◆-八の章-

*途切れぬもの

 滑走路の脇にある雑木林にジープを移動させ、泉とベリルは夜戦に向けて準備を進める。泉は武器の確認をしているベリルを見やり、自分の手元を視界全体で捉えた。

 ──叔父が亡くなったと知らされたあと、荷物だけが恭一郎の元に届いた。

 ダンボールを開けると、チョコレートや乾燥パスタが詰められていて俺を太らせたいのかと思いながら探っていたとき、底の方に薄い長方形のギフトボックスを見つけた。

 イタリアのブランド名が記されている箱を開け、高級な革の匂いに口元を緩める。ブラウンの長財布は厚すぎず重すぎず、まるで何年も使い込んだもののように恭一郎の手に馴染んだ。

「は……」

 土産だけは無事に届いたらしい。乾いた笑いが突いて出る。

 叔父は旅行先から帰ってきたとき、この財布を使っている恭一郎を見たかったのだろう。わざわざ先に送るところが叔父らしい。

 これまで、多くの事を伝えずにいた。目の前で幾度も死を見てきたはずなのに、叔父だけはそんな枠から外れていると思っていた。

 伝えられる時間はあまりにも少ないのだと、やはり手遅れになってから痛感するものだった。

「ばかやろう。死にやがって」

 長財布を握りしめ、背中を丸めて悔しげにつぶやいた。

 ──抱えきれない感情に押しつぶされそうになりながらも、どうにかこうにか生きてきたがそろそろなんとかしたい。

 それもこれも、あいつがまだ活動を続けているからだと苦々しく舌打ちする。そしてふと、ベリルに目を移した。

「あんた。どこまで俺のことを知っている」

 その問いかけに、ベリルは手を止めて泉を見つめた。何も答えず、小さなLEDランタンを取り出し泉の手元を照らす。

 陽は傾きかけ、家の明かりも街灯もない場所ではすぐに真っ暗になる。

「今のお前ならば奴と対峙しても冷静でいられると考えている」

 やっぱり知っていたかと肩をすくめた。隠している事柄でもない、ちょっと調べれば解ることだ。

 知っていて、何も言わずにいたベリルに口の端を吊り上げる。

「面影がある」

 聞こえた言葉に目を丸くした。

「叔父を知ってるのか」

「何度か組んだことがある」

 可愛い甥がいると言っていたが、お前のことだったとはな。

「なんて言っていた」

「物覚えが早い」

 それに吹き出す。こんなところでつながるなんて考えもしなかった。

「冷静ならば誰にも負けないとも」

 いつか、会ってみたいと思っていたよ。こんな形になるとは思わなかったがね。

 静かに紡がれた声に泉は目を細めた。これは叔父の導きだと思いたい。そう思うことが今の自分を安定させている。

 そうでなければ、今にも飛び出してしまいそうだ。そして失敗して、今度は死ぬもしれない。

「叔父とは一度も仕事はしなかった」

 泉が一人前になったときには叔父はすでに引退していた。

「皮肉なもんだ」

 引退してから死ぬなんてな。

 何度も死地に陥っただろうに、そんな場所から離れてもなお、叔父には死がつきまとっていたのか。

 戦場でもない所で、どうして叔父は死ななければならなかったんだ。今までの報いだとでも言いたいのか。だったら、どうしてあいつはまだ生きている。

 許せる訳がないだろう──ああ、だめだ。気分がどんどん闇に墜ちていく。

 奥歯を噛みしめて拳を握りしめたとき、背中を軽く二度叩かれた。振り向くと、ベリルがすでに作業に戻っていた。

 それにやや呆けたが、何事もなく準備を続けているベリルに何故だか安心して作業を再開する。

 ──そうして、完成した大小の黒いプラスティックの物体と確認の終えた武器を二人は見回した。

「あんたなら解ると思うが一応説明するぞ」

 泉は組み立てた四角や丸い形のものを手に取る。

「こいつはくっつけてからピンを抜くと二分で爆発する」

 四方が十二から十三センチほどの四角い箱を持ち上げたあと、手に収まるサイズの丸い円盤状のものを示した。

「これは投げて何かにくっついたら十秒で爆発だ。あとのは解るよな」

「それは?」

 ベリルは、泉が腰のベルトに差してある長細いプラスティックを指差した。砂色でペンよりも太く、ペットボトルよりも細い。突き刺せるようになのか、先端は金属で尖っている。

「ああ、これは……。もしものときのやつだ」

「そうか」

 それ以上は尋ねることもなく武器を装備していく。泉を信用しているのか、ただ面倒なだけなのかは解らない。

 最後にベリルが大型のケースから取り出したのは、一メートルほどのすっきりとした形のスナイパーライフルだ。

 夜間での狙撃のため暗視スコープと、なるべく気取られないようにと銃身の先には、本人の耳の事も考えて抑制器サプレッサーが取り付けられている。

 とはいえ、発射される弾丸が超音速で衝撃波の音を出すため、サプレッサーのみでは意味がない。

 音を抑えるために、弾速が音速を下回るよう調整されている亜音速サブソニック弾を使う。そもそも、当たらなければすぐにばれてしまうし、完全に音を消せる訳でもない。

 風を切る独特の音に気付かれればそこで終了、あとは個別に闘っていくしかない。

 どこまでこちらを有利に出来るかはベリルの腕にかかっていた。

「期待はするな」

「俺よりはいい腕だろ」

 二人は見合ってジープに乗り込んだ。

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