第15話 新たなる仲間というか野次馬③

「話はまとまりましたか? 魔法使いさん」


 オカ研の女子生徒がミエラの背後に控えるアリマさんに向かって言う。


「魔法使い? なにを馬鹿なことを。なにかの勘違いだろう。で、まずは名前を聞かせてくれないか?」


 自軍ながら、ミエラの率直な強引さ。うまく丸め込もうともせずに、ただ自分のペースに引きずり込む戦略。さすがだ。敵にすると厄介だが、味方にしてもそれほど頼もしいこともない。


市ノ瀬いちのせ……かほり……」

 とオカ研部員。

 ようやくここで肩書きでの描写が終了。以後は市ノ瀬との呼称で統一される。って誰に向けての説明だ?


「なるほど……、では、中を見せてもらっても構わないか?」

 と言いながらも、ずかずかと部室に入ろうとドアに近づいていくミエラ。


 当然、それを遮るようにしながら市ノ瀬は、

「だ、だめ」

 とドアに立ちふさがる。


 が、そこはミエラだ。強引に市ノ瀬の肩口を掴んで押しのける。ノブに手をかけ、一気に扉をあけ放つ。


 さっきもちらりと見えた異様な光景。あるいは、オカルト研究会の日常。日々の儀式の風景。それが再度お目見えする。

 ずかずかと室内に侵入するミエラ。武藤さんも遠慮なく続いた。市ノ瀬も慌てて中に飛び込む。

 仕方なく俺も部屋の中へ。よくよく後から考えると、この時点で帰ってしまっても良かった気もする。


「これはまた……よくもまあ」

 室内を見渡しながら、ミエラが嘆息を漏らす。どこか小馬鹿にしたニュアンスが含まれているのは俺の気のせいではないはず。


 そんなミエラに向かって市ノ瀬は、

「あなたも魔法使いなの? じゃあわかるでしょ? そうよ、ちょっとした召喚用の魔方陣よ。でも実際には上手くいかなくって。ねえどうすればいいの? 教えてよ?」


 魔法使い容疑者が一名増えた。

 そういえば俺はどういった風にみられているのだろう。魔法使いの一員なのか、関係者なのか、数合わせ、あるいは用心棒的存在なのか? それにしても、おどろおどろしい光景は、まさにスピリチュアル、ほんとに悪魔なりなんなりが出てきてもおかしくないと思えるほどの本格的仕様。と素人目には思える。


「なあ、これって例の魔門とかと関係あるのか? こいつが……?」


 俺は市ノ瀬に聞こえないように小声で武藤さんに尋ねた。


「ううん、でたらめもいいところ。これじゃあ魔物どころか小悪魔一匹だって呼び出せないわ。でも魔力場を不安定にする効力があるのは確か。それで妙な気配……つまりは魔力の反応が出たんだと思う」

 と武藤さんは、市ノ瀬にも聞こえる声で堂々と言う。ああ、台無しだ。


「やっぱり! 見たんだから。あなたが、犬の顔とライオンの顔を持った化け物と戦っているところ。あるんでしょ? 魔法って! じゃあこの魔方陣のどこがダメなの? 教えてよ!」


 ああ、残念。見られていたらしい。あの出鱈目な戦いの一部なのか一部始終を。であれば、武藤さんは今後、魔法少女として語り継がれるであろう。この市ノ瀬とかいう少女の口を封じない限りは。


「やっぱり、見られてたんじゃないか!」


 怒りを通り越して、二周も三周もして、もはや諦めた感のあるミエラ。


「でも、あの時は……その、魔空間での出来事だったんじゃないのか? 目撃者がいるなんておかしいんだろ?」


 こうなりゃ仕方ない。俺もオープンに思った疑問をミエラと、武藤さんにぶちまける。


「この魔方陣のせいだな……」


 というミエラの言葉を武藤さんが引き継ぐ。


「そうね……。不安定だけど、不安定だからこそ魔空間と現実世界の境界をあいまいにするくらいの力はありそうね」


 それを聞き流しながら、窓辺に近づき、窓の外の景色を見やるミエラ。その窓からだと、武藤さんが魔物と戦った場所が見えるだろう。つまりはそういうことか。どこで仕入れた知識なのか知らないが、適当に書いた魔法陣がまかり間違って魔空間との接点を生み出した。


