第4話 魔界突入! ④

 武藤さんとドラゴンの死闘が始まった。

 まあ、ドラゴンって言うのは竜じゃなくって俺が勝手にそう呼んでしまっているだけだが、この先もそれで統一するのでよろしくメカドッグ


 武藤さんは杖以外にもいろんな武器を魔法で出せるのなら何もヌンチャクのようなマイナーで――いや、俺の中では神々しいまでの輝きと、不動の地位を誇るのだが――威力も低く、使いづらい武器を選ばなければいいのに……と思わないでもないが、それは武藤さんなりの礼儀作法なのか、血が騒いでいるのか。


 ドラゴンと打ち合う武藤さんはどこか楽しそうだった。

 さすがの武藤さんも、ドラゴンの攻撃を全て躱しきることはできない。

 相手も相手で、武器も持たずに素手というのはいささか理解しがたい。ドラゴンの蹴りやパンチや手刀にはそれ相応の威力と美しさがあるのだが食らった武藤さんを見る限りにおいてはその打撃技も、人間離れした……というほどの破壊力をもっているようにも思えない。

 現状ではそれは、こちらにとって都合がいいことには違いないのだが……。

 青竜刀でも携えて現れられたら、えらいことになっていたはずだから。


 よくわからない展開だ……なんて思ってただ見ていると――武藤さんは今のところ俺からの魔力をそれほど必要としていないらしく、ただ見るぐらいしか俺にできることはなかった。アドバイスしても無視されるし――、


「相手の攻撃に合わせて体を捻ったり、わずかに引いたりしてるんや!

 武藤さんはドラゴンの攻撃の威力をぎりぎりで相殺して最小限のダメージでなんとかこらえてはるんや!」


 とか、


「さすがね。

 魔界の魔物に対してあれだけの攻防をしてみせるなんて。

 見ていても気づかないくらいだけど要所要所で防御魔法を発動してドラゴンの攻撃が致命傷になるのを防いでいるわ」


 と、市ノ瀬とエルーシュからの解説が入った。

 エルーシュが魔法を語るのはよしとしよう。市ノ瀬が格闘技に詳しいというのも、まあありえないことではないだろう。


 お前らなんで、敵の呼称をドラゴンで統一しているんだよ。一言もそんな単語を口にしたことないのに。

 思考回路が俺と一緒?


「で、どうなんだ?

 武藤さんは、このままでドラゴンに勝てそうなのか?」


「難しいでしょうね。

 魔法騎士と一緒。相手は実体を持たないわ。

 武藤さんのヌンチャクはただの打撃用の武器。

 いくら、クリティカルヒットしたとしても、ダメージが与えられるはずはない。

 あれを倒すには、魔法を使うのが手っ取り早い。

 逆に言うとそれ以外の方法はありえない」


 エルーシュが自分自身も理解不能と言った口調で淡々と述べる。


「なんっ! じゃあ、どうしてわざわざそんなバカなことを?」


「そこに、優れた格闘家が居るから……じゃ、あかんの?」


 震える体を両腕で抱え込むようにしながら市ノ瀬がぽつりと呟いた。

 ああ、なるほどね。

 体術には体術を。まあ相手が素手なのに対してヌンチャク使っているけど。

 要は、力比べがしたいっていう少年漫画的なノリってやつか。

 見るものの心すら震わせる、技と技の、意地と意地の、全力と全力の、打算なきぶつかり合い。


 みんながそんなノリが好きなのなら、上の階でミエラがすすんで足止めを買ってでたのも理解できる。

 だが、時間がないんじゃなかったっけ?

 それとも……。




 死闘は続く。今までの敵と違い魔法を封印してヌンチャクのみで戦う武藤さん。

 確かに、その姿は美しい。

 だが、疲れが見え始めているのも事実だった。呼吸が荒い。

 四階で戦っているミエラはまだ降りてこない。四階の刺客も姿を見せないからあっちはあっちでまだ戦っているのか。


 ドラゴンの動きには一向に疲労の影を見いだせない。

 ジリ貧の状況。


「エルーシュの言葉が思い出される。

 あの時、あいつは言った。

 この状況を救えるのは、武藤さんではなく俺の力だと……」


 俺の台詞じゃない。市ノ瀬の口からそんな言葉がこぼれ出た。

 完全なるねつ造。いや、エピソードとしてはあったけど、俺の心の声とは完全に一致していない。


「ちゃうの? ここで本領……隠された力が目覚めるんちゃうの?」


 と冗談めかして問いかける市ノ瀬に、


「んなもん、ねーよ!」


 と短く返す。そんな力……あったらとっくに使っている。

 武藤さんは……、ぼろぼろになりながら、ドラゴンと戦ってるんだ。

 魔法は……使わないのではなく使えない。

 それが、魔界という場所がそうさせるのか、それともドラゴンという相手だから――これまでの敵と同じく通常の魔法が通じないから――なのか。はたまた俺のコンディション的な問題か。

 それはわからないけど……。

 武藤さんは、全力で戦っている。それは間違いない。手加減なんてしていない。

 現に……、どんどんとぼろぼろに傷ついていく。

 服はところどころ破れ。わずかに見える肌には青痣がいくつも浮かんでいる。

 それでも武藤さんは、逃げない。諦めない。

 真摯に、この状況を……乗り越えようと。

 それを愉しむかのように。

 戦いの中に身を置いている。


 俺は……。

 俺は……。

 今まで俺は……。


 何が出来た? 何もできなかった。

 何をしようとした? いくつか武藤さんのためにと体を、頭を動かしたことはあったさ。

 だけど……。

 武藤さんと躱したふたつの約束。


 あんまり離れないで。

 それは、この首輪が、鎖が武藤さんとの絆がそれを護らせてくれる。


 死なないで。

 それは、武藤さん自身が自ら危険に身を置きながら、果たしてくれる。俺を、俺達を護ってくれている。自らが危険を一手に引き受けることで。


 俺は……。

 俺は……。

 今までの俺は……。


 ただ流されるだけ。傍観者。一人では何もできない。

 術を持たない。

 今だってそうだ。武藤さんが、この逆境を跳ね返すそれを信じている。いや願っている。

 そうであってくれと祈っている。


 俺は……。

 俺は……。

 今までも……、これからも……?

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