第6話 再会

 シュランは巻かれた輝く包帯を眺めつつ、ぼんやりと考えた。


「どうしたですよ」


 ルオンが心配そうに覗き込んできたが、シュランは深い思索を始め返事をしなかった。


(自分の死体を見たってことは、俺はもう生物じゃないよな。炭素からなるとか生物じゃ? 幽霊? 身長六千キロもある巨大な幽霊にでもなったのか? でも、こうやって――)


 シュランは床をぱんぱんと叩いた。


「ぶれぁえうおのがふれられるものが……」


 無視されたルオンがシュランの頬を掴んで、もみもみしてきた。じろりと眺めやると、ルオンが両手を離す。先程からシュランはルオンに自分のペースを崩されっぱなしだ。


「シュラちゃん、どうしたですよ」

「あのさ、俺の躰はどうなったんだ。そう! さっき、俺の躰、おかしくなかったか?」

「うん、自分の存在を強く否定したりすると、存在が変わってしてまうのですよ」

「否定すると変わる?」


 シュランは益々、訳がわからなくなった。


「そう。私達やシュラちゃんは、あーですよ。超意識体というものです!」

「超意識体? なんじゃい、そりゃ!」

「んーとですね……精神がいっぱいいっぱいのエネルギーを持ちゃった状態ですぉ! それが超意識体なのです!」

「んん? 俺は今、ちょー意識体? 体から精神が抜けちゃっているから、自分の死体を見たなんて、とんでもない状態になっちゃっているのか?」

「ほえ?」


 と、そこでルオンは首をかしげた。


「あ! そうなんですか?」

「をい! わかってないのか?」

「よくわかりません!」


 シュランはじと眼でルオンを見た。ルオンはにこにこ笑っている。ちょっと困った子なのだろうかとシュランは途方にくれた。


「はあ……どうしたもんだろう……」

「……あ! いかんです!」


 するとルオンが小さく舌をだし、自分の頭を自分でこづいた。


「みんな待ってる! シュラちゃん、気付いて。みんな揃ったら、ユミルじーさんが説明をのたまうですよ。みんな状況、わかってないから! そこで全部わかるから、いくですかな!」


 ルオンはシュランの腕を取って、ふわりと浮き上がった。


「シュラちゃん、重い! 自分の意志で飛ぶ!」

「飛ぶ?」


 言われるがままに、シュランが念じると躰が浮いた。


「飛ばすですよ! 最初は光ぐらいの速さから!」

「ひかり? 光の速さだと!」


 瞬間、激流の大河に落とされた絵の具のように、あらゆる物体が流れだした。ルオンに引っ張られて、シュランは高速で飛行していた。


「うわ! おお! すごい!」


 驚愕から感嘆へ。立体物が交差する合間を、優雅に曲線を描いて、飛んでいく。そのうち慣れてきたシュランは、自分の意志で動いてみたり、速度の調節を行ってみたりした。


「動く! 動く! 光の速さで飛べるなんて、なんたる能力!」


 シュランは光速飛行を堪能する。宇宙服を着て宇宙を飛行していた時よりも、自由自在に――何の束縛もなく――空へ放たれたように――一条の光としてシュランは舞った。


「速い! 速すぎるよ! 時流速だ!」


 組んでいた腕から離されて、後方を飛んでいたルオンが叫んだ。シュランは既に光より速い速度となっていた。呼び止められシュランは急停止。光速以上の加速力にも関わらず、あまり反動がなく、簡単に止まることができた。

 隣にやってきたルオンが再び腕を組もうとする。


「もう、大丈夫。自分で飛べるよ」


 シュランが腕をさけると、ルオンが少しむくれた。


「シュラちゃんは、私と腕を組むのがそんなにイヤ?」

「そんなじゃなくて…」

「なら、いいでしょ。ほら、あそこで、みんなが待っているですよ!」


 強引に引っ張りながら、ルオンが怒った調子で言った。天井に、巨大な鋼鉄の扉が張り付いていた。扉の下にくると、向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「この柱、なんでできているんだろう……」

「映像とかじゃなく、材質そのものが七色に変化しているって感じよね」


 シュランは信じられなくって、耳を澄ました。


「全く、不思議なところだぞい」


 この声は――親方ゲオルグの声だ。


「そうね。ここ、空気もないのに声が伝わるみたいだし……科学法則が崩壊してる」


 こっちの声色は、マーシャのものだ。


 シュランは両開きの扉を押した。一種の無重力空間なのだろうか。壁面に人が立っている。向こうとこちら側では下の方向、重力の方向が違うらしい。部屋に入ると、通常空間のように移動でき、シュランは喜び勇んで走った。


