◆-弐の章-
*ブラスト・ウルフ
──そうして準備を済ませた泉は目的地に飛んだ。安い大型のジープを町で買い、装備を固めて炭坑のある山の近くまで数時間ほど走らせる。
アメリカ合衆国、ワイオミング州──アメリカ西部の山岳地域にある州である。州都はシャイアン市。
北にモンタナ州、東にサウスダコタ州とネブラスカ州、南にコロラド州、西にユタ州とアイダホ州と隣接し、グレートプレーンズとロッキー山脈が出遭う所である。一八七二年に世界初の国立公園となるイエローストーン国立公園が創られた。
ワイオミング州には石炭生産量上位三つの鉱山がある。全体に大きな高原が広がっており、多くの山脈によって仕切られている。
亜乾燥気候と大陸性気候で、その地形のためか冬は他州に比べて乾燥し温度差が大きい。この季節を考慮して泉は保温性の高いインナーを選んで着ていた。
目的地はさほどの標高ではないが、それなりの装備はバックパックに詰めてきている。そうして気を配りながらタイヤで踏み固められた道を登り始めた。
当初の予定では道を避けるつもりでいたが、新しい足跡などといったものに気付く連中でもないだろうと道を歩くことにした。
見つかったら見つかったでどうにかなる。自分のフィールドである山岳において、
目指すは山の中腹とはいえ、自然と息も上がる。泉は眼下に広がる風景を眺めがら、そういえばイエローストーンが噴火すると地球規模でやばいんだよな、などと疲れから逃避した。
イエローストーン地区はアメリカ大陸最大の火山地帯だ。これまでも巨大な噴火を三度ほど、小規模な噴火はおよそ七万年前まで続いていたそうな。
数十万年以内に再び破局噴火を起こす可能性が高いとされている。そのとき、火山灰が地球を覆い尽くし、生物の大量絶滅や環境変化が起こると言われている。
因みに破局噴火とは、地下のマグマが一気に地上に噴出する壊滅的な噴火形式の事で、スーパーボルケーノとも呼ばれる。
そんなこと今はどうでもいいが、何か考えていないとこの道程がとてつもなく嫌になる。
そこでふと、タイダルベイスンでの事を思い出した。逃した獲物は大きい。どうして追いかけて捕まえなかったのかと、未だに思い出しては奥歯を噛みしめる。
疲れを忘れたいのに返って気分を害した。未練がましいとも思うがあれは未練を残していたって仕方ないだろう。
そうして車の音を気にしながら歩みを進め、なんとか目当ての炭坑に到着した。車なら楽な道程も、徒歩ではややしんどい。
車で上る事も考えたが、やはり気付かれるのは避けたい。使われていない炭坑なだけに、入り口にたどり着く道は奴らが使用しているこの道一本しかないのだ。
炭坑に行けば奴らの車の一台くらいはあるだろう。それで武器を運んで帰りは楽をする。途中で出会えば軽く
泉は生い茂る草木に隠れて双眼鏡を覗いた。この炭坑は何年も前に閉鎖され、十メートル先は崩れて奥には進めなくなっている。
こんな所に武器を隠して面倒じゃないのかと思うだろうが、だからこその場所なのだ。車さえあれば問題はないし、
おそらく、ニューヨーク辺りに武器を受け渡す仲間が数人いて、ここにいる奴らは仲間からの連絡で指定された武器を運ぶ運搬係だと思われる。
武器の入手と監視も兼ねているため、受け渡し役より数は多い。今や電話やメールの一本でやり取りが出来るご時世だ、この距離でも問題はない。そういった意味では厄介になったものだ。
どこから武器を入手しているんだかと呆れつつ気配を探る。定期的に見回りに来るのだろう、さすがに張り付いている者はいないようだ。
誰もいないのなら好都合だ、坑内を確認してそのままかっぱらおう。警戒しつつ炭坑の入り口に向かう。