 ミエラは、戻って市ノ瀬に向き直り、

「仕方がないな。で、ものは相談なのだが、お前が見たこと、聞いたことをすべてきれいさっぱり忘れてくれないか? それから、こういった魔方陣は今後作らないこと。約束しろ」

 一方的で高飛車なミエラの物言いに市ノ瀬は一瞬黙り込んでいたが、反撃の糸口を見つけたらしい。


「いいわよ。内緒にするくらい。でも、その代り……わたしにも魔法を教えて! それが条件! そうでなかったら見たこと全部いいふらすから」


「ちょ、それは困る」


 誰が一番困るのか。ミエラなのか、武藤さんなのか。順当に考えれば、武藤さんとミエラが等価でちょい下に俺がランクされるのだろうが、一番に反応してしまった。

 従者というか下僕であり、さらにはマジカルアイテム。ミラクルステッキと成り果てる定めの俺。悲しすぎる。そんな情報をのべつまくなく広められるわけにはいかない。


「そうか……。それはどうだ? マリア=ファシリア? この娘の言うとおり、あんたが魔法を教えてやるというは?」

 ぽいっと丸投げしたミエラ。

 それに対して武藤さんは、

「ええっ! そんなの困るわ。大体わたしだってまだ修行中の身だし、そんな余裕ないわよ」

「じゃあ、言いふらす」

 と市ノ瀬はおどしをかけてくる。


「なあ、ミエラ? 魔法かなんかで記憶を消すことってできないのか?」


 ああ、ついにやってしまった。魔法使いの従者として、従者である身分を自分自身で疑問視しているものが一番やってはいけないこと。

 それは魔法にすがること。これで、俺も魔法使いの片棒担ぎの一員さ。とっくにそうなっている気もするが。


 で、ミエラはあっけないほど淡々と、


「そんな便利な魔法などない!」


 とバッサリ切り捨ててくれた。いや、待て、そうなのか?

 俺の体を自分の意思とは無縁の支配下におけるほど便利なもんだろう? 魔法ってやつは。それなのに記憶の操作ひとつできないとは……。万能ではないのだな。

 しかし、我らが武藤さん、そんなミエラに向かって、反論を。


「できないことないじゃない。そりゃあ、ひとつ間違えたら廃人同然になっちゃったり、日々物忘れがひどくなったり、副作用はたくさんあるけど。この市ノ瀬さんからわたしに関することを消すくらいわけないわ」

 俺の聞き間違いでなかったら、武藤さんは恐ろしいことをさらりと言ってのけたことになるのだろう。

 それは俺だけの聞き間違え、誤解混じりの解釈ではなかったようで、市ノ瀬の表情に怯えが浮かび始めた。


「なによ! 脅そうったって、そうはいかないから。わたしは魔法使いになりたいの! そのためにはちゃんとした魔法使いの指導を受けなくっちゃだめだってわかったんだから。こんな適当な本じゃなくって」


 そうか、図書館やその辺の書店で扱っているかどうかはともかく、探せばあるんだな。そういった類の本。魔道書。

 市ノ瀬の視線の先、机の上に無造作に置かれた一冊の本はISBNコードも付与されていないだろう。年季の入った古びた一冊だ。

 どこで手にいれたんだ? 今日に無くは無い。俺だって自分で魔法が使えたら、少しは武藤さんの巻き添えやミエラの自分勝手に付き合う際の被害が少なくて済むかもしれない。まあ今のところ、致命傷には至らず、のらりくらりと従者をやっつけているが。


 いや、だめなんだろうな。この本の通りにしても正確な魔法が使えるってわけではない。誰かのでっちあげがたまたま魔道の本質に近かった。あるいは、本来は本式の魔法の使い方の本があったのが、徐々に劣化コピーしてその力を失っていったとかって話だろう。一介の女子高生が手に入れられる本に期待するのは間違っている。結局は、武藤さんなり、ミエラなり、あるいはその師匠や横の関係から魔法使いを連れてきて習うしかないのか。


「仕方がないな……。初歩でよければ。あたしが教えてやる」


 ミエラは達観しているのか、その場しのぎなのか。選択肢その一、廃人のリスクを背負わせて記憶消去という案を除去し、魔法の手ほどきをすることに決意したようだ。


「ほんと? ねえ、じゃあ魔法でかまいたち作ったり、ゴーレムを召喚したりできるようになる?」


 市ノ瀬の目はらんらんと輝いている。こいつは何を望んでいるんだ? でもってどうしようってんだ。それこそ悪用しかねないんじゃ?


