第15話 山脈ウルリクルミ 後編

 

■ユミル著。創造書より、マイト転化応用、第二百三十四法。

 漂うマイトに印を結び、神気オーラをのせ、指向性づけると、形を成す。マイトを広範囲に拡散するエネルギーと転化すると大量のマイトと己自身のマイトの消耗が増大で疲労が激しい。その打開策はマイトを神具として武器の形で固定すべし。肉などの物質はマイトに千年以上、神気オーラを……


■プルシャのらくがき~ぃ 1+1=田


 と、二つの知識が閃いた。


 後者の知識はゲオルグが得たもので、それも間違っている。どうやら、ゲオルグは【無限なものエン・ソフ】に意識を潜入させるのは得意だが、そこから必要な知識を検索し得るのはマーシャの方が得意であるようだ。


「印を結べばいいのね。マイトを……こうかしら」


 マーシャは白い人差し指を撫でるように動かし、印を結んだ。指が撫でた軌道に、青い線が走り、三角形が描かれた。


「いけぇ!!」


 マーシャは叫び描いた三角印をつきだした。三角印が青白く輝きを発すると、にゅると爪が伸びた。マーシャは自分の長く伸びた五本の爪に仰天する。


「なにこれぇ!」

「失敗したじゃないかい!」


 マーシャとゲオルグの首根っこを掴み、巨腕から逃げるミャウが言う。新しい知識や道具を初めて扱ったときなど、誤作動で、滑稽な結果をこうむったようなものだ。


「うひ。ゲッチ親方の眉がふとくなってる……」


 三角印の影響で眉が一段と太くなったゲオルグに、ミャウは頬を痙攣させ驚きいった。


「こう? こうかな?」


 ゲオルグはおっかなびっくりと、指先で円印を描いてみる。 

 描いた円印が橙色に輝き、今度は一条の超高熱線が放射された。


「ナンデスとぉぉ!」


 超高熱線砲が発射されたことに、ゲオルグ自身も驚愕した。


 太陽のコロナレベルの200万度の超高熱放射砲が、山脈ウルリクルミの上部に炸裂する。


 しかし、見えぬ壁に衝突しせめぎ合うと、超高熱放射線は火花を散らし破裂する。なんと人類を一発で蒸発させん威力の200万度の超高熱が押し負けた。散乱した火塊が、周囲の森と地面をえぐり蒸発させ、融解した火泥が流れ出す。少し離れた場所でも、樹木が放射された超高温だけによって、激しく火がばっとつく。

 森は火炎の浸食を赤々と受けだした。


《オオオオオオオオ――――ーッ!》


 憤怒の叫びが谺すと、山脈ウルリクルミは更に巨大化した。九〇〇〇ダンナ――九六三〇〇キロまで背丈が到達しつつある。逆上させてしまった。


「なんたる恥ずかしいことですよぉ」


 いまだに恥っているルオンを、シュランが揺する。


「透明な壁がある? どうなってるんだ! まだ、大きくなってるし! ルオ!」

「はい? ああ、プレーン持ちゆーですよぉ。クルミちゃんの尻尾はプレーンに繋がっていて、そこからマイト補給して、大きくなったり、防御障壁を張っているんです。自分にあるマイトを使うと凄く疲れるからね。大きな創造するには、絶対必要なもの!」

「用は尻尾を引っこ抜けばいいんだな! ミャウ姉! 行ってくる!」


 叫ぶなり、シュランは飛びたった。


 神話には自分の故郷を出ない限り、大地に脚がついてる限り、脅威の回復力などを有し、無敵状態の巨人がいる。これはプレーン持ちだからである。高位精神体以上での戦闘は軽妙に隠されたプレーンを探し当て、断絶、あるいは破壊することが重要となるのだ。


「あたいも手伝うよ! 二人とも、注意ひきつけといて!」


 ミャウはゲオルグとマーシャを投げ捨てると、後を追う。


「ちょっと、ミャウの方が飛ぶの速いでしょ! もう、シュラン君のことになると……!」


 マーシャが抗議する横で、ゲオルグが眉毛を萎れさせ力なく傾いた。超高熱放射砲を発動させてしまったため、身体内部を構成するマイト量が減り、疲労という形で現れたのだ。


「なんか、どっと疲れた……うお!」


 ゲオルグは慌てて飛び、掴みかかろうとした山脈ウルリクルミの手から逃れる。一本一本が鯨なみの太さがある岩指の側面を驚愕の思いで見送り、ゲオルグとマーシャの二人は急ぎ飛行速度をあげた。


 だが、そのとき、突如として二人の前に壁が立ちふさがった。


 ゲオルグとマーシャはぽかーんとして見上げる。万年樹を上回る億年樹の幹だ。上が見えない。深い紫色をした樹皮は左右にとりとめもなく広がっている。二人が超大すぎる樹木に狂態し、


