第10話 ことはそう簡単に運ばないのだが③
「いた~~! マリア=ファシリア!! 逃げようったってそうはいかない!」
話をぶった切るように走り込んできたのは、ミエラなんとかいう、クラスメイトの女子だ。
金髪に、重苦しいメガネというミスマッチな特異でかつ、存在感のない不思議な奴のはずだが……このテンションは……?
「えっと、ミエラさん?」
武藤さんは、ミエラを見て、あっけにとられている。ミエラの大声はここまで届くが、武藤さんは相手に聞こえないくらいの小さな声で、
「えっ、どうして……侵入禁止の結界が破られるなんて……」
と、戸惑いとも驚きとも取れない呟きを放った。
結界……。なんとなく思い当る節があるなぁ。大体、こんな天気のいい日の中庭で、他の生徒の邪魔されずに武藤さんと二人っきりの時間が取れるってことが、普通に考えれば異常だ。
そういえば、屋上に呼び出された時も、誰にも見とがめられなかった。そうだ、あの時もこのミエラとかいう生徒以外には……。
「この野郎!」
ずかずか近づいてきて開口一番の台詞が「この野郎」と来たもんだ。なんだこの眼鏡娘。キャラが濃いじゃないか? 目立たない存在じゃあなかったのかよ!
「どうして……わたしの名前……ファシリアの名を……」
武藤さんの突っ込みどころは一味違っていた。そういえば、俺には名乗ったが、そんな名前他には黙っているだろう。
「あんた! こんなとこで何してるんだ! 結界まで張って! まさか……裏で糸を引いているのはお前じゃないだろうな! それとも……そいつか!?」
いきなり現れてそいつ呼ばわりされた俺だったが、この二人の会話、どこかでかみ合っている。ここは俺ごときが介入すべきではないだろうと、しばらく静観することを決め込んだ。
「こっちゃあ、折角のんびりと高校生活を送ろうと思ったら、いきなり呼び出されて……。あたしの縄張りは他にあったのに、横取りされるし、で、妙な魔法の気配がすると思ったら、その中心にはいつもあんたがいる。
どういうことだ!
ここはあんたが仕切ってるんじゃないのか? マリア=ファシリア!
お前はどっち側なんだ! それにそこのやつからは、魔界の波動がびんびん漂っているぞ! そうか! そいつが黒幕なのか! そうだな!」
断定口調で、ミエラは一気に捲し立てると、さっと飛びのき俺たちから距離を取った。
呆然とそれを見て、リアクション取れないでいる俺と武藤さん。
そこで、ミエラは一旦、考えるようなそぶりを見せた。
「もしかして……? 任務の一環なのか? あたしとあんたの関係もやっぱりばれちゃまずかったか?」
困惑した表情で勢いを失うミエラ。
「関係って……。あなた……ミエラさんってひょっとして……」
いいにくそうにためらいながら武藤さんが核心を突く。
「魔法使い……ですか?」
それを聞いてミエラの顔が真っ赤に染まる。
「マリア=ファシリア! あたしを忘れたっていうのか!」
言いながらミエラはメガネをはずして武藤さんを見つめる。
「み、ミーちゃん!!」
なにかのフラグが立ったかのように、武藤さんが思わず叫んだ。
フラグと言えば、このミエラとかいう女子。分厚いメガネに金髪のロングヘア。欧米の血を引いているとしては、小さ目ではあるが整った鼻筋。これも形の悪くない唇。
昔の漫画でもあるまいに、メガネを取った姿は、ほどほどを通り越して十二分に魅力的でありやがる。しかも、この眼鏡属性の破棄は、美少女への転身を、それだけを図るのではなく、武藤さんとの接点を無理からに引きずり出した。恐ろしい存在が眠っていたようだ。我々のおよび知らないところで。
「なんだ、あんた……ほんとに気づいてなかったのか? このあたしの存在ってそんなもんか?」
しゅんと肩を落とすミエラをフォローするように、
「違うのミーちゃん、だってメガネかけてたし、髪の色も違うし……名前だって……。ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい。そんなわけないのよ。私がミーちゃんのこと気づかないなんて……。でも高校生になっていろいろとしなきゃいけないことがあったから……」
「ふんだ。いいんだいいんだ。どうせあたしなんて、あんたからしたらその程度のもんだろう。言い訳はごめんだ」
どうやら、二人の話を聞くと、以前から面識があったのに武藤さんが、ミエラのことをそれと認識していなかったようだ。今の今まで。
