第16話 魔法騎士①
「これって……」
俺は武藤さんに向けすがるような目をしていたのだろう。
「ええ、魔空間ね。この感じだとまた学校全体を覆っているわ。大丈夫。私とミーちゃんで対処するから。石神君はついてきてくれるだけでいいい」
そうはいっても、俺はやはり電池――つまりは武藤さんんへの魔力供給源として追従しないといけないのか。
それはそうと、
「魔空間って、一般の世界とは隔離されているんだろ? 武藤さん達魔法使いがそっちの世界に入れるのはわかったけど、俺とか……この市ノ瀬さん? 魔空間に入ってしまってる……。どうして?」
と思っている疑問を俺はぶつけた。
「おそらく、その魔方陣もどきが悪さをしているんだろう。もしくは、魔空間を作り出した何者かがそれを望んでいるか……だな。つべこべ言っている暇はない。どうせまた厄介な代物が召喚されているだろう。いくぞ!」
ミエラはとっとと部室を飛び出した。
武藤さんも俺を見て軽く頷くと、ミエラの後を追った。ついて来いという意思表示なんだろうな。仕方なく俺も行こうとして、つい市ノ瀬を見てしまった。
「うっひゃ~。魔法使いのバトルはバトル。なあ、またあんときみたいな化けもんがでてくんねやろ? わくわくするわ~。見逃したら損やで! 行くで!」
と、俺を残して駆け出す市ノ瀬。
俺は結局三人の女子を先に送り出し、最後尾をついて走り出した。目的地は知らん。ミエラの走っていく方向に、魔空間の中心だか、召喚された魔物だかがあるんだろう。そんな投げやりな気分でひた走る。
ミエラは、中庭には目もくれず校門前。体育館と後者に挟まれた一角を目指しているようだ。
ちなみに、うちの学校、校門を入ると体育館と教室棟の下足室がすぐに見えるのだが、その間には少々広いスペースが広がっている。
一度目は校庭、二度目は中庭。こんどはこの場所。
どうやら、魔界から呼び出されたなにがしは、律儀にも戦いやすい開けた場所を選んで現れてくれるらしい。
近づくにつれて、俺にも魔物の気配が伝わってくる。どう表現すればよいのだろう。五感を超えたなにか。おそらく魔力を検知する器官が人間にもひっそりと備わっているのだろう。普段は気にもならないが。
その、俺の体の魔力検出装置が作動する。そして鳥肌としてアウトプットされる。
気味が悪いを全身で体感する。
「いた! あいつか!」
先頭のミエラが叫ぶ。
ここからでは、黒い靄が立ち上っているくらいにしか見えないが、その内部、あるいは中心にはまた、見たくもないような姿形の化け物ないし、悪魔的怪物が待ち構えているんだろうな。
それをいっそのこと放置してみたらどうかね?
だめなの?
魔門を開こうとしている輩が武藤さん達――というか、正義の味方っぽい立ち位置の魔法使い全般――に邪魔されないように、魔物を召喚して配置する。
誰も彼もがそれを無視していたら……。魔門が開くことになるのか?
じゃあなんで化け物、つまり門番がやられたら諦めるんだ?
それでも魔門を開けばいいじゃない? そこに門があるんだったら。
それともあれかな? 魔法使いとの直接対決は敵方も避けたいということなのだろうか?
だから、一体倒されたら増援を寄越すのではなく、すごすごと諦めて引き下がるんだろうか?
