第3話 魔界突入! ③
『エイエイオー』で仕切りなおして士気も高まったところで、俺達は階段を降りるべく屋上を後にした。
武藤さんを先頭に階段を降りる。武藤さんに続くのはミエラ。
主戦級がこの二人なのだから、俺はその後に続く。
レディーファーストを貫いて市ノ瀬を先に行かせなかったのは、放っておく危険な香りがしたからだ。
魔物やなんかに感動して我を忘れてミーハー心を発揮して、飛びつきかねない。というデンジャラス展開への抑制。
エルーシュはというと、戦闘行為の全てを俺達に一任した、つまりは後のことは任せたと言わんばかりに最後尾をついて来る。
死亡遊戯……なんて連想をしてしまったからだろうか。
校舎の4階の廊下で俺達を待ち構えていたのは、拳法着に身を包んだ大男だった。
「あれが第一の刺客なのか!?」
と、大げさに驚くミエラを見ながら、俺は大きな違和感を感じていた。
それを迷わず口にする。
「なあ? これって……」
そう、そうなのだ。
わざわざ階段を一階分だけ降りて廊下の様子を伺い、そこで第一の刺客たる拳法家を目にしたわけだが……。
「ほんまやな。あいつ無視して階段下りてってもええんちゃうん?」
俺の意図に気付いた市ノ瀬が同意を示す。
が、無視された。
「ここは、あたしが引き受けた。
マリア=ファシリア達は先に行け!!」
ミエラが、臆面もなくそんな台詞を口にする。
それならそれでいいのだが、単純計算で刺客はあと3人残っているはずだ。
じゃあ、残りも同じ方法で、順に一人ずつ脱落――あるいは刺客の足止め?――していったとして、次にその役を担うのは……。
「うちは無理やで! まだ魔法かて習ってへんし!」
本人の主張を最大限に考慮してミエラを残して三階に向う階段で市ノ瀬が泣きそうな声をあげた。
「わかる、わかるぜ、その気持ち。
俺だって、無理だ」
「ええ、わかってるわ。市ノ瀬さんはともかく、石神くんもわたしに魔力を提供してくれるだけでいい。
次の階の刺客はわたしが」
と武藤さんがその役目を買って出てくれた。
時間がそれほどないという前提の元、少しでも早く先に進みたい。
4階の敵をミエラが倒すのと同時進行で3階の敵を武藤さんが倒す。
その頃には、ミエラは戦いを終えて追いついてくるはずだ。
2階の敵はミエラが再び相手をして、その隙に武藤さんが1階の敵を倒すという自転車操業的な進軍が試みられているということを知った。
バトル漫画のセオリーを無視する斬新な作戦。
強敵っぽい奴らに力を合わせて立ち向かうのではなく、ひとりずつ順番に戦っていく。しかも同時進行。
ここ――最終決戦――に至るまでに戦う力を持つ仲間を増やせなかったことをひどく後悔する。
せめて後二人ぐらいは戦力として勘定できる奴に出会っておくべきだった。
こんなことなら、この学園の設定をごく普通のありふれたものから魔物的なものと戦う養成機関にでもしておいてくれたら良かったものを……。
と嘆いても仕方ない。無い袖触れぬ。ノースリーブ・ノーシェイク。
で、武藤さんを三階に置き去りにして、俺達は二階を目指しても――それどころか一階や体育館――良かったのだが、それでは物語が盛り上がらない。
俺の視点でことの顛末が語られている以上、ミエラと拳法家との戦いを描写しないというのはともかくとして、メインヒロインの武藤さんの戦いを、
――俺達と無事に合流を果たせた武藤さんだったが、その制服はボロボロ
――表情にも疲れが見え、激戦の後を物語っている
――「お待たせ、手間取っちゃったけど、まだいけるわ」
――武藤さんは、三階の刺客との激闘で失った力を、隠すように力なく笑った
とかいう合流シーンで終わらせてしまうのはさすがにできない。
それ以前に、武藤さんには俺の魔力が必要なのだろう。
三階の廊下へ顔を出す前に首輪で繋がれた。
「やっぱりそうなるの?」
「だって、戦うんだったら魔力は絶対必要だもの」
武藤さんに当然のごとく言い返された。
なっとく。
「じゃあ、うちはここで応援してるから」
と、あくまで観戦希望の市ノ瀬と案内はするが――といっても、空間的には通いなれた学校と同じなので大して案内の必要もないのだが――我関せずのエルーシュを置いて、武藤さんと俺は、三階の廊下に歩み出た。
なるほど……。
どうやらイーアルカンフーモードは健在であるらしい。
順番はめちゃめちゃだが……。
どうにもこうにも最強っぽい刺客の姿が目に入る。
人型をしているが、魔物の一種なのだろう。
衣服から唯一出た顔は真っ黒で、影がそのまま実体化したような……としか表現しようがない。艶や質感を感じさせないすべての光を飲みこむ正に影。
それは、ミエラが今戦っているはずの四階の拳法家と同じである。
だが、決定的に、武藤さんの劣勢を暗示するかのように、不吉な色を放つ、この刺客の纏っている衣装。
『つなぎ』である。
『イエロー』である。
『脇に黒いライン』が入っている。
巷ではその名を冠したスーツとも呼ばれるあれである。
三階にして最強の刺客というなんとも理不尽な香りが立ち込める。
古い映画やアクションスターの知識を持ち合わせているのかいないのか。
武藤さんはただ、ゆっくりと近づいていく。
黄色い刺客は、小刻みにステップを刻み……。
あろうことか、手で鼻をこする。
まさか、本人の魂が宿っているなんてことはないだろうな……。
こいつは……、ドラゴンとしか呼びようがない。
人間の姿を持ち、竜の要素はまったくないが……、燃えるドラゴンだ。
「気を付けろ! 武藤さん!
そいつの格闘技の腕は、本物だ!!」
思わず俺は叫んだ。
今までの戦いで武藤さんの常人離れした身体能力は身に染みてわかっているつもりだが……。
今度ばかりは相手が悪い。
「できれば! 距離を取って魔法で勝負するんだ!」
「なんや、セコンドみたいやな」
鎖でつながれた俺に市ノ瀬からの冷笑? が浴びせらる。
が、武藤さんは俺の言うことに構いはしない。
「石神君。忠告ありがとう。
でもね、相手の闘い方に合わせるっていうのもまたひとつの!
魔法使いの生き様なのよ!!」
武藤さんが短い呪文を唱えると、いつもの杖ではなく、ヌンチャクを手にしていた。
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