第11話 魔法勝負①
「ねえ、やっぱりやめない?」
武藤さんは気重そうに、ミエラに提案する。
「ルールは、そうだなあんたはどの系統の魔法でも、得意だろ。もちろん、あたしもそうなんだが……、特に水属性に親しみがある。
そういうわけでだ。マリア=ファシリアが魔法で灯した炎をあたしが消せるかどうかっているのでどうだ?」
ミエラ、ガン無視。さらに追い打ち。
「あんたが負けたらその従者はあたしのものになるということ。それから、この勝負にそいつの魔力を使うのは禁止だ。あたしはあたしだけの魔力を、アリマ=ファシリアはアリマ=ファシリアの内包する魔力だけで勝負すること!」
「……」
これは、俺のじゃなくて武藤さんの絶句ね。ちなみに。自分勝手に事を進めるミエラに呆れながらも、どうしようもない可哀そうな武藤さん。
「じゃあいくぞ」
気合を入れたミエラだったが、ルール上、武藤さんが火をつけないことには始まらないことに気づいたらしく……、
「てか、さっさと始めろ!」
自分以外の二人――俺と武藤さん――を置いてけぼりにして、ミエラは虎視眈々と自分の勝利に向けての妄想を繰り広げているのか、妙ににやついているのがメガネ越しにもわかる。口元なんて明らかにほころんでいる。
はてさて、俺の立場としてはどちらが幸せなのだろうか?
当然、今現在の想いとすりゃあ、武藤さんの従者(仮)である俺なのだろう。武藤さんであれば、まだ従者を辞めると言いだしたところで、聞き入れてもらえる可能性は十分か九分、八分は存在する。
一方のミエラ……。考えたくもないような。
おそらく、単に魔力の供給源としての役割だけでなく、炊事や掃除、挙句の果てには下着の洗濯なんていう雑事を押し付けられそうな勢いが渦巻く。……それも悪くはないような……。
ああ見えて、――性格はともかくとして――ミエラもルックスは悪くない。悪くないどころか、メガネさえなければ、かなりの上位にランクされる。妄想開始。
何故だか俺が勝手に抱いたミエラのイメージ。一人暮らし。でもって、俺とミエラの同居生活が始まるのだ。毎朝寝起きの悪いミエラを起こすのが俺の役目。下着姿のあられもないミエラの布団をはぎ、ゆすり起こそうとして「なにエロいことしようとしてんのよ!」とどやかされる俺。
さて、また別の日には、ミエラの入浴中にそれを知らずにバスルームに侵入して、洗面器をぶん投げられながらの退散。あるいは、背中を流すという名誉に預かりという二択。
ああ、華やかなるツンデレの絵巻。ぶんぶんと首を振り、俺はその幻想を振り払う。
なんてったって普通が一番いい。あいだみつおも言ってたはずだ。みんな違ってみんな良い。普通が一番と。
微妙に引用元やら、何もかも間違えながら、それは一旦銀河の片隅に追いやって俺は勝負の行方を分析する。
魔法に関する知識なんてなんぼのもんじゃい! な俺の分析など毛ほどの役にも立たないが――それを言うのは毛に失礼、ああ見えて、体毛というのはそれはそれでそれぞれにいろいろな役に立っていて、便利かつ有益なものだ――まあ、時間つぶしにはもってこい。というか、それ以外に俺のできることは皆無。ぼーっと観戦するか、脳を高速回転しながら勝負を見守るか、ぼちぼち突っ込みを挟みつつ、第三者への配慮も怠らないように努めるか。どちみち選択肢は多くない。
ええっとまずはルールをおさらいしようか。武藤さんが魔法で火を灯す。ミエラ魔法で消す。消せたらミエラ勝利。消さなかったら武藤さん勝利……。
おお、きわめてシンプルって、武藤さんなにかと不利じゃないか?
魔法の火がどんな原理で灯るのか知りませんが、燃やし続けるってのはどうなんだろう? それ相応の魔力が必要になってきませんか? 問題なのはそれ。武藤さんは魔力が少ない。二度とは口に出さないが。
ミエラの魔力がどれほどあるかわからないが、まあ同等として。風が吹けばなんとやら。火を消すには風を吹き付けるという手もあるが、ミエラは宣言していた。得意の水属性の魔法を使うと。水なんかかけたら火って消えるよね。武藤さんが前に戦っていた悪魔にどばっと水をぶっかけている姿を思い出した。
炎の壁! みたいな豪炎、猛炎を使えば、多少の水なんてまさに焼け栗を拾う手のごとく、なんの問題もないのかも知れないが。素直に焼け石に水って言葉を使えばいいのに、ひねくれんぼの俺。
そういえば、ここは何の変哲もない学校の中庭だ。人払いの魔法とやらの影響で人けはまったくない。
空の色は正常。つまりは、魔界云々とは関係なく、単に人の出入りを抑制しただけの空間だ。
つまりは、いくら部外者が来ないからといって、ぼうぼうと大規模な炎を出現させるに適した立地とは思えない。
であれば、周囲を埋め尽くす程のおおげさな炎ではなく、一点にその威力を凝縮させたような高密度の炎を使うのが、武藤さんの戦略か?
