サイトと口座の十四日目

「昨日は大変だったみたいね」


午後四時の朝霞台探偵事務所の事務室。制服から白いワンピースに着替えた佳珠乃は、時哉の鉄製事務用片袖机に二人分のコーヒーを置きながら話しかける。


「そうだね。昨日は何も言えずに、ただひたすらあの女性の話を聞く以外できなかったからね」


時哉が豆乳を少しいれたコーヒーを右手に取る。学も豆乳と砂糖多めのコーヒーを右手に取り、本当に何一つ言えなかったと、心の中で同意する。


「彼女の話していたことは三戸里市のことだけではなく、日本すべての問題だと思う」


コーヒーを飲みつつ考え込む時哉に、佳珠乃は話題を変えようとあの人来たんでしょと問いかけた。


「大田さんなら午前中にいらっしゃって、色々な新情報を話して行かれたよ。ちょうど良いから学君も話しておこうね」


「まず第一に判明した事実だが、横沢真央さんを殴った二人組、澤野卓人と松島恵介の銀行口座を調べた結果、古田道夫なる人物の口座からの振り込みが確認された」


「そこで警察が古田道夫の口座を調べたところ、横沢さんの事件の少し前に、三戸里市実岡みおか町に住む四十二歳の派遣社員、須田高雄すだ たかお名義の口座に複数回金が振り込んでいることが判明する」


「警察はこの事実を知ると直ちに須田から事情を聞いた。須田は最初何も話さなかった。しかし豊橋さんと幸田さんの事件への関わりを疑った警察が須田のアリバイを詳細に調べたところ、豊橋さんが行方不明になった日に会社に予め遅れると届けを出していたこと。幸田さんが行方不明になった日に会社を早退していることがわかった」


「それらの情報をもとに警察が須田に詳しく事情を聞いたところ、金をもらって豊橋さんと幸田さんを殴る仕事を請け負ったと証言している」


「その証言によれば、須田のTwitterのアカウントに二ヶ月ほど前、古田道夫なる人物から金を稼がないかというダイレクトメールが届く」


「須田が古田道夫のTwitterアカウントに応募するという内容のダイレクトメールを返信すると、サイトのアドレスとサイトマップを見てねと書かれたダイレクトメールが古田から送られて来た。須田がそのサイトにアクセスすると、ロボットアニメのサイトに繋がった」


「そこは管理人のkeruminが趣味で作っているロボットアニメのサイトだった。サイトのトップページには、サイトマップ、アニメの感想、管理人が描いたアニメの絵、メール、Twitterなどの項目が並んでいる。須田は不信感を抱きながらサイトマップの項目をクリックした。するとこのサイトについての注意書きと説明の下に、さりげなく下の文章が書かれていた」


「なぐり屋さん募集

ヒトをなぐってお金をかせぎまぜんか

ちゃんと、意識ふめいにさせられたら

一万円を三百枚あげます。

失敗してもチャレンジ賞として

一万円を百枚あげます。

興味をもった方はこちらのメールアドレス

hurutamitio@xmail.comに銀行口座名義の名前で連絡してください。

また、銀行口座がない場合にはそのように書いていただければ

こちらで善処しますので安心してご連絡ください」


「須田はこの文章を読んだ後、フリーメールでこちらのアドレスに連絡した。すぐに届いた返信には、メール問い合わせをしていただいたお礼に、メールアドレスと口座名義だけ分かれば送金できるサービスで十万円を送金したのでお受け取りくださいと書かれていたらしい」


「ちなみにハンドルネームkeruminが管理するサイトは今も存在する。だが、このサイトの管理人は『なぐり屋さん募集』以下の文章は自分が書いたものではなく、誰かに勝手に書き込まれたものだと警察で話しているようだ」


「警察の方でも、管理人が嘘をついている可能性よりも、このサイトが第三者によって改竄された可能性が高いと見て捜査しているらしい」


「サイトを見た人で、改竄に気づいた人はいなかったんですか」


「サイトマップというのは、始めてそのサイトを利用する人のためのページだからね。管理人は何か変更点がないかぎり、最初に更新したあとはそのページを見ないだろうし、このサイトのことをすでに利用している人間も、二回目以降はサイトマップを見ないだろう」