「ごめんなさい。だって……。でも、いろいろあったから。折角正式な魔女になれたのに、使い魔は見つからないし……この学校に門を開けようとしている誰かがいるし……」
「それがそいつじゃあないのか? 魔界のにおい、それほど感じる人間も珍しいぞ」
三度目になるのか? ミエラは俺を指さした。
「だから、これはその時に……魔門から出てきた悪魔を戦うときに……臨時でゲートを開いて魔力を……この人を触媒にして……」
意味のわからない単語の羅列だがなんとなく俺がモノ扱いされているようで、気分が沈んだ。
「そうか、だが、魔界とのコネクションが必要なほどの……。それは興味深い。だが、どうしてお前がいるのに、このあたしに指令が下されたんだ?」
「それは……わたしが、連盟に報告したの。でもわたしは連盟の正式なメンバーじゃないから……」
「なるほど……。ではここは、以後、あたしの縄張りだと思って行動させてもらっていいんだな?」
話がどんどんわからないほうへ転がっていく。
「うん、できればわたしは関わりになりたくない……」
「そうかそうか、マリア=ファシリアが魔界接続を必要とするほどの強敵か! これは楽しみだ! わっはっは!」
ミエラは、俺の控えめでおとなしいクラスメイトというイメージをぶち壊すかのようにずんずんと武藤さんと会話を繰り広げ、結局腰に手をやって豪快に笑い始めた。ほんっとになんなんだこいつは。
「魔界ってなんのことだよ。俺が……魔界と?」
ようやく、話に食いついた俺。
が、ミエラには俺の存在なんてその辺の砂粒くらいの価値しかないのかもしれない。あっさり俺の質問を無視。で、代わりにその存在を武藤さんに問いただす。
「で、そいつはいったいなんなのだ? マリア=ファシリア?」
「もう、前みたいにファーちゃんって呼んでよ。いちいち古式の呼び方しないでいいじゃない? この人は……私の従者になってくれた人……」
いや、了解したわけじゃないけどね……。と、正式に抗議が出来ないでいる俺はほっぽって話は進む。
「従者か……。たしかに使い魔を見つけるのはたやすくはないが……。従者などとは……。あとあと面倒だぞ?」
面倒事に巻き込まれてるんだね俺ってば。やっぱり。
「うん、でも……」
申し訳なく思ってくれているのか、どうなのか定かではないが武藤さんは、表情を曇らせた。
「とにかく、魔門を開けようとしているやつがいるのは確かなようだ。では、あたしがそれを探しだして対処することにしよう。で、ものは相談だが、その従者、あたしに貸さないか? 使いようによっては便利そうだ」
俺の意見などは、はなから無視で、話が進みそうな気配を敏感に感じ取った俺は、
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はまだその……武藤さんとも正式に従者になるって約束したわけでもないし……」
と控えめに自己主張。意見と立場をぶつけてみる。
「そうなの、石神君はまだ、引き受けてくれたわけじゃないから。わたしが勝手に契約を結んでみただけで……。で、事の流れでゲートに利用しちゃったけど……」
武藤さんのフォローも入った。が、このミエラという女にはそうした抗議などたいして意味がなかったようだ。
ミエラは独断と偏見とゴリ押しと自分都合の解釈で、
「そうかそうか、ではその従者。あたしが戴いてもよいわけだな。マリア=ファシリア。勝負だ! 魔法勝負で勝ったほうがその従者の主人になるというのはどうだ! 時は本日放課後、場所はこの場。わたしが人除けの結界を張っておいてやろう。マリア=ファシリアであれば、たやすく侵入できよう。その時にはその、従者を連れてくるのだぞ!」
それだけ言うと、高笑いしながら去って行った。ってかどんだけマイペースなんだよ。
「ごめんね……」
ミエラの去り際を見届けると武藤さんは申し訳なさそうに言った。
「彼女……知り合いだったの?」
と、まずは差しさわりのないジャブを打つ俺。
「うん、一緒にね、魔法使いになるために勉強してたの。こ~んな小さい時から」
武藤さんが指し示す高さを見ると、一歳児ににも満たないのではないかという推定身長だった。
まあ、新生児から修行の道を歩んでいても別におかしいとも思わんが。魔法使いの修行なんてはっきりいって常識人には想像もつかん。
でなんだ、魔界の門とか連盟とか……指令とか……その辺の話がまったくわかんないんですけど?
