第14話 新たなる仲間というか野次馬②
帰り支度をして、武藤さんを呼び出して、相談を持ちかけようか、どうしようか考えながら、あいまいな態度を保留したまま惰性で教室を出ようとする俺を厄介ごとが待ち構えていた。
「ちょっと! どこへ行くのだ!」
袖口を引っ張られて、その勢いでつんのめりそうなりながら振り返る。
そこにはミエラの仏頂面があった。相変わらずのメガネのせいで瞳は見通せない。
「付き合って貰おうか、ファシリアの下僕よ」
……。なんとなく自覚はあったけどね。従者って絶対に得な役回りではないと。それが確信に変わった瞬間がたった今だ。所詮、魔法使いの世間では従者など犬猫程度の扱いなんだろうと。
「なんなんだ、え、え~っと」
はて? と思い返す。俺はまだこいつの名前を呼んだことが無いかもしれない。ミエラ=グリューワルト。名前は知っている。どっちがファーストネームだ? そんでもって、一クラスメイトである俺は、どう呼ぶべきなんだ? 武藤さんみたいにミーちゃんなんて呼べる間柄でもないし……。
「ミエラでいい」
その辺りはフランクだ。人を畜生以下の呼称で呼び止めたくせに。
メガネに隠されてはいるが、大まけにおまけしたら武藤さんとためをはるほどの美貌を兼ね備えと表現しても差しさわりなく、ついでに言えば、スタイルよし、金髪の白人女生徒という稀有なプロフィールをもち、それらすべてのプラス属性をあえての瓶底メガネで上塗りした、推定自己中、ゴーイングマイウェイ女。
さらに言えば、俺の前に現れた、二人目――エルーシュは悪魔なので置いておく――にしてオンリーツーの魔法使いという一般常識から大幅にはみだしたミエラが俺になんのようなんだ?
というのを、オブラートに包んだあげく、プチプチで梱包した台詞が俺の口からでた。
「なんなんだ?」
必要最小限。敵意をみせず、過不足なし。これが俺の処世術だ。
ミエラは不自然に笑いながら、
「調査だ、調査。あたしの仕事だからな。連盟のため、ひいては世界のため」
おっしゃることは崇高だ。
「で、どうして俺が付き合わなけりゃならねぇ」
「言っただろう。世界の秩序を保つためだ。つべこべ言わずに黙ってついてこい!」
だめだ。答えにもなんにもなっちゃいない。マイペース、オウンペース。俺に取れる選択肢はふたつ。従うか、拒むか。九十九パーセント後者を選ぶほうが、あとくされも面倒もなく、すっきりと幸せな気分で眠りにつけることは確定的だ。選択を誤ると永遠の眠りにもつきかねない。
だが、気が付くと俺はミエラの後を追って歩いていた。自分の意思とは関係なしに。不可解な事象だが、思い当る節がないわけではない。
「ちょ、これどうなんてんだ、お前の仕業か?」
「悪く思うな。お前のようなものでも、役に立つことはある。あたしが役に立ててやろうというのだ。石神とかいったな。まあ、ものは試しだ。マリア=ファシリアが良いか、あたしが良いか、試してみるのもよかろうて」
『よかろうて』なんて言葉づかいを、女子高生の口からきくとは思わなかった。こいつはどんな日本語教育を受けてきたんだ? と思いつつ、わずかではあるが、クラスの女子とミエラが話している様を思い浮かべると……普段は猫かぶってるってわけか……。
そうする間も、俺は、先行するミエラの背後、奥ゆかしい日本人女性が歩くような二、三歩さがった位置をキープしながらの行進。もはや、状況の打破をあきらめかけたその時だ。不意に体のコントロールが自由になる。あやうく躓いてこけそうになった。ゼロミリメートルの段差で。
「ちょっと、なにしてんの? どこ行くのよ? ミーちゃん!」
武藤さんだ。
「邪魔をするな、マリア=ファシリア。わずかではあるが、魔力を検知した。お前も気づいているだろう。それが魔門を開こうとするものへ繋がる道筋なのかはわからないが。とりあえず怪しむべきものは、全て調査して明らかにする。それがあたしの主義だ。これから、この従者を連れて確認へ行く」
武藤さんは、それを聞いてふと考え込むような仕草をしながら、
「……魔力。たしかに気にはなったけど、あれって……。そんなたいした反応じゃなかったし……。何かを隠しているわけでもなかったし……。あんな程度で魔門どころか、伝送路だって反応しないぐらいの……」
「だから、それを確かめに行くのだ」