「それにこのサイトに始めて来た人間でも、サイトマップを見ないで直接サイトのコンテンツを見る人がほとんどだろうからね。また、気がついた人も管理人にわざわざ連絡することを面倒だと感じたのだろう」


「その結果、書き込みはずっと消されることなく残った、と」と、学の代わりに佳珠乃が答えた。


「さて、こうして須田に連絡をとった古田は、いよいよ本格的に行動する。最初に、古田は須田に『二日後、午後一時に三戸里駅に行き、コインロッカー一三に置いてあるビジネスバッグを取ってください』とメールを送る」


「須田がそのメールに従い駅のコインロッカーに行くと、一一三番のロッカーには鍵がかかっておらず、すぐに開いた。中にはメールに書かれていたとおり、ポリエステルのビジネスバッグが入っている。須田はこれを取りだし速やかに現場を立ち去った。家に持ち帰り中を確認すると、スタンガンと茶色のレンガが十三個が入っていたらしい」


「その日の二時、須田のもとに古田から荷物を受け取ったかを確認するメールが来た。須田が受け取ったと返信すると古田からまたメールが届く」


「二日後の午前七時前に、送ったビジネスバッグを持ち、三戸里市市役所に行ってください。そこで早く来た職員を誰でも良いから一人そのレンガ入りバッグで殴った後、スタンガンを使い気絶させることが今回の仕事です」


「失敗したら 無理せず次の機会を狙ってください。また、気絶させた人間は別の人間が処理しますので、あなたは後のことは気にせず逃げてください。それから、前金として百万円を振り込みますので銀行の口座番号を教えてください」


「そのように書かれたメールを受けとると、須田は銀行の口座番号を教え、仕事に備えた。須田の口座にはその日のうちに百万円が入金されたそうだ」


「さて、須田は二日後の午前七時から 三戸里市市役所の本庁舎にある右側のドアの付近の道路を、肩にバッグをかけて通勤のために歩いているふりをしつつ、市役所の職員が来るのを見張っていた」


「須田は豊橋さんが来たことを確認すると、バッグをで頭部を殴った。その攻撃によって豊橋さんが頭を押さえてうずくまると、スタンガンを使って豊橋さんを気絶させた。後は振り向くことなく徒歩で三戸里駅に向かったこと、その日の夕方に須田の口座に残りの二百万円が振り込まれたことを証言した」


「須田は次に『一週間後、夕方一人で帰宅する三戸里西支所の人間を、こないだと同じ方法で気絶させた後、前回と同じように逃げてください。失敗したら無理せず次の機会を狙ってください』とメールで指示された」


「須田は支所から出てくる人間をチェックし、一人で帰る人間を探していた。すると、須田にとっては運良くパートタイマーの幸田さんが一人早めに支所を出てきた。須田は幸田さんの後をつけ、幸田さんが人気のない細い道に出たところで幸田さんを襲った」


「二回とも成功したのに、なんで横沢さんの件は澤野と松島がやることになったの」


「たぶん犯人は、複数の人間を事件に関わらせることで、捜査を撹乱することを狙ったんだろうね。ところが同じ口座から須田と澤野たちに振り込みをしたせいで逆に須田が芋づる式に捕まったと」


「この須田って男も澤野たちと同じで、二件とも気絶させただけで、殺してはいないと言っているんですよね」


「その点に関しては澤野たちと同じく、須田の証言には一貫性がある。しかも須田は幸田さんの後をつけているとき、黒いサングラスをかけた明るい灰色のスーツ姿の若い二人組が自分のことをつけていたと証言している」