「親方! 無事だったのですか!」


 部屋にはゲオルグがいた。立ち並ぶ七色の大理石柱を、見上げて眺めている。


「おお! シュラン! やっと気付いたか!」


 横を向いていたゲオルグが振り返った。


「あら、シュラン君。お久しぶり!」

「マーシャも、無事で、あれ、無事? 無事なの? なんですかぁ、それ!」


 シュランは目を見開き、あっけにとられた。


「そう、歩くのも大変! 最悪よ!」

「何を、こっちが最悪じゃい!」


 ゲオルグの左半分とマーシャの右半分が合わさって、一人の人間の姿となっているのだ。


 正し、丁度真中に隙間があって青と赤のエネルギーの流体がばちばちと反発し、かろうじて繋がっている感じである。左のゲオルグは赤い法衣みたいなものを着用し、右のマーシャは肌がやたら露出した薄水色のラバースーツを無理矢理、衣にしたみたいなもの着ていた。


 加えて、二人の腹部にはぽっかりと穴が開き、向こうの景色が見えてしまっている。その空洞の中では太極印のように青と赤のエネルギー流体が絶えず渦巻いていった。

 シュランは二人なのに一人であるとんでもない姿に、あんぐりと大口を開いた。


「もう、よりによって、一番嫌いなタイプの、こんな男くさい中年男と!」

「信じられんぞ、一番嫌いなタイプの、こんな高飛車娘と!」


 マーシャとゲオルグは同時に、


「繋がってしまうなんて、最悪!!!」


 よ! だ! と語尾をつけて絶叫した。


「真似しないでよ!」

「そっちこそ!」


 マーシャはゲオルグの顔をひっかき、ゲオルグはマーシャの胸を鷲掴んだ。あうん、と甘い吐息をもらしたのはゲオルグで、いたーい! と悲鳴をあげたのはマーシャだった。

 ……二人は、情けなくなり、同時に溜息をもらす。


「いや、仲良しそうで……」


 シュランが感想をいった。


「どこがじゃ!」

「どこがよ!」


 二人が憤慨すると、


「きゃははは……うまいこと云うね、シュラ坊!」


 腹を抱えて笑う美女がいる。


「もう、先からああなんだよ」


 座っていた段々重ねの階段みたいな所から、美女がひょいっと立ち上がった。

 彫刻に刻まれやっと作製できような見事な肢体が、悠然と歩み寄る。尻尾を三つ生やし、尖った耳をもった美女だ。金色に輝くエネルギー物質みたいな髪を翻し、


「それより、あたいも見てよ。あのスピカ星族のいち素敵なボディが――」


 美女は自分のたわわな胸をぐにゅと掴み、


「酷いもんよ。六個あった胸は、たった二個になっちまってさ、なんか馬鹿みたいに大きいし……」


 次に見事な尻を横へつきだし、ぱんと叩いた。


「尻もだよ。マーシャ達はなかなかいいっていうけどさ、もう、あたいは泣きたいよ」


 美女は所々白い肌が覗くふさふさとした毛で覆われた姿態をくねらせた。思わずシュランは生唾を飲み込むほどの誘惑的なものである。


「なーに、生唾のみこんでだい! えっちだな、シュラ坊!」


 美女に拳骨で頭を軽くこづかれ、シュランははっとして叫んだ。


「シュラ坊? まさか、まさか! ミャウ姉ー!」

「なんだい! 今頃気付いたのかい!」

「だって! 貧乳が! ずんどうが! 胸はでかくって? いや俺のサイズがあれだから、お月様なみ?」

「こらこら、お馬鹿なこといっているじゃない。でもそんなのいいのかい? ほれほれ~」


 悪のりして髪をかきあげ、胸を誇ってみせ、セクシーポーズをとるミャウである。シリウス人的感覚からすれば、まさにそれはトップモデルの美女が誘っているような姿だ。


「胸凄すぎ! 顔、埋めていいですか!」


 シュランは真顔で迫った。


「――アホかい!」


 ミャウが笑って勢いよく殴ると、シュランはごんっと床へつっぷした。そして、シュランはつっぷしたまま動かなくなった。


「あら、強すぎたかい? ごめんよん」

「……そうか……生き残った奴もいたんだ……」


 シュランは肩を震わしていた。


「生き残れたっていっても、あたい達を合わせた四人だけ……みんないっちまったよ」

「……いいんだ、それでも……生き残れた人がいただけで……よかった。よかった……!」


 シュランは感動にむせび泣いていた。無慈悲に全ての命が一瞬にして奪われることが、シュランには耐えられない。そんな中でも、生き残れた命があったことが嬉しい。


「よかった……よかったよ……!」


 シュランは心の底から、喜んでいた。


「こら! 大の男が簡単に泣くもんじゃ……」


 言いかけてミャウの顔が和んだ。


「シュラン……事故現場を見たよ。何百人の遺体が漂って、哀しかった。けど、さ。変な話だけど、嬉しいこともあった。シュランがあたいを抱いたまま、死んでたってこと。これでも、あたい女だからね。最後は男の腕の中で……」


 シュランにまじまじと見返され、ミャウはその顔をつんと突いた。


「お馬鹿……もう、あんたの所為で、あたいまで、涙がでてきちまったよ……」


 ミャウは頬を伝った涙を拭う。そんな二人を見てマーシャが言った。


「ゲオルグ。まさか、泣いてるじゃないでしょうね」


「うるさい! そっちこそ、泣いてるんじゃないのか」


 罵りあったゲオルグとマーシャが、二人して同時にグスッと鼻をすすった。

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