛躍的に上昇し、白色球となった。


「ふん。念動白戦球リバルバーホールとて同じこと!」


 連射される白色球は侵入者三人から発生する防御障壁に四散し効いていない。


「どうやら……急ぎで半身も降ろせなかったな。ならば、得手の接近格闘できぬ今こそ、古き神々の計画を灰燼に帰す好機! ……姿、波長、波動を変えようとも! こんこうな意志を加え隠匿しようとも! 魂魄ソウルは感じている。万物の根源シェキナーは……」


 爆発と白球が乱れ飛ぶ状況を悠々と受け流し、アンリは首だけをゆっくりと回して、垣間見る。アンリの顔には眼はない。だが、熟視する。邪眼と呼ぶべき魔性を込め。


「その――――双角の女か!」


 見られた、双角のルオンはびくっと後ずさった。表情が忽ち恐慌に青ざめる。

 しかし、そのアンリの視線を遮断すべく、割り入った者がいた。


 それはルオンにとって大きく、頼もしい背。


「――帰りな! もう一度、その顎を砕いてやるぞ!」


 シュランは力強く宣言し、顔前で右拳を握り締めた。


「シュラちゃん!!」


 ルオンがきんじやくやくと跳びはねた。


「甘いよ。こいつはあたいらゴミのように殺したんだ! ど頭、かち割ってやる!」


 霆の髪をかきあげて、ミャウが睨みつけ押しはいる。


「多くの仲間達も、な。断じて許すまじ! 大罪を贖え!」

「極刑ね。有り難く思いなさい。それで許しであげるわ!」


 ゲオルグが腹に蓄積された憤怒の声を絞りだし、マーシャが微笑み冷然と裁きを下す。


「……!」


 爆発音が轟く空間で、アンリは微睡むように首を捻り、


「……魂魄ソウル……魂魄ソウル……魂魄ソウル……魂魄ソウル……魂魄ソウル、そそそそそそそぉ、その、魂魄ソウルっ!」


 わなわなと全身が波立つと、血の三日月口がより、カッ! と細くつきあがった。


「あの炭素物か! あの汚辱! 死では値せぬ。たかが肉の塊が我らに触れ、崇高なる救済の刻を踏みにじったのだ! 我らのプレーンの贄と、未来永劫と苦しめやる!」

「帰りな! お前はまた顎を砕かれるだけだ。たかが、炭素物と罵る者に!」


 シュランが右拳を掲げ、啖呵をきる。


「意気がるな! 神体上がりしたようだが、所詮、思念体どまりよ! 歴然たる力の差を思い知るがいい! フォルネウス! グラシャラボラス!」


 アンリの声に両側に控えていた青年と老人が閉鎖球体空間よりあっさり飛び出した。


「うぬ。逃がしたか! しかし、編み上がった。アンリ貴様だけでも!」


 ユミルは真一文字に杖を振るった。輝く杖に応じ、アンリを捉えていた球体空間がたわみながら、その色を変えた。

 薄い水色。球体の周囲には韻文字のようなものが高速で回っている。


「……これは次元壁!」


 次元壁結界に捕らわれたことに、アンリは気色ばむ。


「稚拙な攻撃の裏で、これを創造していたのか! 瞬く間に打ち破ってくれよう!」


 アンリは躰を丸め、全身に力を蓄える。その背中が沸騰する湯のようにぐねぐねと泡立ち、体内に広がる宇宙の中で、星々が急速、でたらめに飛び交った。


「皆、神具を作って! それで戦うのよ!」


 応戦すべく、マーシャが指示を下した。【無限なものエン・ソフ】より獲得していた【神具創造】の力を使おうといっているのだ。


 衣を翻し、アンリの下僕二人が舞い降りてくる。白毛の老人グラシャラボラスは犬の牙を生やした面妖な顔で、長身の金髪男フォルネウスには顔がなかった。顔や手足、全身が濡れそぼった紺色の鱗でびっしりと埋まった異形なる姿だ。


「あのでっかいのは疲れるからね……」


 ミャウは額に指をあてて精神統一すると、胸元で放電が起きた。それを左右に伸ばすように広げてゆき、形成されたのは輝く浅黄色の長い棒であった。バシッと手にすると、放電する【念動棒】をミャウは構えた。


 マーシャは指先で楕円球を描くと、空色をした円盤形の投射武器――スダルサナと云う武器を創造するのに成功した。


「なんだ、うまくいったのか……」


 てっきり、また失敗するかと思い、マーシャのためにゲオルグは二つの神具を創り終えていた。鉄紺色の【炎鉄槌】と薄紅色の【火の三叉槍ピナーカ】だ。どちらもエネルギー物体で、揺らめく陽炎を発していた。


「余計なお世話よ! ふん!」

「相変らず、可愛げのない……シュラン、お主は?」

「俺の生き方じゃないからいい。ルオを守ってやってくれ」


 シュランは不安毛なルオを安堵させるべく、肩をぽんと叩いた。


「大丈夫だって……」


 言い捨て、シュランは、あっと呟いたルオンの目前で消失した。


 瞬刻―― 


「……時流速だとぉ!」


 嗄れた声を捻りだした老人グラシャラボラスの顔がひしゃげていた。

 

 シュランの拳の一撃だ。


 犬の牙が折れ、鼻よりじわっと血がもれる。精神体であるものが血を流すのはマイト放出現象が具現化してそう見えるからだ。元より聖書や神話で語られるように人間は神の似姿を模して創造されたとある。精神体が血を流すのは何ら不可解な現象でもないのであろう。しかし、流出した血はエネルギーを彷彿させる、希薄なものだった。


