*颯爽とバンディット

 泉は宿泊しているモーテルに戻ると、テレビを付けてベッドに腰を落ち着ける。手にしたノートパソコンを開きUSBメモリを差し込んでデータの転送を始めた。

 途中で買ってきたサンドウィッチと缶コーヒーを飲みながら転送を待っていると、スマートフォンにメールが届いた。

 ドルフからのもので、「なんとか手続きは済ませた」という内容には文字の上からでも疲れがにじみ出ているようだった。

 泉はそれに口角を吊り上げ、そのままスマートフォンからどこかにかけ始めた。

「──よう。騒ぐなよ。随分と陰湿な真似をするじゃないか」

 転送ゲージを見やりつつ寝転がる。

「そんなことで客を一人減らすつもりか? あ? 公私は別けろよ」

 返される言葉に面倒な顔をして眉を寄せる。

「心配するなよ。興味はもう無えよ。これ以上やらかすと上にクレーム入れるぞ」

 これからはビジネスだけで対応しろと答えて、騒ぎ続けている相手を意に介さず通話を切った。

「まったく。自意識過剰なんだよ」

 ちょっと好みだと思ってアプローチしただけじゃねえか。しかしすぐ勘違いだったと気付き泉の興味は失せていた。

 相手の意思など関係なく手を出すのははた迷惑もいい所なのだが、体格の良さと訓練を重ねた体術がそれを可能にしているのだからたちが悪い。

 彼が鍛えているのは仕事だけでなく、それも理由の一つだったりする。大体において同性からのアプローチは受け入れがたいものだが、組み敷けるだけの力があればどうという事はない。

 被害者は多数なれど、泉は大きな戦力である。襲われた相手は運が悪かったのだとほぼ泣き寝入り確定だ。

 しかし、さばさばとした性格のためか今まで大きくこじれた事はない。それが返って泉の暴走に拍車を掛けているとも言えた。

 転送を終えた泉は険しい表情でデータを眺める。

「ふ……ん。規模はさほどでかくない。これなら一人でもいけるか?」

 どうやら彼が見ているのは、今は使われていないどこかの古い炭坑らしい。こういう場所に武器を隠す犯罪集団がいる。

 泉はその武器を横からかっぱらうのである。武器の購入費が浮くし犯罪組織の力も奪えておまけに当然だが被害届も出ないので足が付く事もない。

 ついでに体も動かせるしで泉にとっては、まさに理想的な武器調達方法だ。やっていることは山賊のようなものだが、対象が一般人ではないところにまずは安心していいだろう。

 入手した情報からみて相手は十人足らず。掲げる言葉もなく、さしたる信念がある訳でもない連中のようだ。

 非正規で手に入れた武器を手当たり次第に流している節がある。いくら銃社会のアメリカとは言え、ある程度の規制は州によっても異なるが存在する。

 ここ、ワシントンD.C.では所持するためには免許が必要だ。ニューヨーク州に至っては最も規制が厳しく、ニューヨーク市では拳銃ハンドガンの所持は認められていない。

 誰も彼もが武器を持つ恐ろしさは泉も充分に理解している。そうでなければ、とっくに死んでいるだろう。

 自分だけは大丈夫だなんていうのは幻想に過ぎない。それは戦場だって日常にだって変わらない。

 そも、日常において武器など使わないに越したことはない。それをわざわざばらまく行為には、さしもの泉も苛つきを隠せない。

 遊びたいならモデルガンにでもしておけと言いたくもなる。武器として作られたからといって武器本来の行動までさせる必要はない。

 まあ手足の一本でも折ってやれば大人しくなるだろう。無駄な殺しでFBIに目を付けられたくはない。

「今回は使えねえな」

 やや惜しむようにつぶやき、ベッドの脇に置いてあるスポーツバッグを一瞥した。中には、着替えと幾つかの武器と、泉の名が広まることになったあるものが入っている。

 もちろん、見られてもそれだと解らないような細工はしてある。あんなものを町中で使う状況など、まずもってほぼ無い。

「まずは偵察か」

 そのままやれそうなら決行かなと口の端を吊り上げた。


 とりあえず、持っている装備では心許こころもとないので泉は買い物に出掛ける事にした。揃えるのは戦闘のものではなく、山岳においてのものだ。

 かっぱらい目的であるから舗装ないし車で踏み固められた山道を進む訳にはいかない。見つからずにたどり着くためには山の中を歩かなければならず、軽く調べたところ思っているよりは険しくないようだ。

 石炭を運ぶため周囲もある程度、なだらかにしたのだろう。しかし、使われなくなって久しいため草木が伸び放題なのは確実だ。

 生えている植物の種類はまるで違うものの、ジャングルの丘を想定する事が適切かもしれないと考えた。

 戦いに行く訳でもないのだから、ライフルのような長物も必要はないだろう。とはいえ、戦闘になった際には応戦しなくてはならない。最低限の武器を身につけておく。

 もちろん、地図も忘れてはならない。長年染みついた癖とでも言おうか、街ではなんら意味を成さない方位磁針は常にバッグに忍ばせている。

 泉は主に山岳地帯を得意とし、レンジャー能力に優れた傭兵だ。

 ──なのであるが、彼が必要とされる場所はどちらかと言えば邪魔な建造物がある場合だったりする。本人もその要請には嬉々として応えてしかるべきである。

 どのようなフィールドにおいても、泉の能力は高く評価されるに値するものだ。

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