「あのね、何時の時代も悪い魔法使いっていうのが出てきちゃうの。で、その人が魔界と人間界、この世界を繋ごうをしちゃうのね」
なんかあっさりした説明だが、言っていることは恐ろしい。で、何のために?
「それはいろいろ。人それぞれ。魔族を従えさせて、世界征服を目論む人もいるし……単に面白がって世界を混沌に陥れようとするだけのひととか……興味本位でやっちゃ人とか……」
うをっ、壮大だ。物語の最終章。ファイナルエピソードとしても持ってきてもいいかもしれない。魔界への扉をかけた壮絶なる死闘。これが、漫画やアニメの世界であれば……という条件をぜひとも付けさせていただきたいことではあるが。
『魔法使い 武藤さん 魔界の扉編』
う~ん、視聴率稼げるような、既に使い古された出がらしのような……。この世を混沌に陥れる悪の魔法使い。それにたったひとり立ち向かう武藤さん。いや、武藤さんとその幼馴染のミエラ。その少女ふたりと未知なる力に目覚めた俺。
考えるだけでわくわくと…………しない。
「で、連盟ってのは?」
「ああ、だから魔法使いは一応ね、みんなサークルみたいなのに所属しているのよ。魔法使いの所在とか活動履歴とかを明らかにするために……」
サークル? いきなり話が軽くなったが……。魔法同好会みたいな感じか?
「で、なにか悪い兆候があったりしたら、その連盟から魔法使いが斡旋されて、もちろん他の人には内緒でだけど、こそっと変なことになんないように、見張りをしたり、悪者をやっつけたり……」
ざっくりしてんな~。それってすごいことだと思うけどね。事実であれば。
「私もうすうすは気づいていたの。この学校って特殊なのよね。魔法使いに都合がよくできている。魔界と近いのかも知れない」
近い? ええと、何駅ぐらい離れてるんですか? 何光年って単位を希望したいが。
「ああ、近いっていってもそんな意味じゃなくって、なんていうのかな、魔界への扉を開きやすい力場に包まれているっていうか、魔法が他の場所より使いやすいっていうか……」
「それって、それの魔力の多さと何か関係が?」
「それは無いと思う」
なら良かった。まあ、ありがちな設定だがよしとしよう。
「で、それを利用している誰かがいるんだと思う。連盟に所属していない魔法使いっていうのがよくあるパターンだけど。今回は、あのサキュバス……。本人は否定していたけど、魔族であることは間違いないわ」
ああ、あのエルーシュとかいうやつね。
「で、一昨日も小さな扉が開かれた。多分予行演習かなにかだと思う。そんなに大きな魔力は感じなかったから。それを閉じようとしたらあの悪魔に襲われたってわけなの。多分見張りか、連盟の出方を伺うために召喚されたんだと思う」
それが、あの化け物か……。で、強かったんだな。大丈夫か? この学校? いや、この世界。あん時武藤さんが居なかったら……どうなってたんだ?