「その二人組が古田に須田の後始末を任された別の人間ということはあり得ますか」


「充分あり得ると思うね」


「でも、黒いサングラスをしたスーツ姿の男なんていかにも怪しげじゃない。本当にそんな男たちがいたの」


「須田はそれ以外は詳細に証言しているから嘘とは言い難いね。ただ豊橋さんの事件に関しては、最初単なる失踪と思われていたので、豊橋さんが襲われたときの現場の証拠などはすでに消えている」


「幸田さんの事件についても、幸田さんがまだ事情聴取できる状態ではないので、今のところ二人の自白だけしか証拠がない。そのため警察では、須田の証言を立証できる確かな証拠を探している」


「ところでさきほどから話題になっている古田道夫ふるた みちおだが、彼はすでに亡くなっていることが警察の調査でわかった」


「ええっ、亡くなってるんですか!!」


「しかも古田道夫は、あの明和商事で何者かに有害ガスで殺害された被害者のうちの一人であることが判明した」


「明和商事って会社とは名ばかりで、実際はオレオレ詐欺を専門にやっていた詐欺師の集団であることがわかってきた、あの明和商事ですよね」


「わかった! 古田道夫は須田を利用して、何らかの方法でお金をもうけていたんでしょ。ところが、詐欺グループの間でお金の分け方を巡って殺しあいになり、そこにいた社員の誰かが自分以外の社員を全部殺してお金を持って逃げたんでしょ」と、佳珠乃が得意そうに言う。


「人を殴ることがどうやったらお金もうけに繋がるわけ」


「それはほら、横沢さん以外の二人は財布からお金が抜き取られていたそうじゃない」


「確かに財布の中のお金は盗まれていたけれど、オレオレ詐欺で多いときは一ヶ月に数億も稼いでる奴等からすれば、あんなお金、小銭程度の価値しかないのに人を殺すかな」


「わかんないよ。人はすごいどうでも良い理由でケンカするし」


「そういうことあるけど、あの殺し方はかっとなって殺したとかとは違う気がするな」


学に対して佳珠乃が何か言おうとしたとき、時哉が二人の間に割って入った。


「佳珠乃の仲間割れ説はなかなか面白いね。実際、事務用片袖机は十二台あるのに亡くなっていた社員は十人だからね。その余った二台の事務用片袖机を使っていた社員に、亡くなった社員が殺されたという可能性は充分あり得る。ただ、警察が報道を規制していることがあってね」


「なに」


「警察が彼らの遺体を検分したところ、死後一ヶ月程度経っていることが判明してね」


「一ヶ月! そんな前に死んだの」と、佳珠乃はびっくりして聞いた。学もこの事実をまだ聞いていなかったのでひどく驚いた。


「ああ。かけっぱなしになっていたクーラーと、たかれていた大量のバルサンのおかげで遺体はそこまでひどく損傷していなかったそうだけどね」


「ちょっと待ってよ。古田たちがそんなに早く死んでいたのなら、いったい誰が大量のバルサンを焚いたり、クーラーをつけたりしていたのよ」


「それはもちろん犯人だろうね」


「犯人はいったい何が面白くて、死んでいる人間のいる部屋にバルサンを焚いたりしたわけ」


「たぶん、古田たちがまだ生きていると思わせるためじゃないかな。警察からの情報によると、ビルの賃貸料や電気代などの料金は、古田たちが死んだ後もきちんと振り込まれていたそうだから」


「そうなると豊橋さんが殺されたときには、もう古田は死んでいた可能性が高いってことですね」


「そうだね」


「えっ、それじゃ古田は犯人じゃないわけ」


「たぶん、古田を殺した犯人が古田の口座を使っていたと考えるのが適当だろう」


「そうかあ、結局また犯人への手がかりは途切れちゃったって訳ね」


佳珠乃が残念そうに言うと、時哉は「その辺りは地道に捜査をして犯人に繋がる証拠を見つけるしかないね。しかし今までとは違い、警察が特別体制で警戒している。犯人は犯罪をやめて隠れるか、捕まるか、そのどちらかを選ぶしかないよ」と答えた。


学は、時哉の言うとおりだと頷いた。だが、犯人はそのどちらも選ばなかった。





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