*蜃気楼のつくりかた

 ──青年は、薄暗い部屋で目の前のテーブルに置かれているアクリルの白い箱を不安げに見下ろし、両側に同じく箱を見つめる二人の男を茶色い瞳で交互に一瞥した。

「なあ。本当にやるのか」

 不安はその視線だけでなく声にも表れている。

「当たり前だ。今更、引き下がれるかよ」

 青年に問いかけられた男は、やや興奮気味に工具を握りしめ険しい表情で答えた。青い目をぎょろつかせ、汗でへばりつく硬い栗色の髪を鬱陶しそうに撫でのける。

「この国は狂ってるんだ。俺たちで粛正するんだよ」

 込み上がる感情を抑えてつぶやいたその男に呼応するように、もう一人の男も低く発した。

 互いに見合い、それぞれに視線を落とす。三人の男は今まで貯め込んでいたものを詰め込むように、眼前の箱をじっと睨みつけた。

「そうだ。俺たちがやるんだ。やり遂げるんだ!」

 立ち上がり、昂ぶるままに拳を振り上げる。彼らはいま、まさに英雄にでもなった気で口元に笑みを浮かべた。

 そのとき──

「逃げて! サツだよ!」

 飛び込んできた女が短い髪を振り乱し叫んだ。その女の背後からにゅっと手が伸び、腕を掴むとグイと引き寄せる。

「はいはい、もう終わり。手を上げて」

 ブランドンの言葉と同時に、銃を構えた警官たちが部屋になだれ込む。

「な!? なんだよ!?」

 驚いている間にも、警官たちは抵抗しないようにと銃口を突きつけて無表情に持ち物チェックを開始していった。

「痛いな! 離せよ!」

「お前らの不満をぶつけられる方の身にもなれよな」

 やにわに拘束されて抗議の声を上げる男にブランドンは溜息を吐く。泉からの連絡で踏み込んだ訳だが、奴を信じて良かったと室内を見回した。

 爆弾製造の指南役と連絡が取れなくなり焦った彼らは、今まで教わってきた知識を使い自分たちで造ることにした。

 しかし、彼らは目の前で製造過程を見ていた訳ではなく、メールで送られてきた製造方法に添って作成していたに過ぎなかった。

 起爆装置となる電子機器も送られていたため、新しい爆弾となると自分たちだけではにっちもさっちもいかず、途方に暮れながらもなんとか造ろうとしていた。

 もう少し泳がせておくつもりだったが面倒になった──そんなベリルの言葉に、雑な対処もするのかと泉は目を丸くした。完璧主義という訳ではないらしい。

 どのみち、彼らから先に続く情報を得られないことは解っていたし、野放しにしておけるほど寛容になってもいられない。

 素人集団はこれで解散を余儀なくされたことになる。だが、そこに所属していたという事実が消えることはない。

 いっときの憧れや感情の高ぶりから取った行動は、ブラックリストに載せられる対象として死ぬまでそれはついてまわる。

 そこからどう生きるかが、今後の彼らに問われるところだろう。

 直接、戦争には関わらない泉とベリルが自分たちのしている事を美談になど出来ず、仕方がなかったにしろ人を殺めた事実を消し去ることが出来ないように──

「それで、どうする」

 かかってきたベリルからの電話に、これからのことを尋ねた。

<今から言うモーテルに移動してもらいたい>

「あん?」

<見つからないように、ここから離れなければならないのでね>

「確証は得たのか」

<うむ。アリーがよくやってくれた>

 馴染みの情報屋の名だろうか、それから作戦の説明を始めた。


 ──街灯もあまりなく、閑散とした町の一角。夜勤でもしているのかと遠くに見える高層ビルに点る明かりを一瞥し、泉は目的の部屋の前にジープを駐める。

 部屋に入ると、さっそくモーテルの管理人と思われる男が現れて今日の分の部屋代を請求し、チップと共に支払うとルームキーが手渡された。

 入り口の鍵を閉め、キーをテーブルに乗せると部屋を見回す。ベッドは入り口から見て左にあり、簡易キッチンにシャワーと基本的なワンルームだが、

「なるほどね」

 隣に抜けられるドアを見て口角を吊り上げる。管理人に言えば開けてくれるもので、すでに話は付けてあるとベリルが言っていた。

 その通り、ドアノブを回すと軽いきしみを立ててドアに隙間が出来た。それを確認し一旦、ドアを閉めるとベッドに腰を落とす。

 小さな冷蔵庫に入っているビールの栓を抜き、乾いた喉に流し込む。

 このままアメリカから出れば、サヴィニオはまた隠れてしまうだろう。それを避けるためには、奴の監視を騙す必要がある。

 上手く抜け出さなければと考えてはいたが、その方法までは思いついてはいなかった。すでに作戦まで練っていたことに驚きながらサヴィニオに会えるときを心待ちにしていた。

 対面して逆上することはもう無いだろうが、冷静でいられる自信はない。

 そんな自分に情けなさを感じつつ、感情の起伏が緩やかなベリルがいてくれることは助かっていた。

 まだ短期間の付き合いでしかないが、パートナーとしては充分すぎるほど優秀だ。この状況では仲間を集めることが難しいだけに心強い。

「俺は、やれるのか」

 宙につぶやき、目を眇めて背中を気に掛けるように肩を掴んだ手に力を込める。

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