~ epilogos ~  (ベタ甘?)

 リンゴ―ン。


 鐘の音が響き渡る。


「馬子にも衣装っちゃこのことやな」


「こら、大事な場面なんだからチャチャ入れないの」


 佐倉木先生エルーシュと市ノ瀬のかけあい。


「やけど……、ミエラはん。

 ほんまにおへんつもりなんか?」


「彼女には彼女の考え、想いがあるのよ。

 それに……今日来なかったからって、二度と会えなくなるわけじゃないわ。

 また次からはこれまでどおり。SOSとしての活動は続けてくれるでしょう」




 真っ白いタキシードに包まれた俺は主役の入場を待っていた。

 魔法使い、武藤・ファシリア・マリア。

 日本名、武藤フア。


 そして、数時間後には石神フアとなる。




「やけど、やっぱりはやまったんちゃうんか?

 高校生やし、魔導機関との決着もまだまだこれからなんやから」


「二人には二人なりの考えがあってのことでしょう。

 ひとつのけじめってやつなのよ」


 瀧都くんはそんな二人を黙って見ていた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 何時にもまして過酷な戦いだった。


 その舞台が魔界であったことは不幸中の幸い。

 街一個(魔界に生成された、地球の日本の地方都市のレプリカ)が吹っ飛ぶくらいの勢いだったんだから。


「エルーシュ。

 これから先、こんな戦いが続くのか?」


 ミエラが聞いた。


「そうね。

 でもまだまだ序の口だわ。

 諸悪の根源、魔導機関を打ち倒そうとすれば、それに近づくだけで今日の何倍も強い相手と戦うことになる」


「あかん! そりゃあかん!

 うちなんかやったら、全然役に立たれへん。折角法術使いとして芽が出てきたところやっちゅうのに。

 なあ、お兄(にい)はん」


「かほりちゃんは、まだまだこれから伸びていく素質はあると思いますよ。

 ですが、今のままではちょっと厳しいのは間違いないでしょうね」


 そう語るのは新キャラの法術使い、汀(みぎわ)瀧都(たきと)だ。

 一応は先輩だが、気さくな性格をしているので、瀧都くんと呼ばせていただいている。

 市ノ瀬はかたくなに『お兄はん』あるいは『おっしょさん』と呼んでいるが。


 その時、武藤さんは憂いを秘めた表情でただ黙っているだけだった。






 その日の晩。

 コツコツと俺の部屋のドアがノックされた。

 相手を確かめるまでもない。

 この家で一緒に暮らしているのは武藤さんと俺だけなんだから。

 それも深夜前。武藤さん以外の訪問者であるはずはない。

 魔界の刺客はノックなんて気の利いたことはしないしな。


「響平……ちょっといい?」


「ん? 空いてるよ」


 武藤さんは、俺の部屋に入ってベッドに腰を下ろす。


 なんだかもじもじしている。


「…………」


「…………」


 何ターンもの沈黙が流れ……。


 意を決したように、


「響平……お願いがあるの。

 大事な話……」


 ついに来たかと鼓動が早まる。


「今日みたいな相手って、これからどんどん増えていく……」


「ああ、そりゃ魔界の中心部に近づいてってるからな」


「…………」


「心配すんなって。

 俺が武藤さんを護る。それにみんなも」


「でも! そのせいで!