初めから、一体とはいわず、何体も、二体でも三体でも魔物を用意しとけばよさそうなもんだが。
まあ、それをされると魔物のデザインを考えるのも億劫だし、こういうのって何故か小出しにするよね。敵組織、あるいは個人なのかも知れないが。
いつの時代の悪者だってそうだ。
毎週一体ずつ怪人を送り込み、正義のヒーローにぶつける。
ある意味正々堂々と。ある意味では非効率的に。お約束のパターン。これが破られる時もままあるが、それは劇場版などのとっておき、あるいは何十周年かの記念行事にとっておくべきなのだろう。それか最終回か。
「うわ! ほんまもんの化けもん……と……」
真っ先に口火を切ったのは市ノ瀬だった。
俺たちの目に飛び込んできたのは、二つの人影。市ノ瀬が前に見たような見るからに化け物、魔物を地で行くようなやつとは違う。
でもって、見覚えのある姿がひとつ。
「お揃いでようこそ」
俺たちを迎えたのは、甲冑姿の鎧騎士。無口なのか、だまって微動だにしない。それと相変わらず悩殺スタイルで俺の目を保養させてくれる女悪魔。
エルーシュがそこにいた。
「特別な魔法使いの御嬢さん。それからその従者の変わった少年。石神君だっけ? あとは普通の魔法使いさんの御嬢さんと、オカルト研究会の部員の御嬢さんね」
エルーシュはひとりずつ、俺たちに視線を合わせながら、言い放った。
「お、お前は!」
まっさきに反応したのはミエラだった。
「うふふ。内緒よ。内緒。教育実習生であるのは仮の姿なの」
「やっぱり!」
と、俺の叫びにミエラが反応する。
「やっぱりとはどういうことだ!?」
いや、だからこの人――人と呼びあらわしてよいのかどうか――は、前にも俺と武藤さんの前に現れて、意味深な台詞を吐いて去って行って、でもってその顔は佐倉木先生と一緒で……。といったことを簡潔に説明する。
「マリア=ファシリア! あんた、それを知っていてなんで報告しない!」
ミエラの剣幕は武藤さんへ向かう。
「えっ? そういえば……」
どうやら、全然お気づきではなかったという武藤さん。
「でも、魔界の気配とか全然しなかったし……」
「それはそうだが……」
「なんやの? この人? 教育実習の先生? で、敵? どういうこっちゃ?」
と三者三様の反応を見ながらエルーシュはにこやかに切り出した。
「はーい。そこまで。わたしも忙しいんだから。とりあえずあなたたちの相手はこのモンスターがするから。がんばってね」
と、威厳も恐ろしさもへったくれもない緊張感のない口調でそういうと、飛び立ってしまった。
「ま、待て!」
ミエラがそれを追おうとするが、箒もなしで、空を飛べるわけもなく、エルーシュは空の彼方に消えて見えなくなってしまう。あるいは、どこかからこの戦いを見守っているのか。
後に残されたのは、魔法使い女子二人、従者男子一人、一般女子生徒一人と甲冑に身を包んだ魔物が一体。
がしゃーん、がしゃーんと金属音を響かせながら、ゆっくり歩いてくる。
中身は知らない。入っているのか空っぽなのか。とにかく全身甲冑ずくめの騎士が右手に剣を、左手には盾を持ち、武藤さんとミエラのほうへ近づいていく。
俺と市ノ瀬は後方で待機。さすがに市ノ瀬もあんな悪意の塊みたいな真っ黒い鎧の戦士にやすやすと近づこうとはしない。
形態を取り出して写真を撮ろうなどという不届きな行為に及ぼうとしているが。
「あか~ん。電源がはいらへん? なんでは? さっきまで充電三本あったのに~」
などと嘆いている。
さあ、見物人がそんなことをしている間にも甲冑兵士と武藤さん達の距離は迫る。
鎧武者――というと和風な感じがするが、相手は西洋の甲冑だ――が剣を構えて、ミエラに切りかかろうとするその時。
「稲妻よ!」
ミエラの攻撃魔法。
原理なんてわからないが、天空から稲妻が舞い降りた。剣を振りかざした敵に向かって一直線。
「慈しみの炎よ!」
今度は武藤さんだ。また、いつものようにどこから出したのかわからない杖をもっている。えっと、ピンキーでファンシーなステッキではなく、いかにも魔法使いって感じの木で出来た杖。
その杖の先からは炎が放たれ、鎧の騎士を焼き尽くす。
稲妻と炎のダブル攻撃だ。
これが、通用しないと厄介だけど、そんなに簡単に行くこともないだろうという俺の予想は見事に的中する。
この、甲冑騎士。前の双頭の獣のように対魔法コーティングされた外表面を持っているわけではなさそうだ。
