葬儀の二十二日目

「それで、手話ダンスを踊ることになったのかい」


 朝霞台探偵事務所の事務室。椅子に座ってコーヒーを飲む時哉が聞く。


「そうなんです。しかもポケモンのオープニングの曲みたいに、テンポの速い曲もあって大変なんですよ」


 学はげっそりした顔で言う。


「でも、君たち以外にも、踊る人がいるんだろう」


「ええ、まあ。近隣の高校のボランティアクラブの子たちや、公民館で活動している手話サークルの人たちも踊るので、俺だけが間違えてもなんとかなるんですけど、それでも気が重いです」


「まあできるだけ練習して、当日は間違えても気にしないようにすれば良いよ」


「結局それしかないですよね」


 学は頷く。


「ところで、事件の方は何か進展はありましたか」


「始めに警察が、とうとう豊橋辰夫さんが監禁されていた場所を発見したよ」


「見つかったんですか」


「ああ。やはり三戸里市市内の空き家の一室を使っていた。何年も人が住んでいなかったことを思わせる荒れ果てた家の内部の中で、一部屋だけ綺麗に清掃されていた場所があったので、詳しく調べたところ、豊橋さんの毛髪及び指紋が発見されたそうだ」


「犯人の物はありましたか」


「犯人の物であるかはわからないが、豊橋さんの物とは違う毛髪が発見されたそうだ。警察の方で調査しているので、今はその結果待ちだね」


「次に、道路に雪を撒いた実行犯と、エアコンの室外機を傷つけた実行犯が、次々に捕まっている」


「しかし、彼らのほとんどが未成年で、Twitterの怪しげなリツイートから今は使っていない掲示板やサイトなどに書かれた『いたずら仕掛人募集。参加者全員に三十万円差し上げます』という謳い文句につられて軽い気持ちで参加した者がほとんどだ」



「中には参加しないといじめのターゲットにされると思った、参加することを強要されたなど同情すべき理由があった人間もいたようだがね。


「いずれにしても、捕まっているのは皆犯行をそそのかされただけの人間で、犯罪をそそのかした教唆犯に繋がる手がかりは、警察の方でもまだ見つけていないようだよ」



 ***


 僧侶の読経が式場に響き始める中、花野美と野々花は母の後に続いて焼香台へと歩いていく。


「お父さん」


 花野美は小さく呟く。


 仕事をきちんとしながら、家ではできる限り家事をしていた父。


 花野美と妹の野々花が小さかったころ、仕事で疲れていただろうに、一緒に遊んでくれて、布団の中に入るといっぱい本を読んでくれた父。


 運動会でいっぱい応援しつつ、花野美と野々花の姿をビデオカメラでとってくれた父。


 中学生になってから雨の日や遅刻しそうな日には、自動車で送迎してくれた父。


 高校に入学してからは、お料理の本や、インターネットでかわいいお弁当の作り方を研究し、毎朝早起きしてお弁当を作ってくれた父。


 まぶたに浮かぶ色々な父の面影を追っているうちに母の背中が消え、花野美がお焼香する番になった。


「生きている間は色々ごめんなさい、お父さん」


「そして、本当にありがとう」


「私がお母さんと野々花を守るから心配しないでね」


 さまざまな思いを込めてお焼香を済ませた。





 喪主の挨拶の時間になった。静子は椅子から立ち上がるとしっかりした声で話し始める。


「遺族を代表して皆様にひとことご挨拶申し上げます。私は藤井光則の妻静子です。藤井は五十二歳でございました。これから人生の華と言う時期を迎えるという時期に、不運にも事故でなくなりました」


「藤井は営業の仕事を誇りを持ち、多くの会社を訪問していました。最期の日も事故の四十分ほど前にサイトーコーポレーション様を訪問し、事故の二十分前にサイトーコーポレーション様の玄関から外に出たことを、警察のかたから教えていただきました」


「事故の二十分前まで仕事をしていた藤井が、本宮さんといかがわしい関係だったなど、絶対に、ありえないことです。藤井は、娘とほぼ同じ年頃の本宮さんを助けようとして、事故に巻き込まれたのだと思います」


「私たち遺族は、職場でも家庭でも手を抜くことなく一生懸命に生きた藤井の後を継ぎ、強く生き抜いていきたいと思います」


「本日は会社の皆様、お友だちの皆様、お忙しい中ご会葬をいただきまして、本当にありがとうございました」


 静子はしっかりした声で最後まで言いきった。







































































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