警告の二十三日目
「全く、犯人たちが捕まっても全然嬉しくないどころか、むしろ犯人を捕まえないでくれと願うようになるなんて、思っても見ませんでした」
明るかった空も、さすがに七時を過ぎて暗くなり始めたころ。時哉と学は依頼人からの相談を受けるときにいつも座るソファーで、久しぶりに朝霞台探偵事務所に来た大田の話を聞いている。
「なにしろ、市内に雪を撒いた事件とクーラーの室外機を破損した事件で捕まる人間が皆、中学生とか高校生とかなんですから。しかも中には、クラス全員で参加したとか、学校の半数以上が何らかの形で参加していたとかしゃれにならない事態に陥った学校が何校かありますし」
大田は、これで何度目になるかわからないため息をつくと、佳珠乃が入れてくれた麦茶を一口飲んだ。
「また、事件とは直接関係ありませんが、Twitterにて『安江、早く辞めろ。辞めないと、殺す』と、安江市長と脅迫した犯人を捕まえて見たら、これも中学生でしてね」
「中学生が、ですか」
「そうです。しかも、皆が安江市長の悪口を書いているから自分も書こうと思ったというのが、安江市長を脅迫した動機と言われてはねえ、もう。何も言えませんよ」
「あまり言いたくありませんが『氏ね』や、『き○れば言いのに』など法律に触れないぎりぎりの表現を使って、他人の悪口を書いているツイートはたくさんありますからね。そのような悪いツイートに影響を受けてしまったのでしょう」
「そうですね。ところで」
大田は自分の黒い鞄の中から、白い封筒を取り出す。
「今日お伺いしたのは、大したことではないんですが少し、相談したいことがございまして」
大田は時哉に、市長への手紙と宛名が印刷されている封筒を見せる。
「これは三戸里市市民の上岡清太郎さんからの手紙です。およそ三ヶ月前、この方の私有地から第二次世界大戦の時の不発弾が発見されましてね」
「上岡さんは当初、不発弾を取り除くことに賛成していたのです。ところが不発弾を処理するための負担金は、私有地なので地主が負担することになると知ると、市が負担しないなら、不発弾の処理をしないと言い始めましてね」
「不発弾が自宅の庭に埋まっていたことは不運だと思いますが、個人の土地の問題に市の税金を使う訳にはいかないと、私も上岡さんには何度も言ったんですが」
「しかし、あの人はとんでもない頑固親父でね。こちらがなにを話しても、けんもほろろという状態で、担当者がことごとく匙を投げてしまいこの問題は膠着状態に陥っているところでして」
「このことを良く頭に入れて、この手紙を読んでください」
大田から時哉が手紙を受け取り読み進めると、大体次のようなことが書かれていた。
「拝啓 安江市長様
盛夏の候、いよいよご隆盛のことと存じます。
さて、このたびは、不発弾処理の費用を負担していただき、誠にありがとうございました。家族一同安江市長のご決断に大変喜び、同時に深く感謝しております。
末筆ながら市長のご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。
まずは書面を持ちましてお礼とご挨拶を申し上げます 。 上岡清太郎」
「一応市役所の職員全員に聞きましたが、この一ヶ月、誰も上岡さんと話をしていません。それなのに、こんな手紙を送って来たのは、いったいどんな思惑があるんでしょうか。ちょっと気になりませんか」と、大田は聞いた。
そして、その問いに時哉が答えるのよりも早く、顔の前で右手を大袈裟に振りながら大田は勢い良く話始めた。
「このように言うと、先生はなぜ上岡さんに電話で直接聞かないのかと思われるでしょう。いやいや、言われなくても良くわかっています。ですが、私たち市役所の人間は、上岡さんとの間で散々嫌な目にあって来たので、誰もあの人に電話したくないんですよ」
「その様なわけで、先生には上岡さんに電話をして、こんな手紙を寄越した事情を探って頂きたいんです」
「もちろんただでとは、言いません。こちらは三戸里市の事件とは関係ありませんから、別に料金を払わせて頂きます。確か、調査員一人に一時間三千円で良かったですよね」
大田は一人で長々と話していたが、時哉の顔を見ると、いぶかしげな顔になった。それまで穏やかだった時哉の表情が、暗く厳しいものに変わっていたからだ。
「どうしたんですか、先生。急に怖い顔になって」
「大田さん、この不発弾は今、どのような状態なんですか」