「でもって、なんで石神君を連れていくのよ! それも魔法なんかで無理やり!」
そうだ、そうだ。もっと言ってくれ。やっぱりさっきのは魔法の力かよ。俺の意思とは関係なく体が動くってのは末恐ろしいな。武藤さんが無効化してくれたんだろうか。他にどんなことができるんだ? 怖すぎる妄想が広がる。逆に俺が魔法を使える立場なら……、うれしすぎる妄想が湧き出ては止まらないのだが。
「なぜって、便利そうだからだ。何かとな。あんたこそ何故そんなことを聞く? お前の従者だからか?」
「それもあるけど……」
それとあとなにがあったのかはわからないまま武藤さんの決断。
「わかった。わたしも行くわ!」
ちゃららら~ちゃらら~。ファンファーレが鳴り響き、パーティにメンバが追加された。もちろん俺の頭の中で。なんて喜んでいる場合でもない。
確かにミエラと二人でわけのわからん調査、しかも魔法だのなんだのが絡んでいるものに関わるのはまっぴらごめんだ。
が、武藤さんが一緒にきたところで、結局俺の身柄は拘束されたまま。根本解決には至っていない。やっぱりさっさと辞めるか……従者の身分。
「連盟から距離を置いたあんたが何故? やはり気になるのか? それともこの従者、よっぽどお気に入りなのかな」
ミエラは、俺の顔を覗き込む。こっちからはミエラの表情、特に視線をうかがい知ることはできない。分厚いメガネのレンズのせいで。向こうからは俺の瞳がはっきりと見えているんだろう。あまり気分のいいものでもない。
とにかく、そんなこんなで、ミエラが先頭で戦士の位置を陣取り、その後ろに武藤さん。そして最後尾が俺――ロールプレイングゲームでいえば、防御力の弱い魔法使いの一なのだが――という隊列が出来上がった。
ざくざくとミエラに続いて一団は進む。
どこを目指してるのかって? 俺は知らん。武藤さんはおそらく知っているのだろうが。
あの灰色の魔空間に巻き込まれた時などは、明らかに気配が違っていたのですぐに気づいたが、今回のケースでは俺ごときが認識できないレベルで何事かが起こっているのだろう。実際、さっきミエラに魔法をかけられたようだったが、体が自由にならない以外の妙な雰囲気は感じなかったしな。
俺たちの教室のある校舎とは中庭を挟んで反対側。職員棟兼雑多な特別教室がある校舎。その真横にあるプレハブ小屋にたどり着いたところでミエラの足が止まった。
どうやら目的地はここらしい。
学校にポツンと建つプレハブ。奇妙と言えば奇妙だが、この小屋の由来については聞いたことがある。ベビーブームだの第何次だの影響で生徒数がパンパンに膨れ上がった時代があったらしい。その時、教室数を確保するために、臨時で建てられた……はずだ。その時はどういった目的で利用していたのかまでは知らないが。
それが、今も残り、折角なのでなんらかの目的で使われているらしい。なんらかってなんなのか? については、目の前に来てなんとなくわかった。扉の横に、木製の古めかしい看板がかかっている。
『オカルト研究会』
要するに部活だ。サブカルチャーも甚だしい、文化部の一室として利用されているということか。それとも、看板に偽りありで、実際はもうオカルト研究会なんていうものは存在しないのか……まではわからないが。
「ここだね」
ミエラはノックもせずにいきなりドアノブに手をかける。そして容赦なく開け放つ。
「誰!?」
室内から厳しい声が飛んだ。若い女の声だ。
割って入ったのは武藤さんだ。ミエラに任せているとまとまる話もまとまらないと察してのことだろう。深く納得。
「ちょっと……聞きたいことがあるんですけど……」
「待って! 入らないで。そっちに行くから!」
その返答の数秒後には中から女子生徒が出てきた。中を見られたくないのか、出てくるなり後ろででドアを閉める。
が、好奇心から少し中を伺ってしまった俺には、異様な光景が見えてしまっていた。
見慣れた……わけではないが、ここ数日で耐性がついてしまった不思議な文様。さすがに光り輝いてはいなかったが、床一面を覆い尽くすその光景は異様だ。さらには閉め切ったカーテン。燭台に灯された蝋燭。
いうまでもなく、怪しすぎる光景だ。とはいえ、看板がオカルト研究会なのであれば、正当なる部活動、研究活動にまさに従事、励んでいるととらえてよいのか?
