*厄介なお客
泉は雑多な観光地から少し離れ、木々が立ち並ぶ静かな一角に足を踏み入れる。時折、はしゃぐ声が聞こえるものの、風に揺れてこすれる葉の音が気分を落ち着かせた。
そろそろだなと腕時計を一瞥する。
「イズミ」
背後から名を呼ばれ振り返るとブラジル系だろうか、うす褐色の肌の男がやや緊張気味に歩み寄ってきた。
「持ってきたか?」
「ああ、もちろん」
二人は顔なじみのように互いに手を上げて軽く挨拶を交わし、男は薄い黒鞄を開けてタブレットを差し出した。
泉はそれを受け取ると、さっそく起動させて中身を確認する。
「まったく、面倒なことをしやがる。データを送ってくれればそれで済むだろうに」
呆れながらUSBメモリを差し込み、確認したデータのコピーを開始した。泉が会っているのは「情報屋」と呼ばれる、希望の情報を提供する会社の社員である。
名をドルフという。恋人募集中の二十三歳の青年だ。
情報を提供する会社はそれこそピンからキリまであり、ドルフの勤めている会社はかなり優良と言ってもいい。その分、料金もリーズナブルとは言い難い。
「おまえ、うちの上司に手を出そうとしたろう。あれでおまえへの情報提供を嫌がってるんだよ。俺の直属の上司だからな」
「あ? 昔の話だろうが。タマのちいせえやつだな」
仕事にまでそんなものを持ち込むなと舌打ちをした。俺にそんなこと言ったって仕方ないだろうとドルフは肩をすくめる。
「未遂に終わったみたいだけどすげえ怖かったらしいぜ」
「だったら陰険な仕返しみたいなことはやめろと言っておけ。でないと契約を切るぞ」
「それは困るよ。あんたはひいきの客だ。だからこうやってばれないように直接、情報を流してるんじゃないか」
泉はそれに怪訝な表情を浮かべ、若干背の低いドルフを見やる。
「ギャラはどうすんだよ」
「──あっ!?」
「馬鹿か」
泉は呆れて頭を抱えた。会社を通さず契約者に情報を流すことは、他の契約者からの社の信用というだけでなく扱うものが「情報」という事で安全性にも問題が生じる。
ましてや、彼ら傭兵が求める情報は一般人が得たいようなものではない。それ故に情報提供は厳格に行われなくてはならない。
社員が社の情報を抜き取り、個人的に取引したとなればなおさらだ。
「とりあえず会社に通せ。そのあとで情報を渡したことにすればいい」
「す、すまない」
「俺をひいきにしてくれるのは有り難いがな。あんたのとこが潰れるのはこっちだって困るんだよ」
個人や契約の必要がない情報屋も利用しているがドルフの社はアメリカだけでなく、多くの国に支社があり大いに助かっている。
情報料も馬鹿にならない、それほど沢山の情報屋を雇える訳ではないのだ。
「だったら上司に手を出そうとするなよ。そんなことしなけりゃ普通に渡せたんだからな」
「悪かったよ」
苦々しく発してコピーの進行状況を見つめているとドルフが何やらいぶかしげに泉の顔を見上げていた。
「なんだよ」
「いや、なんだかんだで優しいよなって。だからモテるのかね」
泉は言葉遣いは荒いがよく気が回る。体格も良く顔も悪くない。そのせいなのかどうか女性からはワイルドな印象を持たれ、好意を抱かれる事がしばしばあるようだ。
「女に興味はない」
「もったいねえなあ」
「好きでもない奴に寄られても邪魔なだけだ」
「いい加減に特定の恋人でも見つけろよな」
「いたらとっくに出来てる」
それもそうだと思い返しコピーの終わったタブレットを受け取る。
「会社通してから請求してこい」
ぶっきらぼうに1ドル紙幣を五枚手渡し、軽く手を上げ背を向けた。
「わかったよ」
USBメモリをポケットに仕舞い遠ざかる泉の背中に手を上げて応える。
「ホントに勿体ないよな」
ドルフはつぶやいて爽やかな青空を見上げる。しばらく公園を見回したあと、上司とのやり取りを想像しげんなりとして社に戻っていった。
泉は自分の車に戻るべく、再び観光客の中をすり抜けていく。途中にある桜を眺めて先ほどのことをふと思い返した。
実に残念だが、もう会う事はないだろう。
「桜が見せた幻覚だとでも思っておくさ」
口惜しさを残しつつ駐車場に向かった。
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