第5話農薬と空き家の五日目
トリカモール北三戸里店前でピンクのカーテンにくるまれた遺体が見つかった次の日。その日は土曜日で、空は雲におおわれていた。今日講義のない学は午前中から朝霞台探偵事務所に来ていた。昨日ニュースサイトを見て、三戸里市でまた事件が発生したのを知ってから、学は事件のことを知りたくて知りたくてたまらなかったのだ。さらに昨日安江市長について色々調べていて、一つ思い付いたことがあったので是非とも時哉に聞いて見たかった。しかし時哉から大田がもうすぐ事務所に来るからそのときに話をしようと言われたので、学は大人しく待っていることにした。やがて事務所にやって来た大田は、初めて朝霞台探偵事務所に来た時よりもさらにげっそりした顔になっていた。
「もう、胃が痛くて痛くてたまらないですよ」
佳珠乃が事務室で入れてくれたお茶を飲みながら大田は嘆いた。
「三戸里西保育園園児誘拐事件が解決、犯人は捕まっていないとはいえとりあえず解決したばかりなのに、また事件。しかも今度の被害者は身内である市役所の人間ですからね。もうたまったものじゃありませんよ」
「確認しますが、被害者の
「ええ、市民税課課長で誰よりも仕事熱心な方だったと聞いております。特に朝は三戸里市役所に一番早く出勤してくることで有名でした」
「一番早く、ですか。豊橋さんは市役所にはどうやって通っておられたのかわかりますか」
「市の東南部からバスに乗って通っておられたそうです」
「バスですか。それではご自宅からバス亭までの道路と、バス亭から市役所の正面の自動ドアまではいつも豊橋さんはお一人だったのですね」
「ええ。豊橋さんが失踪したのは二十日前ですが、ご家族の方の証言によれば、その前日の夜豊橋さんはご自宅にきちんと帰られ朝はいつも通りの時間に出勤したそうですから、先生が出勤途中に豊橋さんが拉致されたとお考えならその確率は高いと思います」
「また、市役所の本庁舎の正面の自動ドアのカギは七時半にいつも開けることになっていて、その前に来た職員は正面から見て右側のドアから入ることになっています。市役所の本庁舎の両隣は太い道路を隔てて民間のビルが建っているのですが、そちらの道路は朝はそんなに自動車が通りませんので、正面の自動ドアの辺りで襲うより右側のドアの辺りで襲う方がやりやすかったでしょう。しかし、自分で話していて信じられませんよ。毎日出勤している職場の近くでそんな事件が起こったかもしれないなんて」
「全くその通りですね。話は変わりますが、豊橋さんの遺体の状況についてなにか聞いていますか」
「先ほどもお話しました通り、豊橋さんの遺体はトリカモール北三戸里店前の噴水広場を照らしている八本の外灯のうちの一つに縛り付けらたのち、さらにピンクのカーテンでくるみ最後にトリカモール北三戸里店の近くに出来る予定のマンションの、のぼり旗をロープで固定していました。さらに警察の方で調べたところ豊橋さんの二の腕と足首がロープで縛られていました。警察でこのロープをほどいたところ、豊橋さんの身体に縛られていた痕がありました。警察ではこれをもって豊橋さんが生前からロープで縛られていたと結論しました。また頭に殴られた痕があったそうです」
「死因については、なにか聞いていませんか」
「詳しい結果はまだ出ていないが、ほぼ農薬による中毒死で決まりだろうとのことでした」
「農薬ですか」
「ええ、農薬の中には毒性の協力な物があるそうです。まだ確定ではないですが、その毒性の強力な毒薬が食事に混ぜられており、豊橋さんはそれを食べて死亡したと見られています。また、これもまだ確定ではないですが、豊橋さんは行方不明になったその日のうちに毒殺された可能性が高いと警察では見ているようです」
「それから警察では噴水広場の辺りで新築マンションの宣伝をしている人間が多くいたというトリカモール噴水広場をいつも警備している警備員の証言から、新築マンションを建設している
「おそらくマンション関係者のみなさんは無関係でしょう。犯人は外灯に豊橋さんの遺体を縛り付けているところをみると、横沢さんを殺害した犯人と同じ犯人の仕業と見て良いでしょう」
話が一端途切れた。メモを取っていた学は今こそ自分の考えを話してみるチャンスだと思い、思いきって話しかけてみる。
「あの、すみません。ちょっと良いですか」
「実は昨日インターネットで事件のことを調べていたときに、安江市長のホームページを見ました。そのホームページには、安江市長の選挙公約が書いてあったのですが、その中に木を植えて日陰を作ることで冷房に頼らないで子どもを保育出来るようにするという公約がありました。夕輝君が木に縛られていたのはこの選挙公約を表したものではないでしょうか」
「さ、さあ、そういわれても」
大田の反応はあまりはかばかしくなかった。昨日この考えを思い付いたときは結構すごい発見をしたような気がしていたが、こうして話してみるとたいしたことない気がして気落ちする。そのとき時哉が学に話しかける。
「すごいね学君。多分、それで正解だと思うよ。まだ確証はないが、この犯人は被害者に怨みを抱いているというよりも、安江市長になにか思うところがあってこの犯罪を起こしていると思う」
「えっ、安江市長に関係あるんですか」
「安江市長と意見が対立している方たちの一人が殺され、市長の選挙公約になぞらえて子どもが木に縛られ、安江市長のお膝元に勤めている市役所職員が殺されています。私は犯人の焦点は安江市長にあると思われます」
「そんな」
大田は狼狽し無意味に右手の指先で机を叩いた。
「私が今心配することは犯人の最終的な目標は安江市長、または安江市長のご家族ではないかということです。安江市長とご家族の警護を今すぐ厳重にすることをおすすめします」
「はい。わかりました」
大田は意気消沈した様子で答えた。
「それから大田さん。あなたを始めとした市政に関わる方すべてが被害者になる可能性があります。事件が解決するまで一人で出歩かない、勤務が終わったらまっすぐ帰るなど充分過ぎるくらいに気をつけることをおすすめします」
「はあ。そういうことなら、やっぱりあれもそうなんでしょうなあ」
「あれとは何ですか」
「実は、三戸里西支所に勤めているパートの女性職員が二週間前から行方不明になっておりまして。その女性は母親の介護の問題などで悩んでいたということで、それが原因で失踪したという噂がたっていたんですが」
「その女性は今三戸里市で起こっている事件の巻き添えになって誘拐された可能性が高いと思われます。警察にお願いして徹底的に探してもらうべきです。その際、空き家を捜索出来るよう、市長から市民に呼び掛けてもらうとさらに良いと思います」
「空き家、ですか」
「ええ、三戸里市では児玉君の事件のとき市内を一斉捜索したはずです。それでも見つからないのは女性が市外に連れさられたか、誰も探して居ない場所に女性はいると考えます。そう考えた場合、空き家を捜索して女性がそこにいないことを確認しておくことは大事だと思います」
「空き家とはいえ個人の持ち物ですからな。どこまで出来るかわかりませんが一応市長に話してみます」
大田は立ち上がって時哉と学に別れの挨拶をすると事務所を後にした。
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