「それは大丈夫。あれは小物だったから……。人間界では長く生きられないはず。それに魔界の扉だって、ほうっておいてもすぐに閉じたと思う。
それくらいの規模のいたづらといっても差支えないぐらいの……でもちょっとでも被害者が出るのが嫌だったから……」
「小物って……俺が……疲れ果てるほどの魔力を……」
「うん、だから、それは折角の機会だしと思って、必要以上に高度な魔法を使っちゃったの。折角きてくれたんだし……」
呼ばれたような気がしたから、行ったんだが、ピンチでもなんでも無かったわけね。なんなんだ俺の苦労。
「ううん、来てくれてよかった。うれしかったよ」
そういって武藤さんは俺の手をとり微笑んでくれた。
「ほんとにありがとう」
いや、それほどでも……。
「それよりその後に出てきた女の悪魔……」
「ああ、あの人は手ごわいと思う……」
いや、そういう問題じゃなしに……と、教育実習生がどう考えても同一人物としか思えない顔立ちをしていることを話そうとしていると予鈴のチャイムが鳴った。
「もうこんな時間……」
武藤さんが立ち上がって、片づけを始めた。
仕方なく俺も、教室へ戻る準備をする。しばし無言。まあ、また後で話せばいいさ。
必要最小限に届いているのかどうなのか、この時点でも、どの時点でも判断しようもないが、昨日よりはだいぶと情報が増えた。
所詮この世はインフォーメーションの時代なのだ。知らないよりは知っているほうがいいに決まっている。まだまだ聞きたいことや、ミエラの動向が気になるところだが、タイムオーバーであればしかたない。
戻ったクラスで好奇のまなざしを向けられないように、武藤さんを先に送り出し、少し遅れて、あえてタイムラグを創るべく、俺は中庭を後にして、案の定、始業のチャイムに間に合わず、次の授業の教師に軽く説教を食らったが、それはどうでもいい話。
六時間目は、あの教育実習生の授業だった。
やはり、どこからどう見ても、翼をはやしたあの悪魔。エルーシュと同じ顔。髪の色こそ違うが、そんなものは魔法でどうにでもなるのだろう。
もちろん翼だって生やしていない。だが、あの顔を忘れるもんかよ。長い睫に切れ長の目。綺麗と言えばそれだけだが、妖艶な、それこそ悪魔的な魅力。
いまは、ブラウスに眺めのスカートという大人しめの恰好をしているが、あのパツンパツンの衣装を着ていた時の悩殺的なボディラインは服の上からでも伝わってくる。
その証拠に、男子生徒の大多数が上の空。完全に魅了されてしまっている。女子たちはあきれ顔だ。肝心の武藤さんの表情はうかがえないが……。
気づいているのか、気づいてないのか。昼休みに話そびれたのが悔しく感じられる。俺もいろいろ考えながら、結局は、その顔と体の魅力にやられた男子生徒と同じく上の空での授業態度を取ることになってしまっていた。
「じゃあ、次、石神君。読んでください」
不意に当てられた。えっ! これは何かの挑戦か? 俺の様子をうかがっていたのか?
「……」
立ち上がりこそしたものの、授業など聞いていなかった俺はどこから読めばよいかわからない。
困って呆然としていると、
「四十八ページだ。ちゃんと授業聞いておけ」
と、担任からの叱責を受ける羽目になってしまった。
いや、授業どころじゃなくって、真剣な重要問題について考えていたんですけどね。
当の、佐倉木先生は、不自然なところは何もない。振る舞いはただの教育実習生。緊張感と、ういういしさが半々。彼女が悪魔だなんて、あの一件がなければ想像もできていなかっただろう。
とにかく俺は慌てて教科書を開き、朗読を始めた。
周囲の生徒たちのくすくすといった笑い声に冷やかされながらだ。
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