「……炎よ!」
と、武藤さんの詠唱と掛け声。俺の予想が的中したかどうかはともかく、武藤さんが出したのはたき火以上、キャンプファイヤー未満の空中で燃え盛る炎。
大火事の心配はしなくて済みそうだ。
「ふふん、そう来たか!」
なにがどうきたのかはわかんないが、ミエラは不敵な笑みを浮かべた。といってもさっきから笑いっぱなしの口元の形がさらに吊り上っただけだが。
そうして、ミエラも何か呪文を詠唱。
「……水!」
ミエラが振り上げた腕のその掌から、大量の水がほとばしる。水はそのまま炎に向かう。だが、その大部分は蒸発して白い水蒸気と化す。
炎の勢いは変わらない。
「面白い。だが、いつまで持つかな?」
ミエラは、再度腕を振り上げ、水を放つ。
これは、あれか? 持久戦ってやつか? 武藤さんの勝利を見届けつつ、さっさと解散させてほしい俺としては、願っても叶ってもいない状況だ。もちろん心底、こころの真芯から、そうであってほしくないという意味の願ってもいないという用法だ。そこんとこよろしく。
炎を出し続けることで、武藤さんは少しずつ消耗していくだろう。と勝手な推測。あながち外れてはいないと思う。つまりはこの勝負。どうあっても武藤さんに不利だ。
いずれ武藤さんの魔力は底をつき、ミエラが関与することなく炎は消えてしまうだろう。ミエラからしたらそれを見越したうえで、ぼちぼちと嫌がらせを続けたり続けなかったりすればよいだけなのだ。よく考えたものである。
と、未来予想図を思い描きながら、絶望的な気分に浸りかけた俺であったが、突如とした寒気を覚えた。
ミエラの悪意がどうとか二人の魔法がどうとかそういうところに由来しない。
……この感じ……。以前に武藤さんが悪魔と戦っていたあの空間に足を踏み入れた時と同じだ。
それに気が付くと同時に空を見上げる。赤紫色のあってはならない異常な光景。
「魔空間!?」
武藤さんが叫んだ。
「なんのつもりだかしらんが、そんな余計な魔力を使って……」
ミエラの言葉を遮るように、
「違う! わたしじゃない。誰かが魔界の門を開いている……」
武藤さんは周囲に目を走らせる。
俺も倣ってみたが、もちろん今はなにも見つからない。
それもそのはず。正体不明の敵。こんなに早々とその姿を現したんじゃ、こっちも張り合いが無い。
出てきてしまったからには、普段どこでどうしているのか? などという疑問の解決策として秘密基地だの、巣窟としている結社の描写などが挿入されてしかるべきであり、まあなんというか面倒だ。
ついでに言うと、魔界の門とやら。表現が一定していない。魔界への扉だったり魔門だったり。いっそのこと正式名称をかっこよくでっち上げてみたら……と後日談ではあるが、武藤さんにそれとなく具申したことがある。
例えばデビルズゲートとかね。が、魔界の魔物が人間界に侵入するために開けるのがデビルズゲートなんだとか。で、人間界から魔物を召還するために開くのがサモンゲート。
今回のように、目的不明、作成者不明の場合は、単に門とか扉というしかないらしい。もちろん、門や扉の具体的な存在があるのではなく、抽象概念としての門ということだが。
とにかく、否応無しに始まった武藤さんとミエラの不毛な魔法対決は、一旦保留という形で匙が投げられた。
新たに出現した共通の敵。敵の敵は味方のごく一般的な法則にしたがって、物語は突如出現してくるモンスター対、武藤さん&ミエラの臨時魔法使い連合軍という図式に発展し、傍観者たる俺は、巻き込まれたくもなく、またその能力も皆無ということで、ひたすら傍観をし続けることになる。
武藤さんへの魔力の供給源という属性を秘めたまま。
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