「右よ!」

「左じゃ!」


 逃げる方向を言い合い、互いに見悶えしたとき。


《食ウ―――――ッ!》


 飛び付くようにきた山脈ウルリクルミが岩の歯と岩の歯で轟音を打ち鳴らし、ゲオルグとマーシャを食べてしまった。

 そのまま、勢い余ったウルリクルミの巨躯は億年樹に陥没し、天地の隅々まで衝撃破と音を届かせると、億の単位で生きた神樹が躊躇なく木端微塵と砕けた。


 一方、シュランである。ウルリクルミの尻尾に添って飛行していたが、これが途方もなく続く。木片がぱらぱらと降り注ぎ、シュランは轟音に顔をしかめた。


「すごい! ミャウ姉ちゃんも【時流速】で飛べるんだ!」


 後ろからミャウが駆け付け、抱えられたルオンは感嘆の笑顔をみせた。ミャウが怪訝な顔をしたので説明する。


「時間に近い速度で飛ぶことですよぉ。私なんか、光ぐらいの速さで、それはそれは、のろまな子!」

「ルオンちゃん……十分速いよ」


 ミャウが苦笑した。しかし宇宙では億や兆、秒速五〇万などの数値が極、日常的であるから光速では遅すぎる。神を光の速さで動けるなど表現したら、神に対しての万能さを理解してない無知さと幼稚さを失笑されるレベルだ。


 光以上の速度は速くなる順に、超光速、タキオン速、時流速、時同速、アボロライナ速、となっている。タキオンは光速を越えて運動する粒子のことで、時同速は時とほぼ同じ速度、アボロライナ速は時以上の速度であり、時間旅行タイムトラベル時間跳躍タイムワープを行う速度だと云われている。


 むろん、過去に戻るアボロライナ速を行うには宇宙開闢に等しいエネルギーと、暴発しやすいアボロライナ粒子を扱わなければならず、神体の中でも今まで成功した者はいない。


「あった。あれだね」


 ミャウが見つけた。森の中に開けた小さな空き地があり、尻尾が地面に突き刺さっている。そこへ向け、ミャウとシュランが急降下する。ウルリクルミは愚鈍な所があり、界を軽妙に隠してないのだ。


「あ! ダメ!」


 ルオンが制止したが遅い。ミャウは見えぬ壁に顔面から衝突すると、尻餅をついた。


「壁あるですよ」

「いたーい。早くいってよ。ルオンちゃん」


 ミャウは美顔を押さえた。謝るルオンを降ろしながら、シュランは壁がある辺りに、


「壁? じゃあ、どうすれば尻尾を……おっ!?」


 壁を触ろうとなんとなく横に振るった右手が、何かを削ぎ、音をゴワッと響かせた。


「結界の壁……削いじゃった……シュラちゃん……すごい!」


 目を見開いて驚いたルオンだったが、すぐさま、両手をつかって、こじ開けるような動作をしつつ言った。


「シュランさん、こう! そこに手を入れて、こうやって開けて!」


 言われるがままに、シュランは湯気のように揺らいでいた空間に両手を入れ左右に広げやると、弾けるような電閃があった。簡単にこじ開けてしまったらしい。

 躊躇する間はなかった。木々が上下に振動していた。ウルリクルミが迫ってきている。

 幸い、尻尾はそれほど大きいものでなく脇に抱えて引っ張ることができた。


「山脈の尻尾を抜くハメになるとは! とんでもない体験だ! くっ! 抜けないぜ!」


 ミャウも加勢し、二人がかりでするが、抜ける気配がない。がっちりと根付いている。


「なんて、頑丈なんだい!」


 地面の震動が激震と変化した。確実にウルリクルミが接近している。


「……まさか!」


 思いたったシュランは引っ張るのを止め、尻尾の根元を少しだけ掘ってみた。地表から下には、尻尾がなかった。そこから切断されたように。


「この尻尾! 地面に埋まってるんじゃない!」

「どういうこと、ルオンちゃん!」


 ミャウがルオンを顧みて、息を呑んだ。ルオンが地べたに倒れている。息も荒く、顔色も悪い。激震に身を玩ばれ、手足がでたらめに動くさまが無残で痛ましい。


「――ルオンちゃん!」


 ミャウは慌てて駆け寄りルオンを抱きかかえ、すっと浮かび上がる。ルオンは荒い息を整えながら、言葉を紡いだ。


「……大丈夫ですよ、大丈夫……!」

「大丈夫って! 二度目じゃないなかい、倒れたの!」


 ルオンは嫌々するように首をふって、無理に笑顔をつくった。


「大丈夫です……! あの……そこから……尻尾は別の世界。んと、界と繋がっているです。界との接合点はその性質上、壊れやすく、強い防御壁もあまり張れなくて……大きな力を当てれば……」

「ゲッチ親方がやったみたいのだね。聞いたかい、シュラ坊! 何をしてるんだい?」


 シュランは尻尾の根元寸前に、爪をつきたて、強引にこじ開けようとしていた。


「いや、さっきみたいに開くかと」

「ダメ! そこは次元壁だから、滅多なことじゃ、壊れない……」


 ルオンが否定する。


 空間障壁は空間を形成する壁で、神具などの大きな力を加えれば破壊できる。重力崩壊したブラックホールなどが周囲の空間を歪ませるように。

 ルオンが驚いたのはシュランが力を使わず空間障壁を開いたからだ。対して次元壁は界と界との間にある壁と云って良い。高位精神体の上位眷族クラスの破壊力が必要である。だが、しかし――


