第16話 世界をなおすもの

「こんなに小さくなっちゃったよ」


 尻尾は長いままだが、掌サイズとなったウルリクルミを、シュランは掴みあげた。


「戻してあげて、もう大丈夫ですよ」


 ルオンがはずむような歩調で、やってきた。


「ルオは?」


 シュランは次元穴にウルリクルミの尻尾を降ろしながら訊く。


「うふふ……私はもう、元気ですぞぉ~」


 ルオンは人差し指をたて、元気そうに微笑んだ。ウルリクルミが巨大化し始め、皆が潰されたら堪らんと逃げだす。


 一段落ついてシュランは、心配そうにルオンを見詰めた。


「ややっ! そんな見詰めない、恥ずかしい!」


 軽くこづかれた。


「……」


 ……ルオンの両脚は微かに振るえていた。


プレーン持ちって、凄いのね」


 マーシャはウルリクルミの緩慢だが徐々に再生する傷口に感心していた。


《何カ、眠イ。フテ寝ス!》


 などと、ウルリクルミは息吹をたて寝る始末だ。一同、呆れた。


「ほほほっ……見てたぞ。たいしたもんじゃ」


 ユミルがふよふよと浮遊しながらやってきた。シュラン達と同じ背丈。巨神化している。


「見てたら助けんかい! チビじじい!」


 金剛石ダイヤモンド砕き蹴り。蹴りの動作のみ【絶対硬度1600破壊】を発動させる力を得たミャウ。

 怒気を散らしたミャウがそれを放つ構えをしたので、ゲオルグは尻尾を掴んで踏み止める。


「やめぬか。ミャウも悪い」


 確かに、踏み付けた自分も悪いとミャウは反省する。しかし憤激冷めやらず、その辺の岩。いや山脈を蹴り蹴りして八つ当たりをした。

 美女が山脈に蹴り蹴り光景はどうなのよん、と見ていたシュランはふと表情を真面目にした。


「ユミルのじーさん……」


 シュランがユミルの前に進み出た。


「俺……じーさんの仕事を手伝いたい。俺みたいな奴が、手伝ったって、たいしたことはできないだろうけど……手伝いたいんだ」


 ユミルはいつものように笑った。でも、全てを慧眼し、全てを受け止めるような暖かみをもった微笑みだった。


「お主は、クワを持つ気なのじゃな?」

「鍬?」


 シュラン、ミャウ、ゲオルグが不思議そうに声を合わせた。宇宙暮らしが長く、特に異星人であるミャウ。鍬という道具などが解るはずもない。


「ほら、掘ってたでしょ。さっきの道具。昔の地球で、畑を耕すのに使用される道具」

「ああ! あたいらの先祖が地球で!」


 片手を振り降ろす動作をしながらマーシャに謂われ、ミャウが理解した。麦畑にミステリーサークルを作って遊んでいた先祖のことを思いだしたらしい。


「あれ見たとき、なんか、尻尾が疼いたんだよね。畑! 畑!」


 ミャウが三つの尻尾をばたつかせた。


「年代と文化圏に格差ある感じです。もっと解りやすい説明がいると思うのです」


 もう、嬉しくって堪らない様子で、ルオンがユミルに言う。


「そうじゃの。しいてゆうなら、畑に植えた種。その種を洪水や台風から、見守り、育むための、土地を耕し、なおしゆく仕事じゃ。人であったお主達なら、自然に抵抗する虚しさを知っておろう。それが宇宙規模になったような仕事じゃ。それでも――」

「もちろん! 手伝う!」


 シュランが漫然と答えた。

 その答えに、ユミルが右目を見開き、シュランの発した言葉を受けとめるかのように満足げに頷いた。


「わしは最初から、そのつもりじゃったがの」


 険しい相貌を崩し、ユミルは満足げに微笑んだ。


「じゃあ!」

「こき使うぞ! 糞ガキ!」

「望むところよ! 皆はどうする! 世界をなおす仕事だ!」


 シュランは一同を仰ぎ見た。


「もともと、あたいら建築屋。きまってんだろう!」

「わしのような若輩ものでよければ、な」


 胸をはりミャウとゲオルグが頷いた。


「――マーシャは?」

「まあ、頭脳労働も必要でしょうから……」


 マーシャは肩を竦めて答えた。


「決まったようじゃの。お主達四人に、わしの力と知恵を少しばかり分けてやろう。ほい!」


 ユミルが棒杖ワンドで地面を叩くと四つの光球が跳ね飛び出した。四つの光球はシュラン達の元へ舞い降りてくる。


「それを受け取るがよい! おっと、糞ガキは右手で受け止めてはならぬ。左手だけで受け止めよ。お前達はこれから神見習い! いや神の卵ともいってよいな。これからいくつもの試練と苦難を乗り越え、その卵の殻を打ち破り、真の神とも云うべき世界を修繕し、創造する存在を目指すのじゃ!」


 ユミルに指示され、三人は両手を、シュランは左手を伸ばし――


 ――【ユミル巨人眷属の加護】


 溶け込むように消えてゆく光球をぐっと握り締めた。


「俺はなおしてやる! この世界を!」


 シュランは握り締めた左手を、天を仰ぐように掲げた。掲げられた左手が日輪と重なり、煌めいた。何処からともなく差し込む斜光がシュラン達四人を祝福と照らす。


 だがそのとき、ある。


 照らしだす光に、一抹の影が翻り、陰欝な声が響いたのは。


「――下らぬ。全ては混沌の海より出ずるでたもの!」


 刹那、空間が割れた。空間障壁の破片が光の中に黒い影をまだらに醜悪といなし落下していく。


「耕す者だけがいるのでない。羊を飼う者も、殺す者もいるこそが世界のことわり!」


 穿ち開けられた空間にあるは、狂える亜空間。


「穢れたこの美しき世界は浄化させぬ! 渦巻く混沌こそが世界の基礎なり!」


 赤と青の触手がうねる亜空間より三つの人影が現出する。


 一つは青年。

 一つは老人。


 そして、真中に佇立するのは、忘れもせぬ陰湿な声の持ち主。


「世界を救済するは我ら、ジグラットなり!」


 血の三日月口がかっと嗤笑する。


 あのシルクハットを被る、影男が顕現けんげんした。

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