*一弾指
あっさりと隠れ家を破壊しやがった。俺たちがいては遂行は適わないと諦めて倒す計画に切り替えたのか。奴は今の計画をいつ断念した。
いや、奴の考えていることなど今更どうでもいい。とにかく、前回の二の舞は勘弁だ。
泉は木箱を背に腰を落とす。サヴィニオの姿は見えないが、あっちはこちらを見ているだろう。
「くそが」
言って立ち上がり駆け出す。すっかり明るくなった空に舌打ちして警戒しながらサヴィニオの居場所を探った。
左から聞こえた銃声に、素早く近くの木箱に隠れる。これで奴の大体の位置はわかった。それからどうする。
ここは奴のホームだ。明らかにこちらが不利だが、なんとかするしかない。ウエストポーチから楕円形のゴツゴツとした手榴弾を取り出してピンを抜き、タイミングを測って投げつける。
それと同時に走り出し、後方からの爆音に目も向けず次の行動を思案した。
それにしても──
「随分と多いな」
坑道内の箱は解るとして、どうしてこんな所にまで木箱があちこちに積み上げられている?
軽く見回して確認すると、不定期に六箱から十箱ほどが二段か三段くらいでまとめられている。
「あん?」
木箱の隙間から覗くものに眉を寄せた。これはコンクリートだ。
「なるほどね」
相変わらずむかつく野郎だな。
サヴィニオは初めから泉たちが来ることを想定していた。これは盾であると同時に、視界を通さない迷路のようにもなっている。
「やってくれる」
憎らしげに言い放つと周囲を見回した。
──サヴィニオはニヤつき顔で少しずつ歩みを進める。獲物を追い詰める狩人のごとく、焦らずに影のあとを追う。
ベリルと二人で闘う計画だったろうにと泉の行動を鼻で笑った。そうでなければ奴が許すはずがない。
「おやさしいことで」
仲間が傷つくことを嫌がるなんていうのは致命的な欠点だ。
「おっ──と?」
ぴたりと足を止めてかがみ込む。そこには、細いワイヤーが足首の高さに張られていた。ワイヤーを辿っていくと、隠すようにしてさほど大きくないプラスチックの四角く黒い容器のピンにワイヤーがくくりつけられていた。
「やるじゃないか」
この短時間でよくも設置したと感心しながら、ポケットから糸を取り出す。それを慎重にワイヤーに結びつけ、糸を伸ばして距離を取った。
──爆音を耳にした泉は目を
こっちに逃げたのはまずったなと眼下に広がる森に溜息を漏らす。進むにつれて地面は先細りになり、幅が十メートルもない崖に突き当たった。
突き当たりの崖から見てやや左寄りに木箱が縦並びに四つほど積まれている。
泉はそれに身を隠そうと歩き出した瞬間──
「っ!?」
銃声と共に左足に激しい痛みが走り、バランスを崩して倒れ込んだ。勝ち誇ったように近づいてくるサヴィニオを憎らしげに見上げる。
サヴィニオは睨みつける泉を鼻先であしらい、銃口を向けたまま木箱を盾にするように移動する。
「てめえ」
ここにきてもその慎重振りに腹が立つ。
「おっと、動くなよ」
銃口を向けられている状態で動けるかよと思いながら、なんとか出来ないものかと打開策を練る。
だが、どう考えても形勢逆転とはいかない。そんなとき、微かに地面を踏みしめる音が聞こえた。
「いるんだろう! 出てこい」
それは、サヴィニオにも聞こえていた。
「来るな!」
「貴様は黙ってろ」
泉を軽く睨みつけ、音のした方に意識を向ける。
「出てこないとこいつを殺すぞ。いいのか!」
しばらくして、ゆっくりと出てきたベリルに口の端を吊り上げる。
「蹴って寄越せ」
肩まで上げた手にぶら下がっているハンドガンをあごで示した。
ベリルは無言で男を見やり、刺激しないようにと鈍い動作で銃を地面に置き、蹴ってサヴィニオの側に寄せる。
「まさか貴様らが組むとはな」
