*強かな獲物
「イテテテテテ!?」
鳥の鳴き声に意識を取り戻した途端、腹部に激しい痛みがはしり声を上げた。
手足は拘束されていない。やはり敵という訳ではなかったらしい。シートに寝かされているのか直接、地面に当たっている感覚はない。
「じっとしていろ」
少しくぐもった声に見上げると、マスク姿の男が窺うように覗き込んでいた。
「……あんた」
どうやらここは炭坑からやや離れている、少し拓けた場所のようだ。まばらに立ち並ぶ木々から空が見える。
よくよく見ればこれは俺が持ってきたシートじゃねえかと、ちゃっかりしている相手に半ば感心した。
薄暗かった炭坑内で感じた印象よりも細身で小柄だ。この体格でよくもやってくれた。それにしてもと泉は、その緑の目に妙な感覚を覚えた。
どこかで見た気がするけれど、柔らかな金のショートに見覚えもなければ声も聞いたことがない。
ただ、その瞳だけは魔力を秘めた宝石のように強烈な印象を放っていた。
「すまなかったな」
「あんた──っ」
マスクを外した男の顔に目を見開く。それは紛れもなく、一度たりとも忘れたことのないタイダルベイスンで取り逃がした獲物だ。こうして間近で見ると、恐ろしいほどの存在感と優美さに思わず喉が鳴る。
「気がついたときには足が出ていた」
よく通る声が泉の耳を心地よく刺激する。よもや同じ世界の人間だったのかと驚きつつも、すぐさまその腕を掴んで引き寄せていた。
何もかもが上品に映るなかにある泥臭さは、それだけ戦いの経験を積んできたものに他ならない。ますます気に入った。
「悪いと思うならしっかり介抱してもらおうか」
耳元で息がかかるようにささやく。ところが泉の予想とは異なり、青年はあまり表情を崩すことなく臀部に添えられた右手を一瞥して、「なるほど」と口の中でつぶやきその腹を肘で強く押さえた。
「ぐお!? いってぇ!?」
突然の激痛に手を離し腹を抱える。思っていたよりもダメージは大きいらしい。攻撃のパワーを少しも軽減出来なかった自分の不甲斐なさに泣きたい気分だ。
「てめっ……。ひでぇ」
こんな返しを冷静に行えるとは、こいつはかなりの場数を踏んでいる。これだけの容姿なら引く手あまたで対処にも慣れているのかもしれない。
そこでふと、無臭性の湿布薬を貼ってくれている事に気がついた。応急処置はしてくれたのか、意外と親切だな。
「それで? あんたも横取りに来たのか?」
「横取り?」
泉の言葉に怪訝な表情を浮かべ、そういうことかとすぐに察した。
こうして目の前で見ていても、やり合っていなければコスプレか何かと思えてしまうが、容姿からは想像し難いほどしっくりと着こなしている。
少し交えただけだが鋭く、大胆な闘い方をするのだろうとゾクゾクした。これほど興味をそそられる相手は初めてだ。
「生憎と私が用があるのは人間の方でね」
「あん?」
「違法バイヤーを追っていたらここにたどり着いた」
「ああ……」
つまりは誰かからの依頼か何かか。まさか警察関係者ではないだろう。そうでなければこんな装備で出向いて来る意味がない。
「あんた、名前は? 俺はキョウイチロウ イズミ」
相手は若干、いぶかしげな表情を浮かべて名乗ることを躊躇っている。しかし、泉はこちらが名乗ったのだから早くしろと無言の威圧を目に示した。
「……スロウン・レイモンド」
嫌々ながらも名乗ると、泉は情報を得たことに喜び口角を吊り上げる。出来ればこのまま押し倒してやりたいが、この現状では返り討ちに遭うだけだと断念した。
「そろそろ見回りに来る頃か」
「ちょっ!? 待てよ。俺の取り分は──」
ぼそりと発して立ち上がる青年に、腹部の痛みをこらえて上半身を起き上げる。ここまで来て何もないじゃ大赤字じゃねえか。
「押収に来るまでには時間がある。それまでに幾つか見繕うと良い」
慌てる泉に振り返り、マスクを装着して遠ざかっていく。犯罪者を引き渡すのは山の
とはいえ、出来るだけ武器を確保したい。休憩もそこそこにシートを仕舞い、腹部に残る痛みに小さく呻いて立ち上がる。
炭坑の入り口に来てみれば、
「──なんてこった」
置いてあった車がなくなっている。
「あのやろう」
捕まえた奴らを乗せて降りやがったな。どうすんだよ、担いで下山しろってか。
「覚えてろよ」
とにもかくにも悠長にはしていられない。バックパックに弾薬を詰めた
この痛みがなければもっと持てただろうにと腹部をさすり、苦い表情を浮かべて山を下りていく。
下りの方が関節には負担がかかるが体力と気分は楽だ。そろそろ降りきるというところで泉の耳に車のエンジン音が聞こえた。
「おいおい、ありゃあ……」
乗っているのは明らかに警官だ。なんてこった! もう押収にいきやがった。あれだけの武器があって手に入ったのは手持ちのこれだけだと?
「くそ」
スロウンと名乗ったあいつに再会したらどうしてやろうかと、担いでいた武器を車に投げ込む。
重さから介抱され「やれやれ」と首を回して目の前の武器を見下ろし、いくらなんでもこれっぽっちじゃ割に合わねえと舌打ちした。
「まあいいさ」
あいつに再会出来たのだから大きな収穫だろう。名前は掴んだんだ、同じ世界の人間ならすぐに探し出せる。
今度会ったときには逃がしはしない。泉は口の端を吊り上げ、次の再会を楽しみにジープを走らせた。
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