*巻き込み案件

 テロリストの仕業かどうかもこれから照合していくのだろうと、ひと仕事終えた泉は未だ警官が取り囲むレストランの入り口を出た。

 これ以上、自分が関わることはないはずだ。ブランドンは、なんだかんだで優秀な刑事だと思いたい。

 相手は刑事だからと連絡先を教えてしまったことに、いささか頭を抱えている。今回は偶然、見つかってしまったが刑事の頼みは大体において断りづらい。

 とはいえ、泉をこき使おうなどと考えるのはブランドンくらいのものだろう。

「あん?」

 泉は、ランプを点滅させレストランの前に駐められた数台のパトカーの向こうにいる大勢の野次馬の中にふと、気になる男を見つけた。

 三十代半ばだろうか、あまり手入れをしていなさそうなブロンドの、やけに目をギラつかせた男は周囲を見回して隠れるように現場から遠ざかっていく。

 どうにもきな臭い。しきりに辺りを窺っている男は狭い路地裏に入ると、さびれたアパートに入っていった。

 じめじめとした裏口の扉は普段、利用する人間はあまりいない事がその汚れ方で解る。男は、さして綺麗とは言えない階段を登り、三階の奥にある部屋の前で立ち止まった。

 ゆっくりとドアノブを握り、入り際にも通路に誰もいないことを確認して体を滑り込ませる。あとをつけていた泉はドア越しに気配を確認し、慎重にノブを回した。

 鍵はかかっていないようだが、チェーンはちゃっかりかかっていた。面倒だなとボディバッグを前に持ってきて中を探る。

 小型のワイヤーカッターを取り出し、なるべく音を立てないようにチェーンを切断した。そうして、薄暗い部屋にゆっくりと足を踏み入れる。

 どうやら男は奥の部屋にいるようだ、右に二つある扉の一つが少し開いている。うち一つはトイレとシャワールームに続くものだろう。

 部屋の左隅には簡素なキッチンが見える。掃除をしていないのか、服や雑誌やらで散らかった部屋の中央には大きめのテーブルが置かれていた。紙くずやらのなかに紛れている箱に、泉はふと眉を寄せる。

 足元を気にしつつテーブルに近づいて覗き込む。奥の部屋へのドアを一瞥し、気付かれないように邪魔なものを手でかき分けた。

 姿を現した箱は、先ほど解除した爆弾と同じサイズだ。

「こいつは──」

 作りかけなのか思案しているのか、配線が剥き出しで放置されている木箱をしげしげと眺める。

 そのとき、

「なんだてめえ!?」

「うおっと」

 奥の部屋から出てきた男は、知らない人間がいる事に驚いて腰の後ろからハンドガンを抜き引鉄ひきがねを立て続けに絞る。その動きに、泉は素早くテーブルにかがみ込んだ。

「落ち着けよ」

「うるせえ! 俺は捕まらないぞ」

 震えた声を張り上げる。

 まあそりゃそうだ。そうでなきゃこんな事はしないだろうなと腕時計を一瞥した。ブランドンには連絡したが、見つかったのが早すぎた。ここに着くのにはまだ数分はかかる。

「くそ!」

 撃ち尽くしたのか、男は弾切れのハンドガンを泉に投げつけて奥の部屋に駆け込む。まずい、窓から逃げる気だ。

「なんだって俺が──」

 舌打ちしてテーブルから飛び出し、逃げる男を追う。部屋に飛び込むと案の定、男は窓を開けようと身を乗り出していた。

 泉は躊躇ためらうことなく取り出したハンドガンで男の足を撃ち抜き、相手がひるんだところで素早く距離を詰めてハイキックをお見舞いする。

「はあ、めんどくせえ」

 幾つもの足音を聞きながら、呻く男の腕をひねり上げて元の部屋に戻る。

「大人しくしろ!」

「ごくろうさん」

「えっ、あれ。終わった?」

 男をブランドンに渡すと他の警官たちが囲んで手錠をはめる。それでも観念しきれず、男は警官たちを罵倒し続けていた。

 それくらいのガッツがないと銃を撃ちまくるなんてことはしないだろうなと、遠ざかる声に肩をすくめる。

「これを見ろよ」

 なんとなく手持ち無沙汰になっていたブランドンは、戸惑いつつも銃を仕舞って泉が示したテーブルを覗き込んだ。

「おい、これ」

 険しい眼差しで顔を上げる。泉はそれに無言で頷き、両手を突いて低く唸った。

「特徴も似ている」

「解るのか?」

 苦々しく発した泉に片眉を上げ、いぶかしげに尋ねる。ブランドンには、さっきと今の爆弾の違いも、似ているところも解らない。

「なんとなくだがな。しかしこいつは手慣れた奴じゃない。誰かのを真似た可能性もある」

 泉はそこに違和感を抱いていた。こういうものでも、作る人間によって特徴が現れたりする。ならう相手がいる場合、その特徴を無意識に取り入れることはまま、あることだ。

 こだわりを持てば持つほど、芸術性や自分だけのサインを組み込もうとする者もいる。そして泉は、この作りかけの爆弾から嫌な印象を受けていた。

 はっきりと言葉に出来るものじゃない。だが、確かに知っている。そんな、曖昧あいまいだが確実な嫌悪感は泉を苛つかせる。

「まったく。ちゃっかり巻き込まれちまった」

 放っておけばいいのにと、つくづくな自分に呆れる。仕事でもないのに変な気苦労を背負しょい込むのは勘弁したいもんだ。

「助かったよ」

 肩を叩かれて溜め息混じりに舌打ちした。ブランドンにとっては手間が省けたことだろう。

 タダ働きをしただけの泉は、こいつとはもう関わりたくないと思いつつも押収されていく箱に片目を眇めた。

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