 シュランの一撃によって、老人はふっとび、林の中を派手に転がり叩き付けられた。


《こやつ……! 思念体ではないのかっ!》


 驚きの波長を発しながらも、鱗男フォルネウスは片手を刃物状に変形させた。


 驚くのも無理はない。星体や思念体とされる中位精神体は地球などの地表付近の亜空間にあるプレーンに存在する。亜空間の世界を背景に天国、地獄などと称し持ち、星の地表で己が偉大なる神だと錯覚し力をふるう精神体で、むろん、人間から見れば絶大な力を有し、太刀打ちできる相手ではない。時には人間の英雄達に滅ぼされるものもいたが、【神殺し】の由来はこのせいであろう。太古のシャーマンや聖職者などの人間が目撃し交信し、地球の神話で語られるのはこの程度の精神体なのである。星の上で騒ぎ、肉体が持つものが殺せる程度の精神体。


 それに比べ、思念聖体や超意識体などの高位精神体は、巨神化した姿すら巨大過ぎて、その力の誇大さが明らかである。地球の大気圏層、人口衛星や放射状オーロラが存在する高度すら五〇〇キロ程度しかないのだから。


 大きさが違いすぎる。しかり、肉体を持っていた精神では、宇宙や銀河を創世できるレベルの高位精神体に【総体変異マイトクリエイシヨン】するのは不可能だとの固定観念、人間で例えればカルチャーショックに近いことがあったのだ。


《アンリ様の……贄に……!》


 例え精神的衝撃を受けようとも流石は高位の精神体である。即座に混乱を捨て冷淡に鱗男フォルネウスは、無防備なシュランの背へ刃の魔手を振り降ろす。

 次の瞬間、青い流線が走った。


《なっ!》


 青色の血が蕩けるように伸びて、鱗男の腕がずれ落ちた。二度目の驚愕である。いや、それは、三度目の驚きも含んでいた。


「まったく、世話のやける!」


 目前に出現したミャウが雷棒で鱗男フォルネウスをすくい、頭上へ持ち上げると、一気に投げ飛ばす。鱗男は電撃に身を捩り、老人グラシャラボラスの上に叩き付けられた。


「やっぱり駄目じゃ、傷がもう治っている」


 あえて攻撃しなかったゲオルグが眼を細めた。


プレーン持ちってヤツね……よかった、キャッチできた!」


 マーシャは頷き、舞い戻ってきた青い流線――スダルサナを危なげに掴んだ。


「……神具もなく、我が身に振れるとは……」


 老人と鱗男がすいっと立ち上がった。老人の犬歯が生え伸び、相貌の傷も四角形の粒子が集約し、再生してゆく。


《苦痛は久しい……心地良い……もっと、その神具で身を叩かれたいものだ……》


 鱗男の切られた断面からぬるりと手が伸び再生した。鱗男は苦痛に陶酔し身をくねらせると、潤滑油なのか、黄色の気味悪い汁が全身に滴り流れだした。赤い鱗がぬめる。

 シュラン達は、たちまち再生した傷口に、戦慄らしきものを覚えた。傷ついたことを歓喜すらし、鬼気迫るものがある。


 そのとき、強烈な振動が全方位に迸った。アンリが次元壁を砕くために発した裂帛の破壊波動だ。


「これは……」


 影男アンリが胡乱げに、無傷の次元壁球を伺う。


「次元壁より強固な界壁じゃ、簡易板じゃがの! 何が、瞬く間に打ち破ってくれよう、じゃ! 全然、ダメではないか? 口だけじゃの。ほほほ……!」


 ユミルは快活に笑った。その言い草にアンリは苛立ちを隠せず、全身を震えさせる。

 ふいに、アンリは下方の異変に気付き波長を飛ばす。


「まだ、終わっておらぬのか!」

「いえ、こやつらが思念体でなく……高位レベルの神体で……」


 老人グラシャラボラスが拝跪し、恐る恐る言葉を絞りだした。一瞬、怒気を身辺に散らしたアンリであったが、至極、冷静になり、シュラン達を悪意と嘲弄を込め見下す。


「ほう、意気がると思えば、そう云うことか。ユミルのあさ知恵だな。くっくっくっ……!」


 三日月口より乾いた笑いがもれる。下僕の二人が、恐怖を感じ、身を縮めた。


「何が、おかしい!」

「そうだい! 馬鹿にするじゃないよ!」


 シュランが拳を握り締め、ミャウが柳眉を逆立てた。乾いた笑いをもらしたまま、アンリはシュラン達など気に留めず、ユミルに視線を合わせる。


「……ユミルよ! 出来ぬと思ったのか? ここが低次元空間だから。いや、【禁断の地】に近き場所だから……」

「どっちにしろ、この階層で行えば、身が滅ぶぞ」


 ユミルは険しい形相で棒杖ワンドを握り締めた。


「くくくっ……構わぬわ! ……炭素物どもよ!」


 アンリは片手を翻し、大喝の波動を放った。


《たとえ同一の存在になろうが、越えられぬ壁があることを知るがいい! 味わうがいい! 絶望するがいい! 真の力と呼ぶべきものの前に!》


 叫んだアンリの躰内で星々が乱雑に動き回った。


 アンリの躰奥底から回転拡大するリング状の銀河が腹部に出現した。プラズマの雷鳴が轟き、流星群がリング銀河の輪の中心に次々と落ちていく。

 そして突如、アンリの身が後ろへ折れ曲がった。両手、両足もきちきちと機械的な痙攣を繰り返しながら背中へ吸収されるように折れ曲がる。

 シュラン達一同はアンリの異様な変容に言葉もでない。手や足の形も、三日月口もなくなり、アンリは完全な球体と変形した。


 宇宙球体アンリが不気味な赤黒い神気を漂わせる。


超高次元形態化イデアトラスト――――ビースト!》


 恐るべき邪悪な波動が拡散した。

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