「……いける!?」


 シュランのつきたてた指が何もない空間にめり込んだ。次元壁に指が押し込められたのだ。シュランは蛮族と呼べる筋肉を膨張させ、力を込めるが、やはり異様に固くびくともしない。


 一帯が暗くなった。ウルリクルミの巨体の影下に入ったのだ。


《太陽ソ――――スッ!》


 ウルリクルミはもっていた太陽にかぶりつく。熟した果実の汁がもれるように、乱杭歯の合間から、噛み砕かれた太陽の紫炎がこぼれた。その歯茎の隙間より、


「あちちちちちちちちちーッ!」


 ゲオルグ、マーシャの二人が紫炎に追い立てられ飛び逃げた。


「シュラ坊! 開かないって! 無理だってよ!」


 ミャウが半身を起こしたルオンを気遣いつつ叱咤した。シュランは気付いた様子もなく、力を込め続ける。褐色肌の筋肉が一段と膨れる。食いしばった口腔より呻きがもれ、シュランの周囲に淡緑の火花が爆ぜる。


《食ウッ! 噛ミ砕キノ擂リ潰シノ生殺シッ!》


 ウルリクルミはあろうことか、跳躍した。シュラン達、目掛けて。


 標高八千メートル級のエレベスト山ではない。火星にある太陽系最大の標高二三キロ級のオリンパス山でもない。標高九万キロ級の山脈が飛躍した様に、一瞬、逃げるのも忘れ、ミャウは呆気にとられた。


 山脈が飛ぶ!


「うおおおおおおおおお!」


 シュランは咆哮する。爆ぜていた淡緑の火花が間断なくスパークし――


 ――【運性神力】


 シュランの中で眠っていた高位精神体としての力が発動する。


 【運性神力】は火事場の馬鹿力。運勢が下降方向。窮地であるほど、運率がマイナスになっていくほど、その力のみを天文学的に倍増、累乗させていく脅威の馬鹿事象である。

 ただでさえシュランは人であったとき体重九〇〇キロほどある軍事用強化人間にジャーマン・スープレックスを喰らわすことのできた怪力の持ち主だ。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 次元壁が緩慢と開き始める。


「ええええ! 嘘ですー! 次元壁は力じゃ開けられないのですよ! それを力で開けちゃうの!」


 ルオンが疲れを忘れ、次元壁が怪力だけでこじ開けられたことに、口をあんぐりと驚いた。


 シュランの怪力は高位精神体の上位眷族クラスの破壊力が必要な次元壁すらこじ開ける!


 刹那、次元壁がたわむように開かれた。


 甲高い音が響き、シュランは力任せに開けた穴へ、勢い余って落ち込んだ。

 青い世界プレーンであった。晴れ渡った青空。下方に海面があり、垂れ下がった石の尻尾が伸縮して、海水を吸い上げていた。


「あれか!」


 シュランは尻尾を抱え、海面から抜きあげる。


「抜いた! ミャウ姉! 抜いた――!」


 叫びを耳にし、ミャウは肩を踊らせると思考を取り戻した。


 ミャウの目――【眺望知覚エンドレツトセンス】によってウルリクルミの全身を包んでいた空間障壁とやらが、歪み、掻き消えたのが確認できた。


「ゲッチ親方! ルオンちゃんを! 確か――」


 ミャウは人差し指を額にあて、感覚を研ぎすまし、【無限なものエン・ソフ】から印の知識を探す。胸元でぐるりと両手を動かすと、小金色の球体が形成した。これはマーシャやゲオルグやったような、二次元――紙に三角や丸を描いた印でなく、立体物の印であった。そう、空間印は三次元に円錐や角柱など、立体物を描くことが基礎なのだ。


「ミャウ! 私、何故かそれを感じて見えるの! 腹部を狙って、そこが薄い!」


 マーシャが叫ぶ。マーシャの目には【眺望知覚エンドレツトセンス】より上のハイランクの知覚事象目覚めつつあった。


「よいさ」


 ゲオルグがルオンを受け止め、着地したが同時。


 ミャウは――


「お痛が過ぎるんだよ―――――ッ!!!」


 大喝するなり、球体を突き出した。

 球体より雷撃が放射状に迸った。


 尋常ならざる雷公ライコウである。電撃の一部は水中でも威力を削ぐことなく金属を切断するプラズマジェット化し、ある箇所では光線と化していたから。

 霊的精神的高次元的な力すらも帯びた猛烈な雷公は、落下する山脈ウルリクルミの重量などものともせず飲み込み、弾き飛ばす。


 山脈であるはずの超重量のウルリクルミが大地に背中から打ち付けられたのだ。


 ミャウは放電する髪をかきあげ、なまめかしい口許に人差し指を添え、


「あらら、痺れすぎちゃったかしら……」


 投げキスをする仕草をみせた。

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