*ウルフも歩けば……

 東にジープを走らせる泉は、ペンシルベニア州とニューヨーク州の境界線付近にある貸しコンテナに向かう。

「これっぽっちかよ」

 手に入れた武器を放り込み、見た目にまるで変化がないことに大きく肩を落とした。調達に行ったはずなのに諸々のかかった費用を考えれば、むしろ赤字なのではないだろうか。

 深い溜息を吐き出し、考えてもどうにもならないと切り替えてジープに乗り込む。

 ペンシルベニア州は歴史のある州の一つだ。フィラデルフィアはアメリカ合衆国発祥の地とも呼ばれることがあり、独立宣言や合衆国憲法が立案された場所でもある。

 南北戦争の激戦地だったゲティスバーグは今も多数の大砲が保存されている古戦場跡として有名だ。

 泉は他の州にもいくつか武器を保管している場所があり、そのなかでもここの貯蔵量は多めとなっている。

 それというのも、ここペンシルベニアがキーストーン・ステートである事が理由に挙げられる。

 北東部の州と南部の州、そして大西洋岸と中西部を結ぶ地点のためキーストーン・ステートと呼ばれている。

 キーストーンとはヴォールトまたはアーチの頂上部分にある建築要素のことで、つまりは要石かなめいし楔石くさびいし、せりもち石などといった、重要な位置にある州ということだろう。

 そうして武器を仕舞い終え、ニューヨーク州に向けて車を走らせていると端末が着信を取らせるメロディを流した。

「なんだ。あん? いない?」

 情報屋のドルフに例の男の捜索を要請していたのだが、会社のリストにある傭兵にも兵士にも見あたらないらしい。

「聞き間違い? んな訳あるか」

 眉を寄せ、道の脇に車を駐める。ドルフの会社のデータベースは相当なものだ。それでも見つからないということはリストに漏れているのか。

 さすがにその系統全ての人間のリストを作成出来るほどにはなっていないのは、当然のことだろう。

 フリーの傭兵なら、自らそうと言えばその時点でそいつは傭兵になる。そんな輩まで把握しきれない。

 もしかすると他の情報屋のリストにはあるかもしれないが、かなりの賭けになる。それで見つからなかったら散財だ。

 ドルフには引き続きの捜索を要請し通話を切った泉は小さく唸った。

「それほど有名な奴じゃないのか?」

 しかしあれほどの容姿ならば、ある程度の名は知れ渡っていてもおかしくはない。かなり経験を積んでいると見た手前、まったくの無名だとは信じがたい。

 ドルフの社には諜報機関のリストも保管されている。そのなかで見つからないのであれば、新兵かフリーの傭兵か……。かすりもしないというのはどうにも気分がよろしくない。

 予想を一つ挙げるならば──

「ガセを掴まされた」

 あり得る、こうもしっくり来るものはない、これ以上ないってくらいに納得できる。

「あんのやろう~」

 ハンドルにつっぷし、肩を震わせる。二度あることは三度ある、必ず再会してやると決意を胸に車を走らせた。

 ──ニューヨーク市にたどり着き、車を駐めてボディバッグを肩に街を歩く。アメリカ合衆国大西洋岸中部、北東部地域に位置する州、アメリカでは最大の人口を誇る都市だ。

 因みにニューヨーク州の州都はオールバニ市、ニューヨーク市からハドソン川を三〇〇キロメートルほど北に遡ったところにある。

 人口が多いということはそれだけ発展している都市であり、日本でもお馴染みのタイムズスクエアがある。

 どうやってあいつを捜し出そうか思案しながら雑多な街並みを歩いていると一際ひときわ、甲高いサイレンを鳴らして数台のパトカーが疾走していった。

 白を基調とした車体に青いラインの入った緊急車両は赤と青のライトを点滅させ、ドア部分にはNYPDと書かれている。ニューヨーク市警のものだ。

 さして気にも留めずそれらを一瞥した泉の数メートル先で一台のパトカーがおもむろに止まる。

 後部座席から出てきた男がこちらに走ってくるのをいぶかしげに眺めていると、徐々に誰だか確認したその姿に眉間のしわが深く刻まれた。

「ブランドンか」

「イ、イズミ! グッドタイミング!」

「あん?」

 サンドカラーのロングコートに大きな腹を抱えた四十代ほどの男がドシドシと駆け寄る。ほんの十数メートルの距離で息切れしているのだろうか、鼻息が荒い。

「来てくれ」

「なんだよ」

「説明は中でする」

 面倒だと渋る様子に早く乗れとせっつかれ仕方なく乗り込む。よほど急いでいるのか、全員が乗ったことを確認する時間も惜しいとばかりにいきなりアクセル全開で発進する。

「爆弾?」

 くそ五月蠅うるさいサイレンを煩わしげに顔をしかめて聞き返す。

「そうなんだ。爆弾を仕掛けたという予告が来てだな。いま急いでそっちに向かっている」

「それで?」

「解除を頼みたい」

「一般人に何を頼んでやがる」

 ブランドンはそれに青い目を眇め、まじまじと泉を見やった。

「おまえが一般人? 冗談だろ」

「言ってくれる」

 ブランドンとは以前、ちょっとしたことで顔見知りとなり、それからは装備しているものについて多少は甘く見てくれている。

「爆弾処理班はどうした」

「いま要請中だ。早く解決した方がいいだろ」

「失敗したらどうすんだ」

「おまえが失敗したら誰がやっても失敗する」

「言い過ぎだろ」

「あ、あの……クーパー刑事。彼は?」

 同乗していた若い警官が怪訝な表情でブランドンに問いかけた。もっともな質問だ。

「それはあとで説明する。とにかく凄い奴だとだけ言っておく」

「調子に乗ってもしらねえぞ」

「死にたくなけりゃ頑張れよ」

「ひでえな」

「俺だって死にたくないからな」

 死にたくないのは泉も同じだ。早く仕事を片付けたい用事でもあるのか、素直に特殊部隊に任せればいいだろうにと顔をしかめた。

 とはいえ、どういった爆弾なのかは興味がある。

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