特に文様が浮き出るわけでもない。見た目にはなんの変化もない。だが、稲妻を、灼熱を浴びせられてもなんの効果もなかったようで、そのままミエラに切りかかる。
油断していたのだろう。それとも自分の魔法によほどの自身があったのか。ミエラはとっさに動けずにいた。
間一髪! というところで、武藤さんがミエラを突き飛ばす。ミエラの頭髪の数ミリ先を剣の刃がかすめた。
「こいつ……」
起き上がりながら、ミエラあ怒りをあらわにする。
その時にはすでに武藤さんと騎士は切り結んでいた。
剣を杖で受ける武藤さん。やはりこの人の地力には計り知れないものがある。
前もそうだったが、魔法以外のこともなんでもこなす。格闘、射撃、殺陣。スタントマンにでもなれそうだ。おっと、性別差別と取られかねない。スタントヒューマンと言いなおそう。
「うっ! くっ!」
しかし、明らかに殺傷能力を秘めた剣に対して、セーラー服という生身に近い体で立ち向かう武藤さんに対して、敵は鎧で身を包んでいる。さらに武藤さんが手にしているのはただの棒切れ。
攻撃力は無いにひとしい。だからこそ、武藤さんは無駄に攻撃を試みず、防御に徹している。
「ならば! これでどうだ 聖なる水の清き流れを受けよ!」
ミエラはこれまた、どこからか出てきた小ぶりな杖の先から、前にも見せた水流を浴びせた。そう、ミエラが得意だと豪語する水系統の魔法攻撃。呪文の詠唱時間はたっぷりとあったはずだ。その間武藤さんが時間を稼いでたんだから。
杖の先から怒涛のように流れる水は渦を巻いて、前に見た時よりも格段にスケールアップしている。雷が、炎がだめなら水。そういう相手の弱点を探りながらの戦いもいわばスタンダードだ。俺だってよくやる。いや、ゲームでの話だが。魔法使いの世界でもきっと同じなんだろう。
呪文の効果があったのか、水流に飲み込まれた騎士はそのまま大きく後退する。圧力に押しやられた格好だ。
「はぁ、はぁ……これでどうだ」
ミエラの全身に疲労が漂っているようだ。杖をそのまま文字通り、自分の体重を支える道具として肩で息をしながら、視線だけは自身の放った魔法の効果を確かめるべく前方へ。
「ミーちゃん、そんな無理して……」
武藤さんがミエラを気遣う。肩を貸しそうな勢い。それほどまでにミエラは消耗して見えた。
「あたしの全魔力をぶつけてやった。なあに、一日寝てれば戻るんだ。それでだめなら……。そこの従者の魔力を使ってあれ以上の攻撃を叩き込むだけだな。まあそんな心配は無用だろうが」
そんなミエラの視線の先。そこにはいまだ大量の水に飲み込まれた甲冑騎士の姿。いや姿までは見えない。
水で出来たトルネード。渦は勢いを失うことなく未だに音を立てて渦巻いている。その中心にあの甲冑騎士が囚われているはずだ。今はその力を失い、消え去っていっているのかも知れない。
「でも……。気になるわ。こないだの魔獣は明らかに対魔法処理がなされてたから魔法が利かなかったのはわかるけど……」
武藤さんがミエラに疑問を投げかける。
「おそらく、あの甲冑は魔物の本体ではないのだろう。特別に精製された金属だ。聞いたことがある。魔法の鎧ってやつの存在をな」
「魔法の鎧! なんやそれ! かっこいいやないの」
と、にわかにテンションを高めた市ノ瀬を無視してミエラは続けた。
「本体はおそらくあの鎧の中にいるか……、あの女悪魔が遠隔操作でもしているのだろう」
「魔法の鎧かあ。たしかに、その昔、対魔法使い用に開発されたとか……。でもその技法は現代に伝わってなんじゃななかったっけ? どこかに保管されていた鎧を見つけてそれを操っているってこと? あのさっきの人が?」
「そうでなければ、もう一人、あいつの他に敵がいるってことなんだろう。どちらにせよ、そろそろ結果が出るころだ。浄化の水の力で、鎧自体には効果が無いかも知れないが、本体が中にいるにせよ、コントロール用のデバイスがあるにせよ……。きれいさっぱり、後には抜け殻が転がるだけのはず」
そんなミエラの台詞を聞いて、俺も、ついでにいうと目をらんらんと輝かせっぱなしの市ノ瀬も地面からそり立つようにして流れる水の渦のほうを見た。
確かに徐々に勢いが収まっている。その高さ、三メートル近くはあり、完全に騎士の身長を超えて姿を覆っていたものが、段々低くなってきている。
これで、水が消えた時には、そこには甲冑騎士の鎧だけが転がっているというのが当たりの光景だ。
だが、突然、
「コネクト開始! 制御シーケンスオン! 第一次回線接続! 二次制御ブロック承認!」
武藤さんが叫び始めた。
