*その先に希望は見えるか

 監視の目を上手く抜けたかどうかは解らないが、泉はひとまずベリルのいるホテルに向かう。

 それなりにセキュリティもしっかりしたホテルらしく、監視している奴らはホテルのロビーに居座ることは出来ないそうだ。

 ガラス張りのドアがずらりと並び、一定間隔で数人のドアマンが客を迎えるために背筋良く立っている。

 その服装と立ち居振る舞いはなるほど、不審な人間を見逃しそうにはない。

 敷地は広めで監視するには離れた場所からになり、奴らには厄介なホテルだと言える。とはいえ、本当に大丈夫なのかと思いつつホテルからやや離れた場所に車を止めた。

 よくよく考えると、カーティスの言うように間近でも解らない変装なら、どうやってベリルを確認すればいいのだろうか。

 若干の不安が湧き上がりふと、バックポケットのスマートフォンが着信を振動で伝えていた。

「あん?」

 画面には<今から出る>とベリルからメールが着ていた。ということは、これから出てくる人間を見ていればいいのか。

 それならとホテルの入り口を見やる。

 しかし、スーツを着た男は体格が違いすぎる。赤いワンピースの女はそもそもだ。デブはさすがに安い変装では無理がある。

 逆も然りで、ひょろい青年に顔をしかめた。さらに、家族連れは論外だろう。どれもベリルだとは到底、考えられない。

 そんなとき、後部座席のドアを開いて一人の女が入ってきた。

「おい」

 泉はこれでもかと眉間にしわを刻み、勝手に入ってくるなと目で威嚇する。

 背中まであるくすんだブロンドに、長袖の白いシルクシャツを着こなしシンプルだが上品なパンツスタイルだ。

 かなりの美女ではある。しかし、泉にとってはどんな容姿だろうが等しく女であることに代わりはない。

「早く出せ」

「てめえ、何言って──」

 言いかけて、聞き知った声にようやく気がついた。

 形の良い唇に薄くひいたルージュと青い目、胸に視線を降ろすと──無い。ブラジャーすらしていない。なのに、なんだって胸があると思い込んだのか。

「いいから出せ」

 目を丸くしている泉に顔をしかめて急かす。

「マジかよ」

 ナチュラルメイクよりも軽い化粧でどうしてここまで化けられるのか。確かに、間近にいてもすぐには気がつかなかった。

 青いカラーコンタクトはまるでフィルターのように、ベリルの存在感を少しだけ和らげている。

「このまま西へ」

「あん?」

 言われたとおりに車を向ける。そういえば民間の空港があった。

「化けたな」

 ベリルはそれにさしたる反応を示さず、泉が持ってきたバッグをシートに乗せて中身を確認する。

「着替えないのか?」

「飛んでからだ」

 なるほど、あの監視だけで済ませているはずがないということか。それならと泉も変装を解くのを止めた。サヴィニオの先を読まなければ奴には勝てない。

 ベリルはというと、ジャンパーを羽織りそれまでの上品さを消し去って強気な女といった風貌に変わる。

 目指す空港は州の境界線付近にあり、ここまで来ると街の明かりも遠くかすんで見える。さすがに民間だけあって飛行場全体が公共用のものより狭く感じられた。

 敷地に入ってもそのまま車を走らせ、滑走路の手前に止まっている二機の飛行機を視界に捉える。格納庫に到着し、車から降りると三人の男が二人を迎えた。

「よう」

 そのうちの一人、四十代と見受けられる大柄な男が軽く手を上げる。深緑のつなぎと茶色いブーツ、黒い短髪に赤茶色の目は細めだが口は大きい。

「準備は出来てるぜ」

 グレーの小型輸送機を親指で示す。この飛行場の責任者といったところか。ベリルとは顔なじみらしく、笑顔で握手を交わしている。

 ずんぐりとした機体は後ろのカーゴ扉が降ろされていて、他の二人は車に積まれている荷物を小型輸送機に移す作業を始めた。

「いやあ、変装してくるとは聞いていたが、まさかこんな美女になるとはね」

「悪い冗談はよせ」

「本心だ」

 相変わらずの自覚のなさに肩をすくめる。とはいえ、女装した自分の姿に自覚しろという方もどうかという話だ。

「言われたものは積んである」

「すまない」

「おやすいご用さ」

 男はウインクして書類を渡し、飛行機を飛ばす形式上のやり取りを始める。よく使う空港なのか慣れた手つきでそれを受け取った。

「あいつ、捕まえられるといいな」

「うむ。そう願っている」

 サインした書類を返して、飛び立てる準備をしているスタッフを視界全体で捉える。入念な作戦と慎重な行動に読まれていないと思いたいが、相手が相手なだけに楽観視は出来ない。

 逃げられない距離にまで詰めてしまえば、あとは強行あるのみだ。

「協力は惜しまないぜ」

「ありがとう」

 親指を立てて白い歯を見せる男に、別れの挨拶として軽く手を上げ飛行機に向かった。輸送機内にはすでに泉がいて、荷物を固定する作業を手伝っている。

 そうして積み込みは終わり、機長と副操縦士が乗り込む。スタッフの二人も硬いシートに腰を落とし、カーゴ扉が閉じられた。

 エンジンの音はさらに大きくなり、ゆっくりと滑走路に向かう。振動であちこちから色んな音がたち、飛び立つために輸送機の速度はぐんぐんと増していった。

 残された男はベリルたちの武運を祈るべく、暗闇に吸い込まれるように遠ざかる機体をじっと見つめた。

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