なんちゃって研究家ではなく三人目の魔法使いなんていうのは願い下げだが……。
出てきたのは、一見すると気弱そうな……一年生だ。クラスは別だが、見たことがあるような無いような……。とにかく履いているスリッパの色から学年が判別される。
ショートカットの飾り気のない髪型。どことなく自信なさげな表情をしているが、目力というかその眼力には、攻撃的な、芯の強い意志が現れているようないないような。
まあ、女子という点を差し引いてみれば、オカルト研究会会員として、ある程度の模範的外見を満たしているともいえよう。
笑うとそれはそれで可愛らしい笑顔になりそうな気もするが。
「あなた……!」
出てくるなり、オカ研部員――勝手に略し、勝手に決めつけてしまっているが――の少女は武藤さんの顔をみて固まった。
少女から飛び出た二の句が素敵だ。恐ろしいまでに事態の混乱を招く予兆。
「魔法使いなんでしょ?」
「なんで知ってるの?」と武藤さんは言いたかったようだが、言葉にする直前に口をふさがれ未遂に終わる。気を利かしたミエラが、寸前で食い止めたのだった。
さらにミエラは、武藤さんを引きずってプレハブ小屋から遠のいた。
「ちょっと待っててくれ」と、部員であろう少女に言い残し。
見ず知らずの人間と一対一で、しかも俺からすれば何の用もないという状況で、間が持つわけもないと、賢明な判断を下した俺も、ミエラと武藤さんとともに、プレハブ小屋から距離を取った。
出てきた少女には、話が漏れないぐらいのちょうどいい距離、安全地帯へ。
「もう! なんなのよいきなり!」
武藤さんはご立腹の様子だ。
それに対してミエラは、
「馬鹿かあんたは。まさか魔法使いであることをオープンにしてるのではないだろうな? 従者がいるというのもおかしな話だとは思ってはいたが……」
「そりゃあ、内緒にしてるわよ……、石神君は特別……あ、そっか、いっちゃあまずいのか……」
内緒、内緒、内緒の話。だが、ついうっかり漏らしてしまいそうだったことが判明した。で、なんで俺だけ例外なのかはよくわからんが。
「んっとに、昔からどこか抜けている。変わってないな……」
旧来の知り合いあるいは親友であろうミエラがうんざりとした表情でため息。
「ごめん……」
それについては、武藤さんも自覚したようで、あっさりと引き下がった。
「で……だ。ここで魔力を検知した。たまたま出てきた女子生徒が、あんたを魔法使いだと言いだした。それについて心当たりは?」
「う~ん、そんなこと言われても……、学校では魔法は極力使わないようにしているし……」
「あたしの任務のこともあるんだぞ。魔門を開いているという人物を特定する必要がある。そのためには、こちらの素性は知られていないほうが、なにかと都合がいい。わかるな? マリア=ファシリア。ほんとうに心当たりはないのか?」
俺も武藤さんとの思い出を思い出す。
従者契約を結んだ時……二人きりだった。場所は屋上だ。目撃者のいる余地がない。屋上まで道のりでも途中でミエラの姿をみただけだ。おそらくあれも魔法で、俺の行動を第三者にみられないように措置していたのだろう。
そして、一体目の悪魔との戦い。場所こそグランドのど真ん中だったが、魔空間とやらの作用で現実空間とは隔離された、いわば別世界だったはず。
さらに、ミエラとの魔法勝負。あれは、このプレハブの目の前、とはいえ、一応は誰も来ないように配慮していたということを聞いている。それに、魔法使いとして名指しされたのは武藤さんで、ミエラではない。
ということは、俺の知らないところで武藤さんは魔法を使いそれを目撃されたということか? あるいは学校外で……。
「わかんない。でも、誰かに見られるようなところでは……魔法は使ってないはず」
と武藤さんはきっぱりと。
「であれば、誤魔化しようもあるだろうが……。いいか、あくまでしらを切りとおせよ。それで向こうが納得するかはともかく、こちらとしては知らないで押し通すんだ。わかったか?」
とミエラのとりまとめで秘密会議終了。
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