*二段構え

 話も終わり、泉は次の情報まで待機でもしていようかとモーテルに戻る。サヴィニオについては、ベリルより知ってはいても詳しいという訳じゃない。

 追いかけ回していた時期もあったが、そんなことを続けてもいられない。運命というものがあるのなら、望まなくともいつか再びその姿を現すだろう。

 泉はそう思うことで、半ば投げやりに未練を断ち切った。

 そんな思念に囚われている俺を、叔父は良くは思わないだろう。お前らしく生きろと言うだろうが、これもまた俺の意思だ。

「時間があると余計なことを考えちまうな」

 頭を抱えて溜息を吐き出す。

 解っている、これは時間があるというだけじゃない。件の人物と対峙するチャンスが再度、訪れたことで感情が高ぶっているせいだ。

 サヴィニオとはベリルにも何かしらの因縁があるようだが、俺のようなものではないだろう。あいつはただ、逃げられ続けているというだけに過ぎない。どこまで俺のことについて調べたのか気にはなるがな。

 そのとき、バックポケットのスマートフォンが着信を振動で伝えた。忙しないなと舌打ちしながらそれを取り出し、表示されている文字に目を眇める。

「あん? なんだって?」

 聞こえた言葉に驚いて思わず聞き返すも、やはり聞き間違いではない。なんてこったと歯ぎしりし、ベリルに連絡を取った。

「オープナーが見つかっちまった」

 苦々しく報告する。見つかれば退くしかなく、その時点で泉の雇っていたオープナーは契約を打ち切った。

 このままでは、折角掴んだ糸口の端をまた見失ってしまう。

<そうか>

 冷静な声に少しの違和感を覚えつつ翌日、会って話し合う約束をした。


 ──泉は、すっかり緑になった桜の樹を眺めてベリルを待っていた。

 華やかなタイダルベイスンもいいけれど、葉桜は落ち着いた雰囲気をまとい、訪れる観光客に程よい陽射しを提供している。

 遠くにベリルの姿を捉えて歩み寄り、互いに軽く手を上げて挨拶した。相変わらずの上品な仕草に抱きしめたくなる心情をひと睨みで抑えられる。

 泉は気を取り直し、本題を振った。

「振り出しに戻ったか」

「いいや、先に進んだ」

「あん?」

 どういうことなのかとベリルを見下ろす。

「奴はこれで安心するだろう」

 まだオープナーがいるとも知らずに──

「あんたも付けていたのか」

 確かに、これまで何度となく逃してきたほど警戒心の強い相手と考えるなら、見つかることも見越していなければならなかった。その穴を埋めてくれたのは有り難い。

 未だ、サヴィニオの姿は見えない。しかれど、このことが油断を誘うきっかけになる。

「これは推測だが、奴の狙いはニューヨークではない」

「どういうことだよ」

「例の組織が計画、実行したのは変圧器の前までだ」

「あん?」

 つまり、変圧器はサヴィニオ自身が計画したことだと?

「なんだってそんなことしやがる」

 内戦状態の国ならいざしらず、アメリカでそんなことをしても監視が厳しくなるだけで奴にはなんのメリットも無い。

「我々の目をここに集中させるためだろう」

 泉はそれに片目を眇める。つまりは──

「別の場所で何かしでかすつもりなのか」

 しかし、一体どこで?

「資材の調達はどこでおこなっている」

「あん? アフリカの南西部だったか」

「西アフリカに政情不安定な国があるだろう」

「大体のとこがそうだろ」

 それを言うなと眉を寄せる。そんなベリルを眺めつつ、泉は記憶にある情報を探る。

「あー……。確かあったな」

 政府と反政府勢力が睨み合いを続けていて一触即発の状態だ。

「そこで大規模な自爆テロが起きればどうなる」

「おいまてよ」

 それが発端となり、内戦に発展するのは必至だ。

「しかし、誰がそんなことをする」

 大半の者は家族のためにと、金を貰う約束のもとに実行している。そこにはただ貧困があるだけで、揺るぎない思想などは存在しない。

 サヴィニオがそんな大金を払うとは思えない。

「志願者などいなくても成り立つのだよ」

「手当たり次第にやるっていうのか」

「そこらへんの車にでも設置すればいい」

 それだけで人々の不安や不審は増大し、抑えていた感情は爆発するだろう。緊迫し、情報を得られない環境では真実が解き明かされる前に争いが始まる。

 サヴィニオは自分の行動範囲を広げようとしている。

「あのくそやろう」

 あいつならやりかねない。低く、唸るようなつぶやきに怒りが見て取れてベリルは目を細めた。

 泉がベリルに意外だなと感じた部分があるように、ベリルもまた泉にそれを感じていた。

「今はまだ推測の域を出ない」

 それが事実となるかどうかは、今後の情報で決まる。

「奴が動く前に、こちらも対応出来るようにせねば」

 推測が当たっていようがいまいが、何かをしようとしている事に代わりはない。

「すぐに動けるようにしておく」

「頼む」

 サヴィニオもまた、こちらを監視している。いままで以上に慎重に動く必要がある。

 ようやく対峙するチャンスを再び得た泉は、はやる気持ちに拳を握りしめ、「逃したくないならはしゃぐな」と自らに釘を刺す。

 あのときとは違う──そう言い聞かせ、何かを思案しているベリルを見つめた。

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