「上岡さんの土地から不発弾が出たと連絡があってから、自衛隊に調査を依頼しました。調査の際に周りの土を取り除いたので、上岡さんが承認してくれれば、いつでも簡単に取り出せます」
「しかし、上岡さんが市が不発弾処理の費用を出さないなら裁判を起こすとか言い出したせいで、今は鉄の板を被せた上に大きな石を載せた場所の周りに、赤いロードコーンを等間隔に置いて、その間に黒と黄色のコーンバーを渡してもので囲っています」
「そうですか」
時哉は太田の返事を聞くとよりいっそう難しい顔をした。それから「大田さん。上岡さんにはたぶん、なんの思惑もないと思いますよ」と、静かに言った。
「えっ、そうなんですか」
「上岡さんはただ単に、不発弾の処理を市が無料でしてくれたことに対する、感謝の気持ちを手紙に書いたにすぎません」
「でも、市は何もしていませんが」
「上岡さんは
「市の名前を騙る者たち、ですと。待ってください。市の名前を騙って、いったい何の得があるのです」
大田の問いかけに時哉が答えるより早く、学が手を挙げ発言した。
「上岡さんの手紙を読む限り、彼らは上岡さんに金銭を要求していません。彼らは上岡さんが、三戸里市が無料で不発弾の処理をしてくれたとぬか喜びさせたのちに上岡さんを失望させ、同時に三戸里市の名前を勝手に使うことで、三戸里市に、正確には安江市長に恥をかかせようと、このようなことをしでかしたのではないでしょうか」
「は、恥をかかせるですと」
大田は学の意見にショックを受け絶句する。時哉はその間に学に返答した。
「その可能性はあるね。むしろ、上岡さんには悪いけど、そうであってもらえれば良いのだけどね」
「先生の考えは違うんですか」
「他にも可能性があると思っているだけだよ。これは斉果県の他の市の場合だけど、不発弾の処理をするときには、不発弾のある地点から半径三百メートルほどの住民を、朝九時から夕方五時まで避難させている」
「もし彼らが、不発弾の処理をすると、上岡さんを始めとした周囲の住民を騙して住民をすべて何時間か避難させていたとしたら、誰もいなくなった場所で、何かよからぬことをするのが、彼らの目的だったかもしれない」
「ちょっと待ってくださいよ。そんな偽情報で、多くの住民を避難させられるわけないじゃありませんか」
と、大田が言うと「いや、出来ます。出来たんです」と、学が急に何かを思い出したように急いで言った。
「三戸里市関連のTwitterをチェックしていたら、数日前に気になるツイートがあったんです。ちょっと待ってください」
学は隣の事務室に入ると、自分の黒いデイパックのファスナーを開ける。そこから自分のタブレットを取りだすと、再び事務所に戻りタブレットを操作した。
「えーと、これです。これを見てください」
学は時哉と大田に、数日前の何人かの呟きを見せた。
みあ
今日は五時まで家に帰れない。どうやって時間をつぶそうかな
カズトシ
不発弾を処理するから避難しろっていう手紙が来たのが数日前。普通もっと前に知らせるだろ。やっぱり三戸里市市役所駄目すぎ!
エイスケ
日曜はせっかく一日中家でだらだらしようと思ったのに、不発弾を取り出すから、夕方まで外に出ていろだってさ
エイスケ
まあ、今の三戸里市の状況じゃ、急いで不発弾を取り出さないと、あそこでテロが起きそうだからしょうがないんだけどさ
エミナママ
近所のお宅の地下にある、不発弾を三戸里市が処理することになったとの手紙が家に届きました。前からあそこの不発弾は、犯罪に利用されると思って心配していたので、胸を撫で下ろしました
木田雄一
近所で不発弾を処理するので、隣町の集会場に避難しました。避難した皆で囲碁や将棋をやって楽しかったです
「残念ですが、これらの書き込みを見るに、何者かによる市の名前を騙っての住民大移動があったことを疑わざるをえないですね」
「そうですね」
大田が力なくうなづいた。
「さらに、上岡さんが騙されておらず、不発弾が本当に上岡さんの敷地から取り出されている場合も問題です。彼らが取りだした不発弾を、どのように悪用するかわかりませんから」
「とにかく、一刻も早く警察に電話して相談するべきです」
時哉は事務所の固定電話の受話器を取り上げると、三戸里警察署へと電話した。
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