第7話考証と逮捕の七日目

「昨日の事故見た」


夕方、朝霞台探偵事務所に学が着くと佳珠乃が早速話しかけてきた。


「見た。救急車がいっぱい来ていて凄かったな」


「あれもやっぱり三戸里市で起こっている他の事件と関係あるの」


「さあ、どうだろう。事故なんてよく起こるものだし。そもそも事件を起こしたいのなら、横断歩道に突っ込む方が嫌な言い方だけど人を確実にたくさん跳ねられるし」


「でも、被害者の人市議会議員なんだよね」


「そうだけど、国会議員ならともかく市議会議員程度でテロにあうかな」


「三戸里市では充分偉い人なんだから狙われるだろ。第一こないだ噴水広場で見つかった人はただの市役所の職員だったじゃない」


「まあ、そうなんだけど」


「それにしてもホテルの従業員はかわいそうだよね。市議会議員の乗っていた車が右側を走っていた車にぶつかった後にホテルの入口に激突したんでしょ」


「そうそう。テレビで見たけどホテルの中が丸見えになっててひどかったよな。あれでよくホテルの中の人たち無事だったよなあ」


「ホテルに泊まっている人は皆朝のうちに出掛けたり帰ったりしていて、ちょうど入口を通る人が居なかったみたいだからね。でも受付の人は怖かったろうね。ぶつかったときホテルがぐらぐら揺れたらしいから」


「そりゃ恐いだろう。テレビで見ていてもすごい音がしたからな。でも車は正面の壁に強くぶつかってホテルの入口を壊したけどホテルの中には入って来なかったから、その点は良かったよ」


「でもあの惨状だから結局ホテルに泊まっていたお客さんは皆余所のホテルに移ることになったんだってね」


「まあ、今のところ大丈夫でも一階のあの壊れようを見れば危ないと思うだろうし、実際地震とか来たら建物が倒壊しないっていう保証はないからな」


こんなふうに一通り事件の感想を言いあったのち、時哉のいる応接室に行った。


「失礼します」


学が時哉の部屋に入ると、時哉は机に向かいなにか書いていた。


「ちょうどよかった。さきほど大田さんから電話があったところだよ」


「昨日の事件のことですか」


「それももちろんあるが、警察による今日の空き家の捜索で農薬の入った缶が見つかったんだ」


「事件に使われた農薬ですか」


「それはまだわからない。農家でなくて一般の家庭でも、家庭菜園などで農薬は使われるからね。警察の調査の結果を待つしかないだろう」


「昨日の事件については、事故に巻き込まれた人は全部で六人だ。最初に寺田議員の車に真横から突っ込んだ黒い車に乗っていた男女二人のうち、男性の方は三戸里市市内在住の青木五郎さん七十三歳、車を運転していたのはどうやら彼のようだ。彼の車が寺田議員の自動車に衝突した時、シートベルトをして居なかった彼の身体は車を飛び出して宙を舞いホテルに衝突した車の上に落ちた。すぐさま病院に運ばれたが、昨晩お亡くなりになられた。詳しいことはまだ調査中だが、彼の身体から大量のアルコールが検知されたそうだ」


「つまり酒よい運転をしていたんですね」


「そうなんだ。この事実だけを見ると単純な事故のように見えるだろう」


「違うんですか」


「問題は彼の車の助手席に乗っていた女性だ。彼女は青木五郎さんの妻の美和子さん七十二歳。彼女はシートベルトを閉めていたので車の外には飛びださなかったものの、この事故で重症を負い入院している。こちらも詳しいことはまだわからないが、彼女は病院に運ばれたとき大量の睡眠薬を飲んでいて意識がなかったそうだ」


「それに加えて、彼女は事故当時綺麗に化粧をして、白のローヒールの靴に白いドレスというフォーマルな装いをしていたのだが、首にその服装とは合わない物をかけていた」


「何ですか。それは」


「濃いピンクのネックレス型ハンドフリーLEDライトだ」


「ライトがあったんですか! となるとこれは単なる酒よい運転ではなくて三戸里市で起こっている事件の四件目と考えて良いんですね」


「フォーマルな服装に不釣り合いなライトが青木さんの奥さん首にこれ見よがしにかけられている時点でそれを疑わずにはいられないね。ただ今回青木さんが乗っていた車が衝突した時は昼間で事故を目撃した人も多かった。その人たちの証言からも、近くにあった監視カメラの映像からも事故のあと、青木さんの車の中に入った人間はいない。だから彼女がネックレス型のライトをかけたのは、事故の前ということになる」


「先生。救急隊員が犯人だったら事故の後にネックレス型のライトをかけられますよ」


「監視カメラの映像には救急隊員が不自然な動きをしている様子は映って居なかったし、車から運び出される時に奥さんの胸にネックレス型のライトが映っているからそれはまずないだろう」


「そうですか」


「さて、寺田議員の車に乗っていたのは運転手の田中健太さん三十五歳、寺田議員七十二歳、寺田議員の第一秘書の沼尾正己さん三十二歳の三人だ。寺田議員の車は事故当時、青木さんの車から見て垂直方向に伸びる二車線道路の左側を走行していた。車体の横の部分に衝突されたため、寺田議員の車に対しての衝撃は大きく、寺田議員を始めとした三人が重症を負って病院に運ばれた。三人とも話ができる状況ではないそうだ」

「最後に坂本清太郎さん四十歳。彼が寺田議員と同じ道路の右側を走行していたところに左斜め下から寺田議員の車が飛び込んで来た。彼の車はその衝撃で右側にあるホテルの正面に衝突した。彼も重症ではあるが、少しなら話ができる状態ではあるらしい」


「テレビで見たところ青木さんが乗っていた車は結構高そうな車でしたが、あの自動車は青木さんの持ち物ですか」


「良いところに気がついたね。警察が調査したところ青木さんは数年前からカーシェアリングの会社の会員となっており、今回乗っていた自動車もそこから借りている。警察の調査によれば今まで大きな事故を起こしたことはないそうだ」


「青木さんのその日の行動はわからないんですか」


「それはまだ警察が調査中だよ。焦らず気長に待った方が良いだろうね」


「そうですか」


そのとき、事務所の電話が鳴り響いた。


「はい、朝霞台探偵事務所です」


時哉は電話に出てしばらくすると「なんですって」と驚いた声を出した。学は何を話しているのか気にしつつ電話が終わるのを待った。


「学君。横沢さんを襲った犯人が見つかったよ」


「えっ、どんな奴です」


「以前横沢さんのうちに現場検証に行ったときに、綺麗なお姉さんがセールスマン風の二人組を見たと言ったろう。彼らが横沢さんを襲った犯人だったのさ」

















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