泥で汚れた黒い4WDトラックを横目に、崩れないようにと角材で簡単に組まれた入り口から侵入する。薄暗がりにペンライトを取り出し、ゆっくりと踏み出した。
「お?」
奥に進むと、木箱が何段も積み重ねて置かれていた。中身はハンドガンにライフル、マシンガンと弾薬も数千発はありそうだ。予想を上回る武器の量に複雑な表情を見せながらも、荷物を見回し苦笑いを浮かべた。
「まあ、さすがにアレは無いわな」
泉が言っているのは爆薬のことだ。
爆薬とその周辺機器などに資金を注ぎたい泉は、かっぱらいよろしくな事をしているという訳である。爆破を好み、気がつけばそれに特化した傭兵となっていた。
適切な量、確実な起爆が評価され、今では「ブラスト・ウルフ」とまで呼ばれるようになった。
爆発物に長けた傭兵は「ブラスト・マニア」と呼ばれている。大体において、そういう人々は爆薬に魅せられているからだ。尊敬と畏怖の念を込めた俗称と言える。
ひと通りの成果を上げれば通り名がつくことはしばしばあるが、なんとも芸のない名前がついたもんだと肩をすくめる。
爆発物に興味を持ったのはいつ頃なのか、はっきりとは覚えていない。外人部隊に所属していた叔父の影響もあったのだろう。
母親は叔父の事を酷く嫌っていて、息子から出来るだけ遠ざけようとしていた。「戦争屋」とののしりつつも、実際は叔父がゲイだという事が原因だ。
子を持つ母として懸念を示すのはある意味、当然かもしれないが恭一郎にはそんな事はどうでもよかった。
母親が恐れていた結果にはなった訳だが、それが叔父のせいであるとは恭一郎は思っていない。元々のものだといくら母親に説明したところで理解はしてくれなかった。
叔父が敵視されてしまう事に申し訳なさを感じたものの、叔父もそうしておけと恭一郎をたしなめた。叔父は優しい人で、余計な争いを好まなかった。
母親が懸念するような関係にもなった事がないし、叔父の友人たちは色んな国の出身者で恭一郎に色々な事を教えてくれた。英語やフランス語なども彼らから学んだ。
叔父たちは彼を可愛がり、決して
ヒステリックに叔父を罵倒する母親を見て彼が女嫌いになった事は皮肉でしかない。彼の性質にとどめを刺したのは誰でもなく母親だ。
つまらない事を思い出したと舌打ちし、目が慣れた頃だとペンライトを仕舞う。そのとき、目の前を影が横切った。
まさか奴らがいるのかと警戒して気配を探る。しかし、ここまで見事に気配を消せるものかといぶかしげに息を潜めた。
「奴ら──じゃない?」
この動きは闘い慣れた者でなければ成し得ないものだ。相手にそんな奴がいたのか?
薄暗がりのなか、互いに一定の距離を保ちつつ無言の牽制が続く。こうしていてもらちがあかない、泉は意を決して攻撃に出る事にした。
相手も同時に動いた気配がし、どうやら同じ事を考えていたなと口の端を吊り上げる。一気に距離を詰め、顔が確認出来る間合いに入る。
「なんだ!?」
我ながら変な声を出したとその男の風貌に眉を寄せた。マスクで顔は確認出来ないものの、その体格で男だとすぐに解る。
小柄だが体術はかなりのものだ、泉の放つ拳や蹴りを紙一重でかわしている。受け止めも堂に入っている、こいつは相当に熟練した兵士だ。
攻撃しつつ相手の攻撃をかわしながら視界に入る服装を見やる。ブラウンの迷彩服にグレーのタクティカルベストはいずれもすっきりとしたもので、それが隠密向けのものだとすぐに察した。
これは──違う。
「まて! 俺──はっ!?」
声を上げた途端、腹に一発強烈な蹴りを食らって息が出来なくなり、視界が暗闇に包まれていく。
こいつはやばい……。必死に遠のく意識を戻そうとするも、それは数秒を待たずしてぐらりと地面に倒れ込んだ。
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