「そういうのは、まあ……できなくもないが。まずは初歩からだな。地水火風の四元素。まずはそれらの初歩的な魔術を学び、適性を見極めることから始める必要がある。いっておくが、半端なく厳しいぞ。何年かかっても習得できないこともある」

 と、真面目な表情で語りかけるミエラ。一応真剣に考えてやってるんじゃん。


「そうよね。ミーちゃん、修行の時とかしょっちゅう泣いてたもんね」


 武藤さんの茶々が入った。ミエラの意外な側面。そういえば、この二人、古めかしい言い方をすれば竹馬の友ということになるのか。


「大丈夫! やるからには、全力をかけて取り組む。大いなる野望のために!」


 おいおい、こんな奴に魔法教えて大丈夫か? せめて、その野望ってやらを聞いておかないと、あとで監督責任問われたりせんだろうか……。


 と俺の不安が伝わったのか、ミエラが俺にだけ聞こえる声で、

「心配するな。適当な理由をつけて、まともに魔法なんて教えないつもりだ。部外者に簡単に教えるわけにはいかないからな」

 とその胸のうちを明かしてくれた。


 なら、安心だが、少し可哀そうではあるな。市ノ瀬。こんなにテンションがあがりきっているのに。

「じゃあ、まず手始めに、あなたたちオカルト研究会に入会してちょうだい」

「………………」

 これは俺たち三人分のあっけにとられた沈黙を表す。


「実はね…………」


 別に声を潜める内容でもないのだが、市ノ瀬は、ずいぶんと勿体つけた話し方で続ける。


「一応、他に二年生の、部員がいるんだけど、幽霊部員なのよ。ちゃうちゃう、幽霊ってのは比喩、たとえやで。あなたたちみたいに本当に魔法使いとかそんな意味での真なる幽霊とはちゃうからな。部室に顔をださへんのや。その二年は。だから、実質的にも、本質的にも、うちが部長代わりになってるんやけども、困ったことに、一学期中にあと三人の部員が集まらへんかったら、廃部になってしまうんや」


 おっとー、俺の知らないところで学園ノベルにありがちな、部員不足で廃部の危機フラグがおっ立っていたとは……。

 それはそうとして、なんだ市ノ瀬。突然関西弁をしゃべり始めたように聞こえるのは気のせいか?


 いや、武藤さん、ミエラの不思議そうなものを見る表情からすると、会話の内容もさることながら、市ノ瀬の突然のキャラクターチェンジが、徐々に行われ、無個性な一生徒から、関西女へと変貌しているのは確かであろう。


「ほんでやな~」


 こちらのいろいろな心の中での突っ込みやら引っ掛かりやら、戸惑いを無視して市ノ瀬はしゃべり続ける。


「あんたら、ちょうど三人やん。オカルト研究会に所属してくれたら、うちもハッピー。部は存続するし、どうせ、うちに魔法を教えるんやったら毎日顔をあわさなあかんやろ? 忘れてへんやろ? 約束。さっき取り交わしたとこやで。そうや、なんやったら、これを機にオカルト研究会やめて、魔導研究会にでも改名してもええかもな。そやねん、うち、魔法使いが無理やったら、霊能力者か超能力者になろうおもとっってんけど、もう、こうなったら魔法一直線でいけるわな。ほんまありがたいわぁ。堪忍してや。感謝、感謝やで」


 だめだ……。

 相手が悪い。相手のペースにのまれてしまった。善良ななんの力もない俺はともかく……。武藤さんもまあ、性格は至って普通というか、その本性はまだ表されていないだけなのかもしれないが、魔法使いであることを除けばどこかにいそうではある人格だ。


