*水準設定は慎重に

「まったく。他人に迷惑かけんじゃねえよ」

 淡々と結束バンドを取り出し両手の親指を縛って拘束する。そうしてメッセンジャーバッグから工具を出して解体を始めた。

 その鮮やかな手さばきにブランドンは何も言えず、作業が終わるまでじっと見つめていたのだ。

「どえらい遭遇ですね」

「今でも夢じゃないかと思うよ」

 ドラマか映画のような展開に、これはもしやドッキリなのではとカメラを探したほどである。

「確か、恋人にフラれたか何かでしたっけ」

「ああ。もう生きていけないと自暴自棄になって、爆弾こさえた馬鹿だ」

「そしていざ、爆弾抱えたらラリッちゃったんですね」

「死の恐怖に耐えられなかったんだろうな」

 直面した死に自分ではどうにも出来ず、道連れを増やそうなんて頭がイカれているとしか思えない。

「しかし彼も危ないことをしましたね。蹴った拍子にボタン押してたらどうするんです」

「俺もそう言ったら、あいつなんて言ったと思う。“被害に遭うのは俺とお前だけだ”だってよ」

「そりゃまた思い切ったことを」

「俺だって身を挺してあいつをどうにかしないととは思っていたが、ああもあっさり言われちゃな」

「それだけの覚悟があったということなんでしょうね」

 そんな話をしていると、黒いつなぎに黒いベスト、これまたヘルメットも黒で統一した男たちが数人ほど店内に入ってきた。

「お出ましだ」

 警官はつぶやいたブランドンを見やり、彼らにどう説明するのだろうかと様子を窺う。

「アーロンです」

「どうも」

 アーロンと名乗った男の後ろにいた二人も同じく挨拶を交わす。

「それで、爆弾はどこに?」

 挨拶も早々にアーロンは周囲を見回す。まだ二十代後半だろうか、薄めの栗色にやや黄色がかった緑の瞳が若々しい。

「あ~、そのな。いま処理中だ」

 ブランドンは、自信に満ちた青年に視線を泳がせながら親指で奥のトイレを示した。

「処理中? 一体、誰が? まさか現場で処理を?」

 アーロンの後ろにいた仲間も怪訝な表情を浮かべる。

「早くなんとかしたかったんでな」

「まさか、民間人にやらせているんじゃないでしょうね?」

 語気を荒くして奥に進もうとしたアーロンにブランドンは、これはまずいと慌てて行く手を阻んだ。

「ちょ、ちょっと待った。まあコーヒーでもどうだ」

「どいてください」

 事は一刻を争うというのに、何を言っているんだとアーロンの目尻が険しくなる。それでも、大きな腹を盾にして通さないブランドンに声をあげかけたそのとき、

「終わったぜ」

「あ、ああ。そうか。どうだった」

「成功してなきゃ爆発してる」

「そりゃそうだ」

「誰です」

 奥から出てきた男にアーロンは眉を寄せた。格好からして、やはり一般人のようだとブランドンを睨みつける。

「ええと、彼は──」

「ただの協力者だ」

 ぶっきらぼうに言い放った泉は勝手にカウンターの中に入り、保温されているコーヒーをカップに注いだ。

「俺の顔なじみでキョウイチロウ イズミっていうんだ」

「日本人?」

 アーロンは名前でなんとなく察し、尚更に顔をしかめる。しかし、彼の背後にいる仲間の二人は何やら小声で話し合っていた。

 おもむろに一人が、

「失礼ですが、もしや傭兵のキョウイチロウ イズミ?」

「あん?」

 だったらなんだと言わんばかりに威圧的な眼差しを向ける。そうだと知った二人は笑顔になってアーロンの前に出た。

「会えるなんて! 僕、エイムズって言います! こっちはベック」

「あー、よろしくな」

 差し出された手を面倒そうに握り返す。早くここから出たいという泉の意に介さず、二人の男ははしゃぎ、アーロンはさらに眉間のしわを深く刻んだ。

「くそ、目の前で見たかった!」

「惜しいことをした」

「知っているのか」

「彼はブラスト・ウルフですよ。あの!」

 興奮気味に答える仲間から泉に視線を移す。日本人で凄い傭兵がいると耳にかじった程度だが、こいつがそうなのか。思っていたよりも良い体格をしている。

 特殊技能であることからか、そのての人間には敏感になる者も多い。泉はそうしたなかでここ最近、傭兵社会の外でも注目を集め始めていた。

 だからといって──

「住民でも国民でもない人間に何をやらせているんです?」

「いや~、あはははは」

 アーロンにすごまれてブランドンは思わず尻込みした。因みにアーロンには恋人がいる。綺麗なブロンドの美女だ。

「まあ、断らなかった俺も悪い」

 思わぬフォローにアーロンだけでなくブランドンまで驚いた。互いの立場を理解したうえでの物言いなのだろう。

「あとはよろしく」

「ああ」

 毒気を抜かれ、アーロンは仲間と共に奥に消えた。それを確認したブランドンは、コーヒーを傾けている泉を見やる。

「で、どうだった」

「丁寧には造られていたが、手慣れた奴じゃねえな」

 初めての作成により、その緊張から丁寧な造りになったと見る方が妥当だ。

「相手は素人?」

「爆発の威力もあまり見込めない。腕試しってところだろう」

 場所からして大勢を巻き込むことを考慮しての設置でもない。

「手榴弾よりちょいと威力があるってレベルだ」

「そうなのか?」

「さすがにイラクやアフガニスタンほど材料が豊富に手に入る訳じゃねえからな」

「おいおい」

「大体は砲弾や地雷の炸薬とかを流用して作るもんだ」

 飲み終わったカップを置いて入り口に向かう。

「造った奴は処理班の腕を試す意味合いもあったんだろう。一時間のカウントダウンに合わせてギリギリで解除したように見せかけておけと言っておけ」

「なんで」

 首をかしげるブランドンを軽く睨みつける。

「手早く処理しちまったら次の爆弾のレベルが上がるだろうが」

 こっちのレベルをなるべく下げておけば相手も油断する。

「まだやるって言うのか?」

「これで終わりだとどうして思える」

 相手の手数てかずを図って次を仕掛けてくるのは明らかだ。これは、そのための腕試しに他ならない。

「自分とこっちの腕を試したってのか?」

「頭がいいのか、頭がいい奴がついているのか」

「単独犯じゃない?」

「まだそこまでは解らねえがな」

「いや、助かったよ。ありがとう」

 良くも言うと呆れる。どうせ、いち早く情報が欲しくてやらせたんだろう。逮捕に向けての意欲は買うが、警察ならもっと慎重にやれよとやや無謀すぎるブランドンに肩をすくめた。

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