銃口は泉を捉え続け、他にもあるなら出せと
それに観念したベリルは背後から二丁のハンドガンを抜いて左右に投げ、ミリタリーナイフも同様に投げ捨てた。
サヴィニオはそれを見てポケットから注射器を取り出し、ベリルに投げつける。
「俺に見えるように打て」
足元にころがった注射器にベリルは眉を寄せた。
「やめろ」
「黙れと言った」
死なない相手を捕らえる最も効果的な方法は眠らせることだ。サヴィニオは一度ベリルに狙われてから、催眠剤を常に持つようになった。
「それとも、こいつが死ぬところを見たいか」
なかなか手に取ろうとしないベリルに苛つく。
ベリルは、目で「打つな」と言っている泉に何の反応も示さず注射器を拾う。サヴィニオと目を合わせたあと左腕をまくり、針のカバーを外した。
男はいよいよだと口角を吊り上げる。今回の計画は邪魔をされたが、こいつを売り飛ばせば次の計画に充分な金が手に入る。
不死の研究をしたい奴、戦闘データが欲しい奴、ただコレクションにしたい奴、とにかく一番高値をつけた奴に売りつけてやる。
「止めろって言ってんだろ」
「黙れ」
「あんたが眠った後にどうせ殺される」
「何度も言わせるな」
「ちょっとくらい延びたって意味ねえんだよ!」
「いい加減にしろ!」
泉に気を取られた刹那──破裂音がして、はじき飛ばされたサヴィニオの銃は崖下に落ちていく。その衝撃で痺れた手を握り呆然とベリルを見つめた。
「どこにそんなものを」
手に収まるサイズの
この山道を歩くにしては、足首を守るような靴を履いていない。
「そこか」
そうだ、こいつは「全身凶器」と言われるほど、どこにでも武器を隠し持っていた。忘れていた訳じゃない。油断した自分にがりりと歯ぎしりした。
泉は痛む足で立ち上がり、男を見据えてハンドガンを構える。
「俺を殺すか」
やれよ。愛する叔父の仇だろ。
「どうした。怖いのか」
下卑た笑みを浮かべて泉を煽る。ベリルはその様子をじっと窺っていた。
「そうだな」
しれっと言い放ち、サヴィニオの手を撃ち抜く。男の手のひらに穴が開き、赤い液体が噴き出した。サヴィニオは痛みに醜い唸りを上げる。
殺す前にいたぶるつもりかと痛みで震える手を押さえて泉を見やるが、すでに銃を降ろしていた。
こうなってしまっては、以前のような爆弾作りは出来ないだろう。後遺症は思っている以上に繊細な作業の妨げとなる。
引退するんだなとつぶやいて、満足したように背中を向ける。ふらついて倒れかけたところをベリルが支えた。
「すまねえな」
こんな状態じゃなければすぐにも押し倒したいのにと、残念そうにしながらも頬に触れる金の髪に顔が緩んだ。
抱き心地の良さそうな体についつい寄りかかってしまう。されど、ひと回りほどある体格差にもかかわらず顔色一つ変えずに自分を支えて歩いている様子に、どれだけ力持ちなんだよと怖くもなった。
「──ふざけやがって」
俺を見逃すだと? あんなガキに俺が? たかが人が死んだくらいで頭に血が上る程度の奴に俺が負けただと?
そんな訳があるものか。サヴィニオは奥歯を噛みしめると、転がっているベリルのハンドガンを素早く掴んで泉の背中にその
しかし、引鉄は硬く銃弾が放たれることはなかった。どういうことだと
「おっと、忘れてた」
泉は胸のポケットから小さなスイッチを取り出し、おもむろに押し込む。鈍く小さな爆発音がサヴィニオの周りで幾度か起こり、ビキビキと何かが割れる音が響いた。
何が起こったんだと焦る男の足元は崩れ、遙か下にある森が目に入る。
「き、貴様ぁあああー!?」
断末魔と共に落ちていくサヴィニオに泉が振り返ることはなかった──
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