 でもって、わが道をわがままにゴリ走る、ミエラ=グリュなんとかは、それはそれで、大した個性の持ち主で、俺を”しもべ”として、なんだかいろいろ悪いことは考えているかもしれないが、基本は、魔法使いの連盟とかの指示を受けて活動するいわば飼いならされた魔法使いだ。いや、勝手な想像だが。


 ちょっと探ってみれば、連盟の幹部が2~300の愚痴やら、文句をミエラに対して浴びせかけるぐらい、手におえていない可能性も多々あるが。

 まあ、そんな厄介もののミエラを黙らせるんだから、市ノ瀬のそのマシンガントークの威力たるや……。

 早口が関西人の特技なのか、市ノ瀬個人の特性なのか。


 とにもかくにも、このまま3人で仲良く、未来の魔法研究会なんだか魔導探訪会なんだかに、収まってしまいそうな、そんな雰囲気の中。


「ほんならこんな、まやかし本はおさらばやな」


 と、市ノ瀬が机の上から魔道書を取り上げる。その拍子に、一枚の紙片が床に舞い落ちた。ひらひらと。何故だかスローモーション。ドアップ。カメラアングルにも優遇されてやがる。

 ということは、この紙切れ。見逃すべきものではないらしい。

 同じ気配を抱いたのか、はたまた別ルートからの到着か、ミエラが素早くその紙切れを拾い上げた。


「これは?」

「ああ、それな。本に挟まっとってん。おかしいんやけどな。もう何遍も読んでるんやけど気づかんかった。それを見つけたんが昨日や。で、書いたあるやろ? 補足ちゅうか改善事項が。で、その通りにやってみてんけど……うまくいかんわな。結局それも出鱈目やったちゅううことや」

 市ノ瀬は、もはや本にも、その紙切れにも興味を失ってしまったようだ。無理もない。本物魔法使いが目の前に二人もいるのだ。垂涎だ。実際にはよだれなんて垂らしていないが、表情からうかがえる。


「これを見てみろ、マリア=ファシリア」

 ミエラが、その紙片を武藤さんへと渡す。

 受け取った武藤さんの顔色が変わる。


「こ、これって……」

「そうだ。我々の術式とは異なるが、明らかに魔空間への干渉を目的とした文様が示されている」

「どういうことだ?」

「なんやの?」

 俺と市ノ瀬の疑問は無視され、ミエラから市ノ瀬へ質問が飛ぶ。

「これはどこで手に入れた!?」

「せやから、本に挟まっとったって……。で、なんや? 本物なんか? それ……」

「本物か偽物かで言うと、間違いなく本物ね。ただし、魔法使いに縁のあるものじゃないわ。どちらかというと魔界そのもの、悪魔の手法」

「それって、例の魔門を開こうとしている奴と関係あるのか?」

「そうかもしれないな……」

 俺の疑問にミエラが表情を曇らせる。さらに、

「その本はどうしていた?」

「どうって?」

「常に持ち歩いていたか? 目の届かぬところにやった覚えはないか?」

「ああ、それやったら、この部室に置きっぱなしや」


 となると、誰かがこっそり侵入して、メモを挟み、それに興味を示した市ノ瀬を誘導することは可能なのだろう。まだ見ぬ誰か。あるいは、あの教育実習生の姿を借りた悪魔。エルーシュ。そういえばそのことについて話をするのをすっかり忘れていた。


 ミエラは目撃していないから、仕方がないとして、武藤さんは気づいていて放置しているのか、そもそも気づいていないなんてことがあるのだろうか?

「まあ、悪魔が相手だとすれば、鍵もドアもあってないようなもんだからな……」

 ミエラが呟く。

 エルーシュのことを切り出すなら今かも知れない。市ノ瀬が居るっていうのがちょっとお邪魔な気もするが。


 と、そんな雰囲気の中。

 あれが襲ってきた。味わったものにしか表現できない居心地の悪さ。

 宇宙酔いや、深海酔いにも似た、体がふわふわして、少々気分が悪くなるあの感じ。 間違いない。摩空間だ。宇宙にも深海にも行ったことはないけどな。

 誰かが魔門を開こうとしている。わかってしまう。門前の小僧なんとやらだ。

 そして、また、化け物が登場するのだろう……。武藤さん、あるいはミエラによって成敗されるそのために。

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