第7話 宇宙の階段

 それから四人は重くなった思いを引きずりながらも、ルオンの案内を受け、今の状況を説明してくれると云う人物、ユミルがいる場所を目指すことになった。


 しかし――


「シュラン! すごいぞ! 星がこんな間近に!」

「おおっ! 触れそう……あっちちちち!」


 重くなった思いは、数秒も保持することなく、砕けちった。


「こら、馬鹿騒ぎしてんじゃないよ!」

「ミャウ! 見て! あっちの遠く! 渦巻き星よ! 強力な光の圧力で隣にある星の粒子を吹き飛ばして、渦をまいて見える渦巻き星! あんなに沢山! 私~、消滅してもいいから触る~ぅ! 夢の光子力ロケット、作る~ぅ!」

「いたたたっ! いきなり動くな! 引っ張られて痛い!」

「見ろ! 俺の手、火傷すらしない! ほんと、俺の躰、どうなってんだ!」

「どれどれ……」

「熱ーい! どこに手をつっこんでいるの! 恒星の放射層は六十万度もあるときがあるのよ! あんたの痛み、私も体験するのだから」

「もう、手をかせ! こんなの唾でもつければ、治る!」

「きたない! 治るわけがないでしょ!」

「……」

「くくくく……耐火能力六十万度能力か。光の速度で飛べるし、俺最強だな! 夢だった。マグマ風呂に入って、マシュマロ焼きを食べるのができそうだぜ!」

「くだらなすぎて、泣きそうな夢だよ。シュラ坊……はぁ~」


 この皆の騒ぎように、ミャウは長大息をつくだけだ。


 だが、そこには誰もが驚嘆を巻き起こす想像を絶した景観があるのだから、それも致し方ない。一線を引いて平静を保っているミャウでさせ、未知のものに遭遇した驚きと興奮で、三つの尻尾が馬鹿みたいに揺れてどうしようもないのだ。


 闇を切り裂き伸びる純白の一線がある。それが、現在シュラン達が上る階段であった。先が見えず、長大な階段だけが果てしなく続き、周囲には無限の宇宙だけが広がっている。


 その宇宙に眼を奪われる。


 隕石が飛び交い、浮かぶ太陽が旱天の気候のように階段を照り付ける。太陽は轟音を唸りあげ、通常ならば人間が蒸発してしまう間近まで接近できてしまう。

 最初は光速飛行していたシュラン達も、それら光景にのろのろと歩きだし見学気分だ。


「でも、色、変なんだよな。なんか、できそこないみたいだ」


 シュランがぼやいた。


 見渡せる変光星、原子星、中性子星、恒星、隕石、星間ガスなどやらの色はどぎつい極彩色で、恒星なかには黒と白の縞縞模様で燃えているものすらあるし、巨大な紫の大樹が隕石を苗床に浮いていたりもする。奇奇怪怪な異物ばかりだ。


「宇宙は広大なんだ、そういうこともあるだろうさ。馬鹿騒ぎやめて、いくよ!」


 ミャウは皆を促したが、それが目前を行き過ぎた途端、


「あれ! あれ! わおっ!」

「いいだしっぺが、それじゃ……」

「うるさい! あれ、あれだよ! わお! おおおおお!」


 ミャウはシュランを一蹴し、興奮しすぎて歩くことすら忘れ、四つん這いでかけ登ると、宇宙空間を横に回流していた長太い鉄の棒にぴょんと飛び付いた。


「シュラ坊! 柱! これ柱だよ!」

「それが何?」

「だから、これ銅じゃない? 銅のはしら!」


 ミャウは軽々と銅柱を肩際にかつぎやった。身長二倍ぐらいの長さがある銅の円柱だ。


「今、あたい達の躰って、すごいでかいんだろ? それから考えると、この銅柱だって、長さが一万キロはあるだろ! そしたら、ほら、プレアデス星団にある!」

「巨大銅柱!」


 マーシャが口をはさんだ。


「そう、これ、プレアデス星団に漂う銅柱、そっくり!」

「危ない! 振り回さない! おげ!」


 興奮のあまりミャウが銅柱を振り回し、シュランは屈んで除けたが、額の角へ銅柱がひっかかり床につっぷした。


 ミャウが喜び勇み柱を大回転させる様は、まるで鉄骨を振り回す女傑ようで凄まじい。だが実際は長さ一万キロもある銅の円柱を振り回しているのだ。それを考慮するとなおも凄い。


