◆-六の章-
*傷の記憶
「な、なんだよ、お前ら──!?」
路地裏の一角、へたり込む青年は目の前にいる二人の男を凝視した。
青年の名はオーブリー。堀が深く健康的な褐色の肌と若草色の瞳、堅めの黒い髪に勝ち気な面持ちをしている。
まだ二十代前半だが「メタリック・ベルズ」のボスだ。チンピラまがいの集団なれど、それなりに取れている統率は戦闘経験のある者でも相談役に据えているのか。
依頼を受けて送り込んだ仲間が警察に捕まったという報告を路地裏で聞いていたとき、現れた二つの影がそこにいた仲間をあっという間に倒してしまった。
いくらチンピラに毛の生えた集団といえども、自分の護衛として側に置いている人間は幾分かの強さがあればこそ選んでいる。
それが、反撃する間もなく地面につっぷした。こうも堂々と攻め込まれ、鮮やかなまでの行動にオーブリーは腰を抜かした。
「なんなんだよ!?」
恐怖から、うわずった声をあげ涙も滲む。それなりの危険も冒してきた青年だが、こんな経験は初めてだ。
泉はそんなオーブリーの前に立ち腰を落とす。
「獲物から出向いてやったんだ」
「何!? じゃあお前が──」
「あ?」
「ひぃっ!?」
「怯えさせるな」
ベリルは泉をなだめ、睨まれて縮こまっているオーブリーを見下ろした。
「依頼主を教えてもらいたい」
「教えられると思うか!?」
震えながらも半ば叫ぶように答えた。一応のプライドというものはあるらしい。
「どのみち、成功する見込みのない依頼はキャンセルした方が良い」
「キャンセルなんか出来るかよ! 相手はホルガーだぞ!? ──あわわ」
思わず口を滑らせたオーブリーにベリルは眉を寄せた。
「ホルガー? ホルガー・ベルゲン」
「知ってる奴か」
「狂った芸術家」
「なんだよ爆弾狂か」
ホルガー・ベルゲン。ドイツ人の四十二歳。サヴィニオと同じく、その技術を安易に売り渡している。
「随分と人気がある」
「知らねえよ」
煙たがられるほど何かをした覚えは──
「してるか」
色々と思い出して頭を抱えた。多分、解除してきたくそ面倒な爆弾のほとんどがこいつらのものだ。厄介なものほど、今後の研究にとそれなりの機関からお呼びがかかる。
それだけでなく、爆弾による建築物の解体に協力する事もある。より多くの経験を積み重ねるため、泉はそうした方法を取っている。
爆弾は戦場において有効な武器だが、戦わない者に対して使用するものじゃない。ある条件下においてのみ使用しなければ、それはただの殺戮だ。
泉は、叔父の言葉を思い起こし苦い表情を浮かべた。今更、感傷に浸るつもりはないが叔父をふと思い出すことがある。
「決着はつけなきゃな」
目を伏せて口の中でつぶやく。
泉は高校を卒業してすぐ渡米した。おおっぴらではないが肌で感じる人種の壁は思っていたよりも高く、しかしそれで卑屈になるほど彼の精神は繊細ではなかった。
接した全ての人間がそうではなかったし、そんなことで気を揉むのは時間の無駄だと割り切っていた事がむしろ周囲に好感を与えていた。
もちろん、アメリカに渡ったのは日本にいては出来ない経験と知識の吸収が目的だった。叔父のように外人部隊に入るのもいいと考えていたが、気がつけばフリーの傭兵となっていた。
そんなおり、恭一郎が二十六歳のとき叔父が死亡したことを知り帰国した。イタリアで観光をしていた叔父は、設置されていた爆弾で命を落とした。
一時帰国した恭一郎に母親は当然のごとく傭兵となった事を責め立て、あまつさえ叔父のことまで持ち出した。
「死んでいるからと何でも言っていいとは思うな」──低く発した息子の言葉に、母は恐怖で小さな叫びを上げる。
なまじ成績が良かったせいか、母親は息子の将来像を勝手に作り上げていた。それが大きく崩れ落ちる音を耳元で聞いたことだろう。
泣き崩れる母に若干、強く言い過ぎたかなと思いつつ、初めから生きている世界が違っていたのだと恭一郎はそこでもあっさり割り切った。
さっさと親を捨て自由気ままに生活を始める。母親の干渉が面倒というだけでなく、こちらの世界に関わらない方がいいだろうと考えてのことだ。
とはいえ、父親からは時折連絡があり、完全に縁を切ったという訳じゃない。他とは違った生き方を選んだ子供に不安があったのだろうと理解はしている。
色々あって疎遠にはなっているが、毎月かかさず仕送りもしている──そうした、やりきれない感情をぶつける場所もなく今に至っている。
「変圧器の方はどうだ」
ふと思い出し路地裏から離れたところで問いかけた。
「関係しているものは詳細に調査した」
しかし、何も出てこなかった。さすがと言うべきか、やはりと言うべきか。そう簡単に尻尾を掴ませてはくれない。
スナイパーの方もすでにベリルが見つけ出し尋問をしたが、やはり依頼主は解らなかった。
「サヴィニオとホルガーが組んでいるのは明らかだ」
こちらが組んだことでホルガーを呼び寄せたのかもしれないが、厄介であることに変わりはない。されど、少しずつ姿を現し始めた。何か大きなことを成そうとするなら、必ずどこかに影が現れる。
それを見逃さなければ、こちらの利とする事が出来るだろう。
「影を踏めると良いが」
つぶやいて浮かべた笑みが妙に冷たくて、泉はそれに魅せられると同時に冷ややかなものが背筋を流れた。
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