◆-七の章-
*レプリカワーク
──夜、大型の黒い四輪駆動車がモーテルに入ってきた。それは泉のジープの隣に駐まり、眼鏡をかけた男が車から降りて前にある部屋に入る。
テレビを見ていた泉の耳にもそれは確認され、そのまま聞き入っているとモーテルの管理人とのやり取りが続いた。
それも終わり、管理人が部屋から出て行く音がしたあと、壁にあるドアがノックされる。泉は立ち上がり、気配を探りながらノブを回した。
「やあ。キョウイチロウ イズミ?」
やけに軽そうな男が笑顔で立っていた。泉はそれに若干、怪訝な表情を浮かべる。
身長は泉より五センチほど高いだろうか。ブラウンの髪は柔らかめで肩まであり、青い目は無邪気に丸くその風貌は実年齢よりも若く見えているかもしれない。
同じ歳かやや上と思われる男は、その軽快な足取りに陽気な人物だと窺えた。
「カーティス・ハルフォードだ」
「想像していたのと違うな」
差し出された手に素直に応え、率直な意見を口にする。
「なんだい? ベリルの友達だからって、くそ真面目な奴かと思ったのか」
信用出来るし腕も確かだと聞いてはいたが、ベリルの友人と言われてもピンとこない。それほどに、この男とベリルとはギャップがあった。
「これでもベリルとは気が合うんだぞ」
その言葉にも顔をしかめるしかない。
「大体だな、ベリルを真面目だと思ってる奴が多すぎる」
「違うのか」
「薄々は気付いてるんじゃないのか」
そう言われてみればと記憶をたぐる。
「外見と言動から真面目に見えてるだけだ」
中身は俺と代わりゃしないという言葉に、「いや、流石に代わるだろ」とは言いたくなる。
「それより、これからどうするんだ」
「おっと、そうだった」
話を戻すと、カーティスは持っていた黒いボストンバッグから色々と取り出していく。
「大丈夫なのか」
ベッドに並べられた衣服とブラウンのウィッグや青いカラーコンタクト、伊達眼鏡をいぶかしげに眺める。
「全部俺の持ち物だから、代金はベリルに請求しとく」
カーティスに成りすまし、ここから抜けるための変装道具だと理解した。因みに、カーティスがしていた眼鏡も伊達である。もちろんUVカット加工。
「問題はないと思うよ」
監視はあんたに集中しているし、俺のことまで注意はしていないだろ。ただの客だと思っているさ。
少しでも顔が隠れるようにって眼鏡をしてきたんだよと言いもって、バッグからメイク道具を取り出す。目を守るために普段は昼間にかけているものらしい。
「これくらいの身長差なら気付かれないさ」
そうは言われても、日本人とアメリカ人では顔立ちだけでなく体型の差も大きい。
「いけるって。あんたガタイもいいし、意外と足も長い」
日本人にしてはと付け加えて、ベリルの作戦を信用しろってと背中を軽く叩かれた。他の方法が思い浮かばない以上、疑っている場合でもないかと肩をすくめる。
「化粧もするのか」
ベッドに座れと促され、面倒がりながらもそれに従う。
「軽くね。遠目からぱっと見で日本人と思われなければいい程度」
なるほど、カーティスは多少なりともメイクの経験があるらしい。面白い経歴を持っていそうだ。
カーティスは武器の調達を主な仕事としており、数十人からなる大規模な戦闘では装備品の管理や後方支援を担当する事が多い。
そうして、慣れないメイクに違和感を覚えつつ、陰影を少し付けるだけで本当に数分で終わった。
「車のキーはこれね。言われたものは積んであるから」
「ありがたい。裏口で待てばいいのか」
「入り口で待ってていいよ」
「あん?」
あれだけ目立つ容姿をしていて、ホテルの入り口から堂々と出てくるだって? 易い変装くらいではすぐに見破られるだろうに。
ぶっちゃけ、サヴィニオはベリルを警戒している。状況はこちらよりも深刻だ。
「大丈夫だって。間近にいても絶対に解らないから」
「あんたがやったのか」
「いいや、ベリルは自分で出来る。前に見たことがあるんだよ」
一体、どんな化け方をするのかと気にはなったが、カーティスがそこまで言うのなら信じるしかない。
「しばらく窮屈だろうが──」
「いいっていいって、俺もあいつ嫌いだし」
ぶっちめてきてよとヒラヒラ手を振る。終始、軽いようにも思えるが根は真面目なのだと、なんとなくは見て取れた。
「あんたらがアメリカから離れる間だけだしね」
それまで引きこもっているだけだから、すぐにバレても問題はないよ。
──確かにそうだ。泉たちが向かっているとサヴィニオが知った時は、対策を練るには遅すぎる。
「じゃあ頑張ってきてね~」
「勝てる保証はないがな」
着替えた服とウィッグを気に掛けながら、カーティスが持ってきたバッグを肩に掛けて壁のドアから隣に移る。
我ながら、弱気な返事をしたと呆れて舌打ちした。しかし、今回ばかりは虚勢を張ってもいられなかった。
いつも自信がある訳じゃない。それでも、それなりには成功の道筋というものは見えていた。
新しいパートナーであると同時に、相手がサヴィニオでは躊躇いもする。獲物であるベリルと行動を共にするものの、色気を出してはいられそうもない。
全てはこの件が片付いてからだと切り替えて、モーテルのドアを開いた。少なくともあの時とは違い、一人で闘う訳ではないのだから──
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