「きゃはははっ! ちっちゃいのに一万キロ! 銅柱! 古代火星人の遺産、銅柱だよ!」


 古代火星人マニアのミャウはうかれはしゃぐ。


 プレアデス星団に居を構えるという、プレアデス星人は霊長類の遺伝子を地球に撒いたという異星人。

 

 さらにその近くのシュランが住んでいたオリオン座星域には、灰色の肌で黒い目を持つ小型宇宙人として有名なリトルグレイ。そのリトルグレイを遺伝子操作で作った上位種ラージノースグレイいるなど多くの星人がいた星域であり、多種多様な伝説が残る星域である。


 また古代リラ星人という古い星族がいて、ゼータ・レティクル星人、プレアデス星人、ミャウのスピカ星族、マーシャのユプシロン星人、ゲオルグの地球人など人間型生命体の原型となった異星人とされる。


 その原型異星人を造ったものを何故か古代火星人とするのが、ミャウの愛好する古代火星人論なのである。


 ともかくとして、なにか特殊な伝子操作技術を持つ一族がおり、とんでもない科学力を持った一族が銀河を統一し、謎の巨大銅柱など遺跡を残したらしいとするロマンだ。


 中国の志怪小説である神仙や妖怪の逸話を集めた『捜神記そうじんき』で登場する火星人の少年が予言をしたから始まり、『竹取物語』のかぐや姫を月の民だが実は火星人を祖とするものなどなど、正直、眉唾ものされるオカルトなお話である。


 まあこの手の愛好は昔からおり、夢を膨らませるものである。


 ミャウは唐突に、大回転を止めて言った。


「ってことは、あたい達! 伝説の古代火星人にでも、なっちまったのかい? 宇宙をつらぬくほどの物を造れる、超科学力とやらで! そうなんだね! ルオンちゃん! あれ!」


 ルオンが顔に疲労をにじませ、座り込んでいた。


「どうしたんだい! 顔色、悪いよ!」


 銅柱を投げ捨てミャウはルオンへ駆け寄る。ルオンの相貌にはやつれ翳りがあった。しかし、ルオンは無理に笑顔をつくって言った。


「大丈夫! 少し疲れただけですよ……古代火星人はたぶん、裁かれたジッグラトのことですよ。えっと、ちょっとうまく【無限なものエン・ソフ】から知識を引き出せないや。ごめんなさい」


「ああ、いいって! 漏らした話なんて! シュラ坊! 何してるんだい!」

「人の上に柱を投げ捨て、不遜な。それに漏らしたでなく、裁かれた、だ……」


 シュランは激突した銅柱を押しのけ、ルオンへ背を向ける。


「ややっ! これは、おぶってくれるってことですか?」


 ルオンは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「遠慮なくお使い。まったくみんなが騒ぎ過ぎなんだよ。ルオンちゃんは毒気にあてられたようなものさ」


