*間際の膳立て
リベリア共和国──西アフリカに位置する共和制国家は北にギニア、西にシエラレオネ、東にはコートジボワールと国境を接している。
南は大西洋に面しており、海岸の多くはサンゴ礁やマングローブの密林に覆われている。内陸部は草原で農地は国土の一パーセントほどと限られていた。
首都はモンロビア。リベリア最大の都市でメスアルド川に囲まれた港湾都市である。
道路のほとんどは舗装されておらず、高温多湿の熱帯気候で時折、ハルマッタンと呼ばれる砂混じりの熱風が吹く。
エチオピアに次いで古く、二度の断続的な内戦が起きた波乱の歴史をまとう国は、いまも不安定だ。
泉たちを乗せた輸送機は、内戦前には使われていた滑走路の一つに降下していく。
──飛行場から飛び立ってしばらくして機体が安定したことを確認し、着替えを始めたベリルの様子を泉は食い入るように見つめていた。
サンドカラーの迷彩服にオーダーメイドだろうか、グレーのすっきりとしたタクティカルベストを重ねる。
肩と太ももに拳銃を仕舞うホルスターを装着し、武器を収納していった。
すっかり男に戻ったベリルを乗組員たちは残念そうにしていたが、泉は待ちわびていたように目を輝かせる。
上品な顔立ちと動きにその服装は違和感があってもいいものだが、やはりベリルはしっくりと着こなしていた。
全身からにじみ出る泥臭さは洗練された兵士のそれであり、「こうでなければな」と泉の口元に笑みを浮かばせる。
それと共に、いよいよだという実感が湧き上がってくる。
──放置されている滑走路はガタガタであちこちに草が生い茂り、乗組員たちはなんとも酷い着陸を味わった。
しかし二人はさほど気にする素振りもなく、腕の良いパイロットだと感心すらしていた。
輸送機から降りるとピリピリとした気配が肌を刺す。いつ攻撃されてもおかしくはない状況だが、事前にベリルが話を付けていたようだ。
一同はそれに、反勢力組織に知り合いでもいるのかと唖然とした。
「彼らと仲の良い知人がいたのでね」
さすがの顔の広さに感服する。ひとまずは安心といったところか。
とは言うものの、身を隠して取り囲んでいる連中は「不審な動きを見せればすぐさま殺してやる」という気概を目一杯に放っていた。
そんなやりづらさのなか、手に入れた中古のジープに荷物を積み込んでいく。
「それじゃあ我々はこれで」
「ありがとう」
そうして輸送機を見送り、泉はベリルに向き直る。
「目的地は?」
ベリルはおもむろに地図を取り出し、ジープに乗せた荷物の上に広げて指し示した。泉はそれに、なるほどねと皮肉めいた笑みを貼り付ける。
ニンバ
しかし、ニンバ山には鉄鉱石の鉱脈があり、リベリアからの難民流入やリベリア側で採掘のための開発が行われていることにより、自然環境に深刻な影響を及ぼしているとされ現在は危機遺産に登録されている。
ニンバ山のあるニンバ郡は内戦で最も被害の酷い地域の一つだ。
「見回りのレンジャーなんかいる訳ねえしな」
隠れ場所としては、まさにうってつけである。さらにベリルは一つの地点を指す。
「こちらは採掘中だ」
それだけで除外出来る。
「じゃあどこだ」
泉の問いかけに、先ほど示した方とは反対の山を指した。ここはすでに掘り尽くされていて誰も近寄らない。
そしてベリルはオープナーから届けられた写真を数枚、地図の上にばらまく。
「こいつは悲惨だな」
一枚を手にして泉は同情気味につぶやいた。木は切り倒され、山肌が露出している。よく見ると、木箱らしきものが幾つも積み上げられていた。
「ざっと数えて仲間は十人ほどらしい」
思ったより多いことに泉の眉間には深いしわが刻まれる。拓けた場所でないことは願ったりだが、だからこそベリルは仲間を集めなかったのだろう。
狭く、入り組んだ場所ならば闘い方次第で勝ち目はある。数が多いと返って邪魔になり同士討ちしかねない。
この場合、練度が物を言う。そこらの奴に負ける気はしないし、ベリルに至っては自分よりも確実に上だろう。
もとより、負けるつもりも油断するつもりもない。
「作戦は」
「まず狙撃で数を減らす。ばれたら頑張れ」
「了解した」
随分と素直な返事にベリルは切れ長の瞳をやや丸くして泉に視線を合わせた。
「なんだよ」
「不満はないのか」
「俺だけでそれ以上の説明はいるのか?」
他に仲間がいたならば丁寧な説明をしたかもしれないが目の前には泉しかいない。
いくらなんでも簡素な説明だったかと思ったものの、それを理解した泉に感心して口角を上げると地図を仕舞う。
「さてと、手伝ってくれるか」
泉は早速、運んできたプラスチックケースのいくつかを開けて、入っているものを確認しながら一つ一つ取り出していく。
「指示を頼む」
大小の電子機器やコードを並べ、工具を前に二人は組み立て作業に取りかかった──
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