*風切る遠吠え

 ──深夜三時、迷彩服に身を包んだ男は乱雑に積まれた木箱に背中を預け、胸に装着しているライトのわずかな明かりを頼りに煙草たばこに火をつける。

 しかし、風を切る音と共に男は倒れ込み、手からこぼれた煙草は地面にぶつかる瞬間、赤を灯してじわりと消えた。

 オープナーから改めてサヴィニオの仲間は十一人との報告があり、ベリルが遠目で軽く確認したところ、広い敷地のせいでその人数では監視しきれていないことがわかった。

 基本として二人一組での行動となるところが、一人で周囲二十メートルほどを担当しなければならない。

 サヴィニオの計画からいってこれ以上仲間は増やせず、照明を使うことも出来ない。そのおかげでこちらも動きやすいというものだ。

 ベリルの放つ銃弾が命中している間は見つかる可能性は薄い。とはいえ、敵の全てが狙える位置にいる訳じゃない。それらは泉が倒していくことになる。

 すっかり茶色い地面を晒している、かつての採掘場所に侵入した泉は息を潜めて気配を探りつつ敷地の把握に努めた。

 ベリルが張っている位置からは狙えない敵を見つけると、音を立てないように近づき背後から首に腕を回して一気に締め上げる。

「何人だ」

<そちらと合わせて六人>

 ヘッドセットから聞こえた声に、あと五人かと辺りを見回す。ホルガーがサヴィニオと合流するかと思っていたのだが、言われた事はやったとばかりにさっさと身を隠したようだ。

 抜け目のない奴だと舌打ちし、同時に安心もした。奴らが組むと面倒になることは間違いない。

 当の目標であるサヴィニオは坑道内でせっせと爆弾を作っていることだろう。奴はこういうとき、変にこだわる。

 あたかも、爆弾慣れしていない人物が作ったように装う。脳内で一人の人間を作り出し、「そいつが作ればこんな特徴が出るだろう」と考えながら作成する。

 もちろん、泉ほどの相手にはそんな小細工は通用しない。そもそも、この一触即発の状勢でそんな小細工すら必要はない。

 後々のちのちの事を考慮してのものかもしれないにしても、泉にとっては鼻につく行為だ。

<外した。そちらに向かう>

 その言葉通り、黒い影が慌てて走っていくのが見えた。

「了解した」

 とりあえず追いかける、残りはサヴィニオを抜いて三人だ。狙撃で五人を倒した腕は流石だと感心する。

 舗装された道がある訳じゃない、ベリルの到着はかなり遅くなるだろう。一人でサヴィニオと対決するのは避けたいが、慎重に行動していたため夜明けまで間もない。残り三人は明るくなる前に倒しておきたい。

 奴のいる坑道の入り口に二人いるはずだ、知らせに行った仲間と合流し迎撃してくる。


 ──坑道の入り口で見張っていた二人の男は、今にも転げそうになって駆けてくる仲間に怪訝な表情を浮かべた。

「い、入れてくれ」

「どうした」

「敵だ。早く」

 それに驚きつつも通れと示し、やはりいぶかしげに顔を見合わせる。

 それも当然だろう。敵の襲撃らしい気配はまるでなく、そもそもこんな所まで攻撃に来る人間がいるのかと半ば呆れる。

 むやみに攻撃すれば、周りの反勢力組織を刺激してしまうのだから。

 そこはそれ、「ここには近づくな」とベリルの友人が話を付けていたりする。どんな話をつけたのかは、あえて聞いてはいない。

「サヴィニオ」

「なんだ」

 コードや電子機器が散らばる金属製のテーブルで爆弾を組み立てていたサヴィニオが顔を上げる。

「敵だ。狙撃された」

「狙撃?」

 受けた報告にオリーブ色の目を眇めてあごひげをさする。モカブラウンの髪にはちらほらと白髪が混じり、彫りの深い顔立ちは今までの体験からなる鋭い存在感と傷跡がいくつか見て取れた。

「狙撃は気にするな。侵入者を殺せ。一人いるはずだ」

「え? あ、はい」

 戸惑いながら外に向かう背中に笑みを浮かべる。

 狙撃しているのはベリルだろう。その隣でちんたらしているはずがない。すでに侵入していると見ていい。

 狙撃場所を考えてみても、ベリルがここに到着するには時間がいる。

「厄介な奴が来る前に潰す」

 口の中で発して組み立て作業を再開した。


 ──泉は、浴びせられる銃弾に木箱を盾にして思案する。坑道の入り口まで二十メートルという距離で脚を止められた。

「思ったより早えな」

 敵の対応の早さに舌打ちし、ポーチから丸い爆弾を取り出す。そして、銃撃の合間に投げつけて敵が盾にしている木箱にくっつけた。

 突然の爆発に怯んだ隙に素早く近づき、今度は四角い爆弾をピンを抜かずに貼り付けて足早に戻る。

 ベストのポケットから手に収まるサイズのスイッチを取り出すと、ここぞというタイミングで押し込む。

 その瞬間、残っていた敵は先ほどよりも激しい爆発に吹き飛ばされて、あえなく地面につっぷした。

 泉はしばらく様子を見て動かない事を確認したあと、遠くを一瞥し坑道に踏み入る。中は思っていたよりも広く、沢山の木箱がある程度の数でまとめられて積み上げられていた。

 中身は武器だったり食料だったりするのだろう。

「よう、久しぶりだなあ」

 聞き知ったむかつく声に顔をしかめる。

「背中の傷は治ったか?」

 てめえがやっておいてよくも言うと舌打ちし、反響する声にサヴィニオの場所が掴めないでいた。

 壁に吊された裸電球の明かりは薄暗く、広い坑道内をくまなく照らせるほどの数もない。気配を探りながらゆっくりと足を進めるも、サヴィニオがどこにいるのかまったく解らない。

 ベリルが到着するまで今の状態を維持するか?

 そんなことを考えていた泉だが──

「じゃあな」

 入り口の方から声がして振り向く。昇りかけている太陽は空を黄金色に染め始めていた。黒い影はニヤリと口角を上げると、手にしているものを押し込んだ。

「やべえ!?」

 かすかに聞こえる電子音から逃げるように坑道の入り口に向かう。背後から聞こえてくる爆音は泉を追いかけるように近づき、間一髪で外に飛び出し爆発の衝撃を受けて倒れ込む。

「あのやろう」

 痛みに顔を歪めて立ち上がる。飛んできた破片であちこちに切り傷が出来たが致命傷は免れたらしい。

 警戒して見回すもサヴィニオの姿は見えない。しかし、必ずどこかに隠れているはずだ。ここにいては狙い撃ちされる。泉は痛む体を引きずるように歩き始めた。

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