武藤さんの周囲には、彼女を中心として地面から数センチ浮いたところに光の魔方陣が描かれる。
魔方陣の円周からは上方へ伸びる光のカーテンがせりたち、武藤さんを包む円筒を象った。
「なに? なにが始まるの?」
市ノ瀬に聞かれたが答えようもない。いや、答えたくもない。
これはあれだ。武藤さんと俺との絆。
魔力伝送路の接続の前ふりに違いあるまい。
「最終接続確認、伝送路、オープン、承認!」
最後の一声とともに、武藤さんの左手首に輝く輪っかが装着される。ほぼ同時に俺の首にも光の環がどこからともなく現れ包み、それらふたつがこれまた光の線で結ばれたかと思うと徐々に光が収まっていく。出てきたのはおなじみの鎖。
一丁あがりだ。飼い殺し状態の俺。俺の首から、武藤さんへ魔力が供給される。はずだ。この鎖を通って。原理なんていまだに知らないが、ビジュアル的にはわかりやすい。
「きゃ! なんやそれ? あんたも魔法使いなんか?」
市ノ瀬は興味深々だ。人の気もしらないで。俺は無言を貫いた。もはや、俺にできるのは、魔力を供給し、武藤さんの戦いを見守ることだけだ。
が、今回はそれで終わりではなかった。思いもかけぬ横槍。
「あたしにも、十分な魔力があれば……もう一度!」
と、右手を天高く掲げるミエラ。ミラノの右の手首にも腕輪が装着されている。
そこから湧き出た光がなんとまあ、俺の首に向かって伸びてくる。
それで、さっきと同一シーケンス。俺の首にはひとつの首輪。首輪からは二本の鎖。一本はおなじみの武藤さんの左腕。もう一本が、新たな接続。ミエラの右腕に連結される。
おいおい、俺の飼い主ってばどっちなんだよ。
「ミーちゃん! そんな、従者契約もせずに! 上手くいったとしても石神君への負担が大きすぎるわ!」
武藤さんが、若干状況説明を交えながら叫ぶ。
要するにそういうことだ。ミエラは無茶をやっていて、そのしわ寄せは俺のところに来るらしい。
「かまわん。なによりこいつを始末するのが先決。そのためには魔力が必要!」
そんなことをのたまいながら、ミエラはすっと武藤さんの背後に隠れた。
さあ、甲冑騎士を包んでいた水流はあらかた消え去り、そこには残骸ではなく、すっくと立ちつくす騎士の姿が。恐ろしいことにノーダメージに見える。
その証拠に、再び武藤さん、あるいは対抗でミエラ、大穴で俺、ダークホースで市ノ瀬へ向かって襲い掛かろうとしている。
どうやら、ミエラはまたしても、敵の攻撃を武藤さんに任せて、自分は安全圏から呪文を唱える隙を確保するつもりらしい。
が、人間が出来ているのか、あきらめているのか、武藤さんは文句も言わない。
甲冑騎士は、戦力値の高い魔法使いが二人もいる方向へ狙いを定めた。
つまりは、武藤さんが矢面に立たされる。
武藤さん目がけて剣撃が繰り出される。武藤さんはそれを律儀に受け流す。かわす。突き出した掌から、衝撃波のようなものを繰り出して、剣の軌道を変える。弾き飛ばす。
「魔法が利かないんなら! えいっ!」
半ば、やけなのか、武藤さんは相手の隙を見つけて杖での打撃も試みた。カーンと乾いた音がこだましただけで、なんのダメージも与えられない。
武藤さんはそれを確認すると、数歩下がって一旦距離を置いた。ついでにいうとミエラはとうの昔にもっと離れた場所へ移動している。さらに付け加えると俺と市ノ瀬はそのさらに後方。
まあ『死なない』ことが、俺の至上命題なわけだから、か弱い女の子の陰に隠れて……ってのは恥ずかしいことではあるまい。市ノ瀬なんてほんとに単なる傍観者だ。部室に居残っていたほうがいいくらい。本人は絶対に見たがって、押し込めておけたもんじゃないだろうが。
で、甲冑野郎との距離を取った武藤さんは、短い詠唱のあと、杖を高く振りかざす。するとその杖が青白い光に包まれた。
俺の経験から言うと、おそらくは攻撃補助魔法かなにかで杖を強化したんだろう。完全なる想像だがその後の武藤さんの行動を見ると、あながちはずれでもなかったようで。
完全なるちゃんばらを演じはじめたのだ。
剣技で勝る武藤さんは、相手の剣はすべて受け止め、返す刀――杖なんだがな、本当は――で一撃、二撃と攻撃を繰り出す。
今度は乾いた音はしない。
バシッ、バシッと子気味良い打撃音が響くが、ダメージに関して言えば、そう効果をあげているとも思えない。
甲冑の相手は、ひるむことなく攻撃を続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます