◆-参の章-

*エンカウンター・オブ・ショック

「解体する必要のないものならやらないぞ」

「解ってる」

 大体の爆発物は特殊な場合でない限り、その場で解体はしない。爆発しないように冷却など不活性化し特科車輌で運び出す。

 そのあとは人のいない場所で安全に爆発させるという寸法だ。どう考えても、わざわざ危険を冒してまで解体するより爆発させた方が安全である。

 ──車から降りるとそこはレストランだろうか、数台のパトカーが入り口を固めて誰も入れないように警戒していた。

 一人の警官がクーパーを目にして軽く挨拶し、中に通される。軽食がメインだろうか、慌てて外に追い出されたらしくサンドウィッチやハンバーガーがテーブルに置かれたままになっていた。

 妙に腹が減ってくるとそれらを一瞥し、広めの店内を通り過ぎてトイレに到着する。

「どこだ」

「奥にある」

 ブランドンは三つある個室の一番奥を指差した。ひょいと覗き、汚れた壁に貼り付けられている四角い箱に泉の眉間が深いしわを刻んだ。

 いいからやれと促され、溜め息混じりにしゃがみ込んで箱を眺める。便器のやや上あたりに設置されている箱は木製だろうか、コンクリートの壁に粘着質のものでぴたりと貼り付けられている。少し押してみたものの、まったく動く気配がない。

 持ち運べるサイズだとしても、爆発する可能性がある状態で取り除くのは危険でしかない。これは解体する他はなさそうだ。

「なんだ?」

 無言で手を差し出されたブランドンは、いぶかしげに眉を寄せる。

「コート貸せ」

 そんなものどうするんだと首をかしげつつコートを脱いで泉に手渡す。

「おい!? マジかよ嘘だろ? 勘弁してくれよ」

 躊躇無く床に敷かれて「なんてこった」と頭を抱えた。そんなブランドンの様子など意に介さず、泉はメッセンジャーバッグから革の工具入れを取り出してコートの上に広げる。

 とりあえず中身を確認するために四方にあるネジを緩める。そうして金属の板を外し、見えたものに小さく舌打ちした。

「くそめんどくせえな」

 予想を裏切ることなくIEDだ。簡易手製爆弾の事で、日本では即席爆発装置、もしくは即製爆弾と呼ばれる。

 ──が、自分が対処する必要もないよな。などという思考は丸わかりなのか、ブランドンの視線が妙に刺さる。

「やりゃあいいんだろ、やりゃあ」

 場所を考えれば早く解体した方がいいのは重々承知している。しかし、どうして一般人の俺にさせたがるんだと肩をすくめる。

 なんだって、あいつはあえて危険を冒そうとするのか。とはいえ、これは経験を重ねる良い機会でもある。

「あん? なんだこりゃ」

 ふと、電光掲示板のような板に眉を寄せた。どうやら、中身をいじるとカウントダウンが始まるようになっているらしい。

「上手いこと考えたな」

 しかし、これが本当に機能するものかどうかは疑わしい。焦燥感しょうそうかんを煽るためのものかもしれない。

「おい、本当にやるのかよ」

「なんだ? びびったのか?」

「防護服もねえしな」

 冗談交じりの言葉にブランドンは「早くやれ」と手を振った。泉は仕方なくA5サイズほどの箱をまじまじと眺め、工具で赤や青や黄色の配線を動かし右手の人差し指で壁に線を引いたり不定期に叩いたりしている。

「何してるんでしょうかね?」

「さあな」

 二人は作業を始めた事を確認し、邪魔をしないようにとトイレから出て待つことにした。

「所でクーパー刑事。彼とはどこで知り合ったんです?」

 待っている間が暇なのか、警官がふいに尋ねる。ブランドンはめんどくさそうにしながらも、確かに暇だと感じて口を開いた。

「ありゃあ三年ほど前だったかな。ナイアガラの滝に行ったときだ」

「それはまた」

「娘が滝を見たいって言ってね。丁度非番だったし」

 四十二歳のブランドン刑事にはケイトという七歳の娘がいる。

 家族を何よりも愛するブランドンが、大きな滝が見たいと言い出した愛娘の要望を断れるはずもない。

 ナイアガラの滝とは、エリー湖からオンタリオ湖に流れるナイアガラ川にある滝をさす。それぞれカナダ滝、アメリカ滝、ブライダルベール滝という三つの滝から構成されており、カナダのオンタリオ州とアメリカのニューヨーク州とを分ける国境となっている。

 そのひとつ、アメリカ滝にクーパー家族は向かった。三つの滝からなるナイアガラの滝だが、ブライダルベール滝はアメリカ滝の隣にこぢんまりとある。

 二つの滝から見れば規模が小さく見える。それでも、落差五十五メートル、幅十五メートルはある。テレビでよく映されるのはカナダ滝だ。

 観光客のほとんどはカナダ側から眺めるため、こちらのアメリカ側ではのんびりと流れ落ちる水しぶきを堪能することが出来る。

「あ、三年前ってもしや、イカれた奴が爆弾抱えて暴れたっていう?」

「そう、それだよ」

 叫び声に振り向くと、工事現場で着るようなベストに何やら巻き付けている男が暴れていた。昼間から酔っぱらいかと顔をしかめたが、危険な言葉が飛び交っていてブランドンは無意識に妻と娘を守るように身構えた。

「みんな死ねよ! 俺に近づくな! 爆発させてやるぞ!」

 起爆装置だろうか、右手にはボタンが握られている。とにかく妻と娘を後ろに下がらせ、説得を始めることにした。

「おい、落ち着け。どうした。何があったんだ?」

「うるせえ、近づくな!」

 完全にハイテンションだ、目が現実を見ていない。何かに絶望でもしたのか、蒼白で口元には気味の悪い笑みが張り付いている。

 これはやばい、悲壮感が半端無く漂ってくる。

「いいから落ち着け。な?」

 手にあるボタンをいつ押してもおかしくはない。なんだって人の少ない方に来たんだと思いつつ、向こう側じゃなくて良かったと安堵もした。

「何があったかは知らないが、こんなことしたって何にもならないぞ。これからの人生には良いことだってあるかもしれないだろ?」

 一生懸命なだめていると、男の背後に影がちらついた──それが人間だと気付いたときには、爆弾男の後頭部に回し蹴りが炸裂していた。

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