 響平は死にかけたし!!」


 それは事実だ。かろうじて勝つことは出来たが、ほんの紙切れ一枚の差。


「でも、やるだけのことはずっと……。

 みんなやってるんだ。

 ミエラだって、魔法使いであることを捨て、魔量反応炉保持者(リアクター)としての才能を開花させつつあるし。

 瀧都くんも法術で支援してくれてるし、市ノ瀬だって珍しく頑張って努力している。

 佐倉木先生だって魔界ではあんな姿を晒してまで戦ってるんだ」


「でも……」


「力が足りないのはわかってる。

 だからって、これ以上どうすればいいんだ!?」


 己の不甲斐なさも感じている俺はつい語気が荒くなる。


「契約を……」


 武藤さんはそれだけをぽつりと漏らす。


 再び沈黙。静寂。


 俺の身分といえば未だに、仮契約の従者。武藤さんのおかげで考えられないほどの戦闘力を得ることが出来た。

 そして、武藤さんも武藤さんで成長し、いわば俺達ふたりがSOSの会の主力。

 他のメンバーから一歩抜きん出た力を持っている。

 それは俺の成長によるところが大きい。

 初めのうちは俺か武藤さんかどちらかしか戦えない状況が多かったが、最近では武藤さんの制御を離れて、自分の力で戦うことができている。

 だから武藤さんも本来の力が出せている。


 でもそれは……。

 俺達が持っている力のまだほんの一部を引き出せているに過ぎない。

 まだまだ眠っている力が存在する。

 そのためには、本契約が必要ということだ。


 そしてその契約を結ぶためには……。

 主人と従者がともに人間で、異なる性別をしている場合には……。


 ある特別な行為が必要となる。いや、特別と言っても成人男女ならだれでもそれなりにやっている行為なんだけど。

 察してくれ。男と女が二人ですること。いわゆる……察してくれ。


「そんな……」


 間違ってる。いくら世界を救うためだとはいえ。契約のためだとはいえ。

 望みもしないのに。


「…………」


 武藤さんが黙ってしまっているので仕方なく俺が会話をリードする。


 そのために、俺もベッドに。武藤さんの隣に腰を下ろす。

 間違ってもいやらしい行為に向うためじゃない。

 体が触れない適度な距離を慎重に測って。

 それでも、出来るだけ近くへと。武藤さんへの信頼を表すために。


「そりゃあ、今のままでこの先も戦い続けるってのはきびしいと思う。

 それはわかってる。

 手っ取り早く強くなれるんだったら、それにすがりたい気持ちもわかる。

 だけど……。

 やっぱり……。

 武藤さんには武藤さんの人生があるんだ。あるはずなんだ。

 居候させて貰ってる身でこんなこというのもなんだけど。

 自分の道は自分で決めたらいい。絶対そのほうがいい。

 世界を救うのも大切なことだけど、それより一人の人間として後悔しない途を進んでほしいんだ」


 なにも俺は聖人君主でも不能症でもない。それなりにあっち方面に興味もあれば、それっぽい妄想もする。

 でも、本人の気持ちを無視してまでっていう考えは全くない。

 それを、少しばかりかっこつけて演説してみた。


「響平は……。

 後悔するの?」


「そりゃあ……。

 いや、後悔は……、しないと……思うけど……。

 でも、武藤さんの気持ちをちゃんと……」


「わたしの気持ちならもう決まってる!

 響平とならいいの。

 絶対後悔しない。

 だって、だって……。

 ずっと前から。

 わたしを護るナイトになってくれる前から。

 出会った時からずっと好きだったんだから!」


 ここに来て始めて俺がとてつもない鈍感系だったことに気付く。

 いや、気付いて気づかないふりをしていたのか……。


「武藤さん……?」


「響平は? あたしのこと好きじゃない?」


「す……」


 こんなに、言葉が出なくなるものなのか……。

 息が……吸えない。吐けない。

 たった一文字が出てこない。


「ねえ、響平……。

 ……しようよ。

 それは、これからの。

 世界のためじゃない。

 いまの自分の気持ちに正直になったから思ったことなの」


 漫画で頭の中で火山が噴火する描写とかって、あれってなんぼなんでもやりすぎだなと思っていたが。自分がそれに近い感覚を得られるとは思ってなかった。


 武藤さんが俺の肩に手を回してくる。

 そして……、目を閉じる。






 長い口づけの後……。


「響平……、電気……消して……」






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「誓います」


 今までの人生で一番緊張した台詞だったろう。噛まずになんとか言えました。


 そして神父からの言葉が純白のウエディングドレスに身を包んだフアにかけられる。


 フアは小さく頷くと、その言葉を口に出そうとする。

 魔法使いと従者としての契約よりも、もっと重い誓約の言葉を。


ちかい……」

「ちょっと待ったあ!」


 この声は……ミエラ?


 そしてその姿は……、花嫁? 文金高島田?


「どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだと自分の愚かさを呪った。

 が、考えてみれば単純なこと。

 何も花嫁が一人である必要はどこにもない。

 あたしも響平の花嫁にしてもらおう!」


「そんな、むちゃくちゃや! どこにもないって。

 法律とかいろいろ、縛りはきついでぇ!」


「なあに。法律で規定されているのはあくまで手続き上の事。

 マリア・ファシリアと響平が契約の儀を執り行ったと聞いた時には、もはや響平をあたしの従者としても兼用するということが出来なくなり、リアクターなんて道を志したが。

 あたしも、響平と契約の儀を結んでしまえばいいことだ。

 調べたところ魔法使いの世界には、従者一人に対して主人が一人であるというような規定も、それを阻害する問題もないようだったのでな!」


「「ちょ!」」


 まさか、夫婦――寸止めされていてまだ正式ではないのだが――初めての共同作業が、言葉を失いかけた突っ込みになるとは思わなかった。


「さあ、式を続けて貰おうか。

 もちろんあたしも交えてな」


 ミエラはずかずかと赤じゅうたんの真ん中を突き進む。


「ほんなら!」


 市ノ瀬が立ち上がる。


「うちも、石神はんとやってもうたら、石神はんを従者にできるってこと?

 おにいはん!

 法術使うにも、魔力があったらそりゃもう術のレベルアップは間違いなしやんな?」


「いや、それはそうだけど……。

 そう言う問題じゃないと思うんだけど……」


 さすがに常識人の瀧都くん。なら俺も! と手を挙げなかったことは評価に値するが、かといって状況の混乱を鎮めてくれるほどではない。


 エルーシュは呆れ顔でどこか遠くを見ていた。


「さあ、続けてくれ。

 あたしも誓う。響平を末永く愛し続けることを」


「うちも誓うで!」


 三人の花嫁候補に囲まれて……。


 困ってしまった俺はフアの表情を伺うが、フアとて困惑は同じ。もしくは俺以上。


「それとも、あたしとするのは」

「それとも、うちとするんは」


「「いやなの(ん)か?」」


 いや……、いやとかそういう問題じゃなく……。


 助けて! 武藤さん!


 というか、最後の最後でなんてハーレム!!

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