第6話捜索と事故の六日目

「変身!」


学は幼稚園のとき、仮面ライダーシリーズが好きだった。変身はしないが自分を支えてくれる仲間と共に、怪人が起こした事件を追う。困っている人のところに何処からか駆けつけ「変身」の掛け声と共に変身して敵と戦う。その姿に幼い頃の学は興奮してテレビにかじりつくように見ていた。困っている人を助ける仮面ライダーに、仮面ライダーを支える人になりたいと、幼い頃漠然と思っていた。なので、七夕の短冊はもちろん「仮面ライダーになる」と母親に書いてもらっていた。また、学が小さい頃、学の誕生日の五月十日より出掛けるのに都合が良いということで、よくゴールデンウィークに両親と出掛けて誕生日プレゼントを買ってもらっていたが、幼稚園の頃の学は両親にライダーベルトを買ってもらっっていた。嬉しくて家に帰ってから腰に巻いてもらい、何度も「変身」と言いながらベルトのボタンを押して、変身した気になったものだった。


今、朝霞台探偵事務所でアルバイトしているのも、幼い頃の思いと少し関係している気がすると学は思う。探偵は困っている人を助けることが出来る仕事の一つだと学は思っているからだ。最も朝霞台探偵事務所に来る人の大半はいなくなったペットを探すか、浮気調査のために来ていることは重々承知している学であったが。


***


一方、三戸里市では。安江市長の行動は早かった。昨日の昼前に秘書の大田から話を聞くとすぐに三戸里警察所に連絡をとり、市内に存在する空き家の空き家を捜索することを依頼した。三戸里警察所は最初は難色を示したが、最終的には県警に応援を頼むということで決着した。夕方には市の防災行政無線と、防災行政メールで、三戸里市全域に三戸里西支所でパートタイマーとして働いている幸田鞠子こうだ まりこさんが失踪しているので緊急捜査のために市に存在するすべての空き家を警察が調査すること、調査されることに対しての苦情などは市役所に連絡して欲しいと訴えた。さらに最近三戸里市で起こっている事件は、同一グループによる犯行である可能性が高いので、解決するまでは夜間の不要不急な外出は控えて欲しいと訴えた。この放送で市長が肉声で市民に何度も今すぐに空き家を捜索することの緊急性と必要性を訴えたため、月曜日からの警察による空き家の大捜索にはほとんど不満が出なかった。


***


月曜日午後一時半。


職業奉仕、社会貢献、国際親善を活動の目的とする、国際的な社会奉仕団体「国際ロータリー」の地域で結成されている個々のクラブのうちの一つに、三戸里ロータリークラブがある。このクラブでは毎週月曜日午後十二時半から一時半に会員が集まる例会が開かれていて、佐藤証券三戸里支店の二階を例会場として使わせてもらっている。今日もいつもの通り佐藤証券三戸里支店の二階で例会が開かれていた。


「ですからこの 三戸里市の緊急の課題は小学校の改修工事なんですぞ。あんな無意味な箱ものにお金をかけている場合ではないのですぞ」


「気持ちはわかります、しかし、急増する高齢者の居場所として公民館が役にたっていることも事実でして」


例会が終わり皆が雑談を始めるなか、会場の右側の隅で三戸里市市議会議員の寺田威雄てらだ たけおと会員の土田喜久雄が話している。ロータリークラブは政治と距離をおいているため市議会議員である寺田は会員ではないが、時々参加し会員たちと意見交換をしていた。


「三戸里市の市民憲章では『子どもは市の宝』とされております。子どもの安全より暇な大人の楽しみを優先しろとは書かれていませんぞ」


「そもそももうほぼ出来上がっているものに対して、今さら反省してもしょうがないでしょう」


「確かに中央公民館を建てる計画を阻止できなかったのは市民の失態です」


「いや、そんなことは」


寺田の第一秘書、沼尾正巳ぬまお まさみは寺田の側でハラハラしながら二人の会話を見守っていた。寺田はそこそこ弁がたつし、元弁護士なので法律にも詳しいのだが、思ったことをすぐ言ってしまうという政治家としては致命的な欠点がある。先月も女性議員が少子化対策として未婚女性に援助をするべきと質問した際、少子化対策ならオマエが結婚しろよとやじを飛ばしたことが問題となって女性議員の所属する政党に謝罪を余儀なくされたことがあった。


「あの女性議員は一時期、タレントととしてテレビに出ていたときに自分のことをバラエティーように面白おかしく話していたことから、あまり良くないイメージを持っておられるのかもしれないが、今は市議会議員として市民に選ばれているのだから、そういう目で見るのはやめておかないと。そもそもあの質問は最近若い女性の貧困が問題になっているなかでの質問なんだから、あれはないよな。いつか念願叶って議員になることができた際には、同じことをしないように気をつけないといけないな」


「沼尾君!」


考えに夢中になりいつの間にか寺田議員から目を離してしまった沼尾秘書は、慌てて辺りを見回した。見ると、寺田議員は既に話を終えて帰るところだった。


「すみません」


平謝りの沼尾秘書に「ワシは忙しい身なんだからな。一分一秒もムダにする時間はないんだ」と不機嫌そうに言った。


「そうですね。すみません」


沼尾はもう一度謝ると寺田議員の後について例会場を後にして地下駐車場に行く。寺田議員の運転手田中祐一は既に休憩から戻って来ていて、白いセダンの自動車のドアを開けてくれた。


***


先程から自動車は停まったり進んだりを繰り返している。この道は私鉄の駅に近く、いつも混んでいる道だから仕方ないのだがなかなか進まない。あきらめて寝ている寺田議員の隣で一緒に助手席に座っている沼尾は膝の上にのせた資料を指でもてあそびながら、いつしか数日前に起こった市役所職員殺人事件のことを考えていた。


「豊橋達夫は何故殺されたのだろう。彼個人になにか怨みがあったのか。それとも市役所の職員ということで手当たり次第に殺されたのか。そもそも何故トリカモール北三戸里店の噴水広場で殺されたのだろう」


そんなことを考えながら、沼尾はふと窓の外を見る。黒い自動車がすごい勢いで走って来ていた。


「あ、あ、お」


沼尾は意味不明な言葉を発して運転手の田中を見た。田中もどうしていいかわからないようだ。と考えたところで強い衝撃と共に意識が飛んだ。







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