 ミャウは腕組みをし、自分の考えに何度も首肯した。むろん、シュランを含む三人が一番騒いだのはミャウだろとつっこみ思ったところだ。


「じゃあ、失礼するですよ!」

「こんなじゃ、助けられた恩にも値しないけどな」

「ううん、いいですよぉ~ おぶってもらうなんて、初めてだから!」


 至極ご満悦のルオンをおぶり、シュランは歩きだした。



「ついたですよ」


 暫くして、一行が進んだ所で、ルオンが言った。


「まだ上に階段があるぞ」

「シュラちゃん、降ろして。ほら、ここに扉あるでしょ。こうやって目を細めてみると、見えるですよ。拡大されて」


 背から降りて、屈んだルオンは階段の一番隅を指差した。全員が雁首揃え、目を細める。何もない。しかし突然、皆の眼は狂ったように視力が拡大した。


 ……扉があった。何もない空間に極小の扉がある。


「嘘! 私の視力どうなっているの! 良すぎる! だってこのサイズ!」


 マーシャが悲鳴に近い声をあげると、ルオンがはずむように答えた。


「これ、人の身の大きさぐらいです、わ。【眺望知覚エンドレツトセンス】ゆーですよぉ。その事象を皆が掴んでいるからです。空間を意識する知覚領域みたいなものです。上手になれば、もっと小さいものとか、前向いて後ろ見える!」

「もっと小さいもの?」


 マーシャが目を細めてみる。


「……ああ! 原子核の周囲を回っている電子が見える! いやーぁ! なんか、電子と戯れているがいる! なんなのこれ!」

「……あいつだ!」


 マーシャにつられシュランも目を細めていた。

 原子核の周囲を旋回する電子に連れ添って飛行する、あの炎塊スルトがいた。シュランの視線に気付き、びくっとして、炎塊スルトが猛然と逃げだした。


「それで、元の身長になるよう身体を縮めるですよ。やり方は、花の蕾が今にもふわっと咲くような感じです!」


 するとルオンが縮小していなくなった。


「さーあ! みんなもやるですよ!」


 姿はせず声だけがする。どうやら伝達する思いを思念波長として飛ばしているらしい。だから、空気のない場所でも会話が可能なのだ。


「待て! 花の蕾が今にもふわっと咲く感じ♡ なんて解らないぞ!」


 わざわざ乙女チックにいって、シュランが抗議したその隣で、


「おっ♡ こんな感じですの?」


 麗らかな少女のような表情したゲオルグと、うえ! となったマーシャが一気に縮小していなくなった。既にミャウの姿はなく、声だけが響く。


「こら! なにとろとろしてんだい! 早くおし!」

「普通、咲く感じなんて、わからんって!」

「じゃあ、種から芽がでていく感じは?」

「ダメダメ、ルオンちゃん。そんな繊細なことじゃ。シュラ坊、ここは――」


 ミャウが声を大にして叫んだ。


「屁が出そうで、やっぱり出ない。どっちなのさ! の、もう堪らない感じだよ!」


 その途端、縮小したシュランが現れて、ルオンを除いた三人が床にずっこけた。頭を抱えたミャウが情けないやらの呆れ顔になる。


「本当に、アレでなるなんて! あたいは情けなくって、尻の穴の毛までぬけちまうよ!」

「うるさいな! しょうがないだろ! でもその感覚はみなわかるもんだろう!」


 するとルオンが楽しくって堪らないという感じで、鼻をつまみ、ぱたぱたと手をふった。


「シュラちゃん、くちゃ~い!」

「しってないって!」


  ◇


「まったく、失礼だよな」

「おならって、それはそれはくちゃいものなのですな。もう一度経験してみたいです」

「失礼はどっちだい! ルオンちゃん。経験するもんじゃないよ」

「元のサイズに戻れて、大きくもなれる私の躰……まるで――」

「男もんじゃ」

「……最悪」


 めいめい口々に雑談し、一行が歩くのは黄金の煉瓦がひきつめられた遊歩道である。先の宇宙空間などでなく、何もない空虚な暗黒世界に、煉瓦の道が永遠と続いていた。


「あと、この服、なんでできてるんだ? 脱げるのか? 一緒に小さくなったみたいだし」

「脱げますよ! マイト念とゆーです。精神に感応して、縮んだり伸びたりするですかな」

「マイト念? 凄いものなんだな~」


 ルオンの返答に、シュランは服の裾をつかみ眺め、感心した。

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